「第1回:手段であって目的ではない。」はこちら >
「第2回:ベースは文明の進歩。」はこちら >
「第3回:重要なのは引き算。」はこちら >
「第4回:いまここにある多様性。」はこちら>
働き方改革のボトムには、明らかなペイン(痛み)や理不尽は減っていく方向に動くという文明の進歩がある。そして生産性の分母であるインプット(投入資源)は、個別の企業にある明らかな無駄を引き算で小さくするという伸びしろがある。そして、本丸である分子のアウトプット(生み出された成果)は、個人の好き嫌いを尊重し、認めた上でそれを活かす働き方で「好きこそものの上手なれ」の好循環を生み出す。これまでの話をまとめると、そういうことになります。
「好き嫌いインクルージョン」を踏み込んで実行するためには、経営に大きな負荷がかかります。従業員一人ひとりと本気で向き合ってその人を知り、さらには成果を評価する必要がありますから、マネージメント側に手数がかかるんです。これまで日本は、そういった経営コストを惜しんできました。特に大きな企業では手数がかかりますから、惜しんできた。でも、いまは新しいITインフラやツールも出てきた。いよいよ「好き嫌いインクルージョン」がやりやすい時代になってきていると思います。
もうひとつ、働き方改革には、いまものすごい追い風が吹いている。それは人手不足です。労働市場の流動性が上がってきたことも、追い風です。なぜかというと、これまで話してきたような真っ当な働き方を実現していない会社からは、人が離れていくし、新たに採用することも難しくなっている。これはとても良いことです。
職業選択の自由が憲法で保障されていたとしても、一人ひとりの認識のレベルで「ひとつの会社にずっといるのが当たり前だ」という考え方が、特に大企業にはあったと思います。労働市場の流動性が低く、かつ人手が余っている状態。これが、悪い経営を持続させる温床になっていました。
このところのあからさまな人手不足は、経営側にも非常にいいプレッシャーになると思います。
法律やルールを守ることは大切です。しかし、そういうのは最小限でいい。あとは個別の企業の責任ですっていうのが非常に重要だと僕は思っています。政府が学校の先生のようにふるまうのはよろしくない。会社の側ももっと大人になってもらいたいと思います。
人の好き嫌いが多様であるように、人の働き方も本来多様であるべきです。ひとつの「良い働き方」「ホワイトな職場」というモデルに無理やり押し込めないほうがいい。たとえば大手商社の人たちは、「明日モザンビークへ行って、この10億円、ぜったい回収してこい。できるまで、帰ってくんなよ」みたいな仕事をしている。それを「ブラック企業」だとか誰も言わないですよね。なぜかというと、「商社の仕事というのはそういうもの」だからです。「モザンビーク?よし、それならルワンダにも足を延ばして商売もうひとつまとめてくるか」、そんなギラギラした働き方が好きな人たちがそういう仕事を選んでいる。少なくとも、嫌いじゃない。僕はそういうタフな仕事はまっぴらごめんですけど、好き嫌いは人によって違います。良し悪し基準でそろえるべきではありません。
仕事がきついとか、大変だっていうのは、大体はその人間の受け止め方、認知であり主観です。それを、客観的に第三者がああだこうだ言っても仕方がない。人間は、自分の好き嫌いには絶対に正直なんです。口ではいろいろ言いますけれども、頭と体は正直なんです。
ここ日本で、日本語を話して、全員同い年で全員東京出身の男性っていう会社があったら、「多様性がない会社」にくくられますが、それはデモグラフィック(人口統計学的)な傾向を見ているにすぎません。一人ひとりの好き嫌いをみれば、そこには相当の多様性があるはずです。
人間の本質である好き嫌いを包摂することで、長期的な儲けを作り出す。そこに経営の本領があり、経営者の力量が問われていると僕は思います。
次回からのテーマは「経営者と読書(教養)」、10月1日(月曜日)公開予定です。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
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