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今われわれが、主たる経済的原理として寄って立ってる資本主義とは何か。僕にとって一番わかりやすい理解は、「結局のところは金がものをいう」という原理だということです。注意していただきたいのですが、「結局のところ」というのがポイントで、全面的に金のことだけを考えて生きてるわけではない。ま、いろいろとあるけれど、「最後は金がものをいう」んですね。それが資本主義です。

最近いわれている「金融資本主義」、これはそういう資本主義がもう一段先鋭化したものと考えることができます。「結局のところは金がものをいう」を超えて、「最初から最後まですべては金に換算できる」という原理です。「すべてを金に換算できる」というのは、ようするに、手段の目的化です。

たとえば、ファイナンスの思考パターンというのは、すべてを金に換算できるっていう考え方に寄って立っています。だから、現在価値にするとか、この資産が将来いくら生み出すか、それで資産価値が決まる。ファイナンスは未来を見ていくわけで、将来これがどれだけ金を生むのかといった思考というのは、すべてを金に換算しようという考え方です。もともとの資本主義では「結局のところの手段」だった金が目的化している。

これを人間行動の例で考えてみるとわかりやすいでしょう。例えば仕事の選択。レッセフェール(個人の自由意志で世の中が動く)の時代なんで、王様がいた「指令」の時代と違って自由意志で仕事を選んでるわけですよね。ここで金を「手段」として考える人は、いい生活をしたいなという「目的」を持つ。でも、その「手段」としては結局金がものをいうので、金が稼げる仕事がしたいと考える。

ここでポイントは、「いい生活」というのは金に換算されてないんですよ。その人なりのいい生活があって、それをするための「手段」として、金が稼げる仕事を選ぼうとします。労働市場でプライスが付いて、採用するとかしないとか、もっと金のいいところに転職しようとか、そういう非常に資本主義的行動をとった場合でも、「いい生活」という目的それ自体は依然として金には換算されていない。

一方、金を手段ではなく目的化する金融資本主義的な行動だと、「稼げる金が多いほどいい仕事」となる。年収1,000万円の仕事というのは500万円の仕事よりも2倍「いい仕事」ということになる。これは、「結局のところは金がものをいう」というのとだいぶ違うんですね。

もっと身近な行動というか意思決定の例で考えましょう。おいしいお寿司が食べたい、だから金が欲しいという場合、この金は「手段」です。お寿司の価値、すなわち「おいしさ」はその人の考えであって、金には換算されていない。これが目的化すると、「高いお寿司ほどおいしいお寿司である」となる。1人前1,000円のお寿司より、1人前1万円のお寿司の方が、10倍おいしい。こう考えるのが金融資本主義なんですよね。

これは完全に僕の偏見なんですけど、金融資本主義を貫いて働いている人って、なんかつるんとした人が多いんです。なんかそれぞれのクセとか、趣味趣向とか、そういうものがなくて、つるんとしている感じ。その人は、多分100万円の絵よりも1億円の絵は100倍美しいっていうふうに思う。「俺はこんな絵が好きなんだ」とかいう趣味嗜好の引っ掛かりがなくて、つるんとした人が多い。

なんかもう、シャンパンがないと昼飯食えないよ、みたいな。「そんなにシャンパンが好きなんですか」って言うと、その人は「いや、一番高いものだからいい飲み物のはずである」と考えている。こういうのって、非常に金融資本主義的な人格のあり様なのかなと。別に良し悪しというわけではなくて違いを言っているんですけど、資本主義が行き着くとこまで来たのが金融資本主義ですね。

前回もお話したように、いろいろと問題はあるにしても、当面資本主義は続くと僕は思います。いくら社会的な要素、社会主義的な要素が入ってくるとしても、それがマジョリティになるのは数百年先のこと。あくまでも資本主義が主です。社会主義的な資本主義であって、資本主義的な社会主義ではない。世の中が進化したとしても、「社会主義」は形容詞であって、主軸にはならないでしょうね。

画像: 資本主義のこれから-その2
金融資本主義の本質は「手段の目的化」。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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