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「第2回:金融資本主義の本質は「手段の目的化」。」はこちら>
「第3回:金融資本主義に対する揺り戻し。」はこちら>

資本主義がその強みを十全に発揮していくためには、そもそも手段に過ぎなかった金の目的化を抑制し、もう一度手段に回帰させていくことが決定的に重要だというのが僕の意見です。ようするに、「個人と社会の成熟」ですね。「衣食足りて礼節を知る」というのは人間の本質なわけで、ここに期待したい。特に、日本が置かれている「もうわれわれは豊かだよね」となって何十年か経っている成熟した状況とか、ヨーロッパはさらにそうだと思うのですが、「個人と社会の成熟」というのが、金融資本主義をオーソドックスな資本主義に戻していく原動力になり得る。

個別の企業に目を向ければ、たとえば「無印良品」や「ユニクロ」は、その象徴的な例です。こういう日本発のグローバル企業が世界中で共感を得ているというのは、僕は健全な資本主義への揺り戻しだと思っているんです。

先日、ユニクロの北欧1号店であるストックホルム店がオープンしました。ユニクロのオープン当日は、どこの都市でも期待されて話題になるので、何百人という人が集まります。アジアの新興国での旗艦店のオープンなんていうと、もう店の周りが人であふれて相当わさわさした感じになります。でも、ストックホルムの行列は、みんな1列にすーっと並んで本を読んだり、静かに話をしたり、ゆっくりと待っている。しかも人と人の距離が空いているのです。あわてたりイライラしたりしない。みんな落ち着いて、他者に対する配慮がある。社会の成熟というのは、こうした日常的な行動に象徴されていると思います。

これって、絶対に時間をかけないと駄目なんです。なんかある種の教育を集中的に施して達成できるものではなくて、衣食足りてから相当時間が経って、他にもいろいろな条件が整って初めて出てくるものです。こういう人たちは金融資本主義的なフォーマットには乗っていない。

ユニクロが、ヨーロッパで一部のヒトに強烈な支持を得てるのは、単に耐久性があって暖かい軽い服がこの値段で買えるという見たまんまの商品価値を超えたところにあると思います。たしかに安くていい服なんですけど、その背後にある「ライフウェア」という知的に魅力的なコンセプトが確立しているからです。「ライフウェア」というのは、「普通の人びとの快適な生活を構成する部品としての服」という考え方です。ユニクロの存在が、「キャー、かわいい、すてき、安いから買って、1シーズンで捨てちゃいましょう」というファストファッションへのアンチテーゼになっている。無印良品も従来の消費文化へのアンチテーゼですね。

僕がファーストリテイリングや良品計画を日本の企業として素晴らしいと思うのは、理念ある経営をしているからです。やっぱり理念がないと、経営は限りなく金融資本主義的になってくる。金では換算されない何か、それを理念といいます。これが資本主義の行き過ぎ、手段の目的化に対する対抗軸になる。「衣食足りて礼節を知る」とはそういうことです。

その一方、「小人閑居して不善をなす」という逆の動きも出てくる。物質的に豊かになり、暇を持て余すとろくでもないことをするというのも人間の本性です。朝から晩までスマホで芸能人のくだらないゴシップを見ているとか、金さえあれば幸せになれるという拝金主義的な思考と行動というような不善は、ようするに知的貧困が原因だと思います。「衣食足りて礼節を知る」の方向に行くか、それとも「小人閑居して不善をなす」の坂を転げ落ちるか。ここにこれからの資本主義の分水嶺があります。

アダム・スミスは『国富論(The Wealth of Nations)』で、市場とは何か、資本主義とはなにかを突き詰めました。しかしアダム・スミスは、『国富論』の前に、『道徳感情論(The Theory of Moral Sentiments)』という本を書いているんです。この順番が大切な意味を持っています。アダム・スミスが先に考えたのは、『道徳感情論』なんです。人間は社会の一員としての道徳感情を持っていないと世の中は成立しない。道徳感情が定着している条件下でこそ、市場メカニズムはその力を発揮しうるということです。

資本主義というのはアダム・スミスの時代からそういうものです。「衣食足りて礼節を知る」というロジックはますます重要になります。日本はアジアにあって一番早く成熟した国です。経済的には成熟しているけれども、「衣食足りて礼節を知る」国のモデルとして、アジアの人々から尊敬される。これが日本にとって最上の理想的な未来だというのが僕の考えです。

画像: 資本主義のこれから-その4
衣食足りて礼節を知る。

楠木 建
一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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