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元日本たばこ産業株式会社 代表取締役副社長兼副CEO 新貝康司氏
グローバル市場での飛躍のためにギャラハーを買収したJT。この買収までには、事業の選択と集中や、大規模なコスト構造改革と並行して、成長戦略を掲げるなど、用意周到に準備を進めたという。「十分な準備をしてこそ、統合後の具体的かつ実行可能な青写真を描くことができる」と語る新貝氏。「買収後経営の青写真」の描き方について詳しく伺う。

「第1回:M&Aは人財戦略である」はこちら>
「第2回:RJRI買収と買収後の事業再生」はこちら>

国内事業を強固にして次のステップへ

――グローバル市場での飛躍のために英国のたばこ会社であるギャラハーを買収されたわけですが、RJRインターナショナル(RJRI)よりさらに規模の大きな買収を前に、どのような準備をされたのでしょうか?

新貝
実は、RJRIを買収する前の1996年頃から2005年くらいにかけて、事業の選択と集中を掲げ、多角化で手がけたさまざまな事業のうち、医薬と食品以外の事業の撤退をどんどん進めていきました。1990年代半ば当時に、選択と集中を謳った企業は珍しかったと思います。

さらに、2003年8月、国内事業をより筋肉質にして、利益ベースを高めるような中期経営計画「JT PLAN-V」を発表しました。この中で、国内たばこ製造工場の統廃合や希望退職者募集など、大規模なコスト構造改革を打ち上げたのです。

この頃、JTは毎年、最高益を更新していて、業績は右肩上がりでした。なぜそのようなときにコスト削減なのかと言われましたが、国内の市場縮小が不可避な中、企業体質をより筋肉質にして、国内基盤を盤石にしておきたいと考えたのです。また、経営状況が良いときだからこそ、希望退職者には手厚い退職パッケージを用意できる。結局、当時の約1万7,000人の従業員のうち約6,000人が希望退職に応じました。

一方で「JT PLAN-V」では、新カテゴリー商品の創出や主要ブランドの統合など、将来に希望が持てる成長戦略も掲げました。

その中で焦点となったのが、業界第1位の会社、フィリップ・モリス・インターナショナルが所有権を有する、世界のNo.1ブランド「マールボロ」の日本におけるライセンスの取り扱いです。RJRIの買収後、世界市場では「マールボロ」と戦っているにもかかわらず、国内ではライセンスを受けて生産・販売をするというねじれた構図のままきていました。

最終的には2005年に契約満了に伴いライセンスを返上したわけですが、そうすると「マールボロ」から上がっていた利益500億円を穴埋めしなければなりませんでした。「JT PLAN-V」はそのために必要な戦略でもあったのです。「JT PLAN-V」による国内たばこ事業の強靭化なくして、ギャラハーの買収もありませんでした。

画像: 国内事業を強固にして次のステップへ

 

買収目的を明確にして、統合後の青写真を描く

――RJRIのときと同様に、またしても用意周到に準備されたわけですね。

新貝
十分な準備をしてこそ、統合後の具体的かつ実行可能な青写真を描くことができます。たとえば、主要なマーケットの営業現場や小売店に足を運び、競合他社がマーケティングやプロモーションにどれくらい投資しているのかなどをウォッチ、分析することも重要です。まさに同業だからこそ、現場を見れば手に取るように他社の投資の状況がわかります。

結婚の際は、いい家庭を築くために事前にいろいろと話し合うと思いますが、会社同士の統合でそれをしないのはおかしなことです。私は他の企業の社外取締役も務めていますが、買収の話が出れば必ず、買収後にどんな経営をするのか聞くようにしています。買収後を見据えて、いま何をしなければならないか、すなわちバックキャスティングで考えることが不可欠です。

そのためには、買収の目的を明確にする必要があります。そうでなければ、買収後経営の青写真も描けません。また、買収交渉、買収監査、競争法のクリアランス(当局の許可)といった、買収プロセスには思わぬ障害がでてくるものです。その際に、名誉ある撤退ができるかどうかも買収目的の明確化にかかっています。

――なぜ、ギャラハーを選ばれたのでしょうか。

新貝
買収の目的は、①規模の拡大によるスケールメリットの享受、②両社の補完性を生かした競争力の強化、③技術・インフラの強化、そして④有為の人財の確保、の4つです。

これにより、すでに築いていた世界第3位のたばこ会社としての地位をより強固なものにすると同時に、ヨーロッパ市場でのシェアを大きく伸ばすことができます。また、製品ポートフォリオの拡充や流通力の強化も可能になり、さらには、成長を続ける海外たばこ事業を支える人財を大量に採用することもできるというわけです。

ギャラハー統合の日と100日計画

――では、統合前からかなり詳細な青写真を描かれていたのですね?

新貝
ええ、各国市場での本部はどこに置くのか、ブランドの配置はどうするのか、営業員や間接人員はどの程度必要か、さらには工場の統廃合に至るまで詳細な事前検討を行いました。これをもとに、ギャラハーの価値を割り出し、統合によるシナジーを詳細に算定したのです。これをすべて印刷して積み上げると、4cmものスプレッドシートになりました。

画像: ギャラハー統合の日と100日計画

この「買収後経営の青写真」は、交渉時に大変重要な役割を果たすとともに、買収後の統合計画作成期間の短縮にも大きく貢献しました。

というのも、RJRIの買収後に、統合計画をつくるのに8カ月を要したことを反省していたからです。世界中の事業を統廃合して、再生する必要があったわけで、当時としては上出来だと思っていましたが、8カ月も先が読めないと、今後の自分の仕事はどうなるのかと、皆、不安で仕事が手につかなくなり、業績にも悪影響が生じます。

それを避けるために、統合計画をなんとしても100日でつくりたいと考えていました。さらに、その年の人事評価は皆、一律にA評価を約束したうえで、経営計画を上回る実績を上げれば、ボーナスを上乗せすることも約束したのです。

――「有事」だからこそ、情報開示がより大事なのですね。

新貝
そのとおりです。そこで買収が完了した瞬間に統合に関するイントラネットを立ち上げて、ギャラハー、JTインターナショナル(JTI)の両社で同じ情報を共有できるようにしました。また、営業現場や製造現場の管理職の人たちが部下から質問を受けることがあるだろうと、社内外対応用にコミュニケーション・ハンドブックを用意し、言って良いこと悪いことを明確にしました。さらにギャラハーの社員のために、JTIの給与制度や福利厚生のしくみなどに関するHRハンドブックを用意したのです。それでも対応できない時に備え、24時間体制での電話連絡窓口を設け現場や社員をサポートしました。さらに、そこで受けた質問をもとに、イントラにはFAQ(よくある質問と回答)を随時アップデートしていきました。

そうした入念な準備を経て、買収100日目にあたる2007年8月に統合計画を発表することができました。本社機能の統合、製造拠点および原材料調達の最適化、流通・営業販売組織の効率化など、コスト削減に関しては翌年には7割がた終えましたが、旧ギャラハーへのERP(Enterprise Resource Planning=統合基幹業務システム)の統合が完了したのは、2009年12月のことです。これまでの仕事のやり方を変えなければならないわけですから、旧ギャラハーの現場の負荷は非常に大きなものでした。

画像: JTグループの売上と営業利益

JTグループの売上と営業利益

二度の大型買収、そしてその後の数度の海外M&Aを経て、現在、JTグループの営業利益の約6割は海外たばこ事業がもたらしています。こうしてM&Aをてこに、JTはドメスティック企業から、グローバル企業に生まれ変わることができたのです。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: シナジーを最大化するJTのM&A
【第3回】ギャラハー買収と「買収後経営の青写真」

新貝康司
元日本たばこ産業株式会社(JT)代表取締役副社長兼副CEO。
1980年、京都大学大学院電子工学課程修士課程修了後、日本専売公社(現JT)へ入社。JT America Inc.社長、経営企画部部長、財務企画部長、取締役執行役員財務責任者(CFO)などを歴任。2006年から2011年まで、JTインターナショナル(JTI)の副社長兼副CEOを務め、この間にギャラハー買収と統合を指揮。2011年、JT代表取締役副社長、2018年1月より取締役、同年3月退任。2014年から2018年6月までリクルートホールディング社外取締役。現在、アサヒグループホールディングス社外取締役、三菱UFJフィナンシャルグループ社外取締役、AIベンチャービジネスのエクサウィザーズ社外取締役なども務める。

「第4回:M&A後のガバナンスと企業文化の融合」はこちら>

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