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カカオを“刺身”で出したい
――今、Bean to Bar専門店は日本にどのくらいあるのですか。
山下
個人経営で小規模にやっているお店も含めると、100店舗くらいあると聞いています。
――それだけ競合が増えてきた中、Minimalはどうやって差別化を図っていますか。
山下
僕たちは「Bean」「to」「Bar」の3つのステップに分けて、差別化のポイントを説明しています。
まず「Bean」。僕たちは、質の高い“ファインカカオ”を使っています。カカオの仕入れには、ファインカカオ専門の商社から買う場合と、産地から直接買ってコンテナで日本に運んでくる場合の2種類があります。現在はまだ商社さんからの仕入れが多いです。でも、徐々にですが産地からの直接仕入れを増やしている段階で、今後さらに増やしていく予定です。コンテナでの輸送には、検疫や農薬検査に引っかかるとカカオを全部廃棄しなければいけないリスクがありますが、農家と10年スパンでコミュニケーションをとりながら毎年買い続けることで、豆がどんどん進化して、よりおいしいチョコレートを届けられると僕たちは考えるからです。そのために、自分たちで産地に足を運んで新しいカカオを探したり、農家さんと品質向上の勉強会やワークショップを実施したりしています。
2番目の「to」は製造技術のことです。僕たちはもともとチョコレートづくりの素人だったので、既存のつくり方にとらわれていない。ザクザクした食感は、その最たるものです。当初は「ザクザクは邪道だよ」というご指摘をいただいたこともありました。でも僕たちは、カカオを刺身で出したい。練り物にして、なめらかにして、混ぜ物にしていく…というのがこれまでのチョコレートのつくり方だとすると、僕たちは、カカオにストレスをかけ過ぎず、豆本来の香りを強く残すために、粒子を粗くしています。カカオの砕き方、焙煎の仕方から、一般的なチョコレートとは違います。
3つめの「Bar」は、ライフスタイル。僕たちはチョコレート屋さんではなく、新しいチョコレートを通じた体験を皆さんに提供していくブランドです。例えば、創業から毎月欠かさず開催しているカカオ豆からチョコレートをつくるワークショップや、日本酒とチョコレートのペアリングワークショップなど、チョコレートの新しい楽しみ方を消費者の皆さんに提案しています。
――製法の差別化について、具体的に教えていただけますか。
山下
多くのBean to Bar工房では、カカオ本来の酸っぱい香りを極力残すために、豆を低温で焙煎しています。ところが、そこにちゃんとした根拠は無かった。僕たちは、ある大学の先生にお願いして発酵について教えていただきました。そうすると、酢酸は118℃で揮発する性質があるので、70℃~110℃くらいからゆっくり熱量を上げて、最後の5分間で140℃まで上げていけば、香りが残りなおかつ褐色に仕上がる、という科学的な事実から仮説を持ってチョコレートをつくれるわけです。
――同じ産地のカカオ豆でも、製法によって風味が変わるのですか。
山下
変わります。同じ農家で同じタイミングで採ったとしても、やはり農作物ですから。従来のチョコレートは、いつどこで食べても味が一緒、という大量生産時代のつくり方でした。でも僕たちは、カカオの旬をいかに活かすかを考えてつくっているので、毎月100以上のレシピを試しています。火の入れ方ひとつとっても、熱風なのか直火なのか、豆を回転させるのか…それによって味に違いが出てきます。
増え続けるカカオ需要、でも下落する相場
――カカオ豆の産地には、児童の強制労働が問題になっている国もあると聞きます。世界中でカカオ豆を買い付けている山下さんから見て、生産者の実態はどのようなものですか。
山下
まず驚いたのは、現地の実体経済と世界の市場経済とがまったく乖離していることです。カカオ豆の価格って、いわゆる先物取引によって、ロンドンやニューヨークの市場で1kg 2.5ドルとか3ドルと決まってしまう。作物の出来は関係ないのです。
アジアやアフリカの経済発展によって、世界のカカオ需要は、実は伸び続けています。でも、2016年11月から、カカオ豆の市場価格は下がり続けている。いったい何があったのか?…アメリカ合衆国大統領選挙です。それで機関投資家のお金が動いて、カカオ豆が影響を受けた。一方で、1kg 5セント下がっただけで、下手したらつぶれてしまう農家もいるわけです。
もうひとつ驚いたのは、アフリカやアジアの産地に行くと、カカオ農家がチョコレートを知らないこともあるんですよ。
――自分たちでつくっているのに、ですか?
山下
おじいちゃんの時代からずっとカカオ豆を作っていて、西洋人が買ってくれるのでなんとなく続けている…といった農家が意外と多いのです。途上国にも少しずつチョコレートが入ってくるようになった今ですら、こんな状況です。農家の人たちが、何がおいしいのかわからずに農作物をつくっているんですよ。
初めてチョコレートを食べた人の表情
――御社は、Bean to Barチョコレートづくりを通じた“生産者・製造者・消費者の「三方良し」”という志を掲げています。具体的には、どんな状態が「三方良し」なのでしょうか。
山下
これは、最初から僕たちがそこをめざしていたというよりは、このビジネスを続けた結果として「三方良し」の状態になっているという意味です。
僕たちはカカオ豆の質を10段階評価し、ランクに応じた価格で農家から買い取っています。だいたい市場価格の2.5~3倍という値段です。そうすると、今までは、農地面積を広げて収穫量を多くする以外に収入を増やす方法が無かった農家にとって、同じ面積でも質の高いファインカカオをつくれば正当な対価が得られ収入が増える、という新しい選択肢が生まれる。製造者である僕たちは、そのファインカカオからおいしいチョコレートをつくり、お客さまに新しいチョコレート体験を提供する。その対価から僕たちは利益を得て、次の年にまたカカオ豆農家を訪ねて、より多くの豆を買い付ける。するとさらに農家の収入が増える…という良い循環が生まれます。この状態が、実は「三方良し」になっているなと、ビジネスを進める中で気づきました。
農家との取り引きにおいて、僕たちは前年より1㎏でも多くカカオ豆を買うことをルールにしています。そして、現地に行ったら必ず、市場に出回っている質の低い豆と、特別な農法でつくられたファインカカオの両方でチョコレートをつくって見せて、農家の皆さんに食べ比べてもらう。すると、彼らもその違いに気づきます。なぜこういうことをするかというと、それまで「量の経済」の中でカカオをつくってきた彼らの中に、「質の経済」に興味を持ってくれる人がいないか、探すためなのです。
――チョコレートを知らなかった農家の方にとっても、チョコレートはおいしく感じられるものなのですか。
山下
僕…人生で初めてチョコレートを見る瞬間の顔って大好きなんですよ。
皆さんチョコレートをすごく面白がってくれますし、すごく喜んでくれます。「俺たちが育てたカカオが、こんなにおいしくなるのか!」って。「タカ、どうすれば俺の豆もこんなふうにおいしくなるんだ?」ってどんどん聞いてくるんです。その瞬間って、素敵だな…って思います。やっぱり、自分たちが育てたものがどんな味に変わっていくかということに興味が無い人っていないんですよね。
――ファインカカオを育てるために、農家にはどんなアドバイスをするのですか。
山下
例えば、10段階評価で5ランクだったカカオ豆を6に上げていくためでしたら、「今まであなたは剪定を半年に1回しかやっていなかったけれど、これからは3カ月に1回に増やそう」と。それだけでもかなり変わってきます。それから、カカオ豆の発酵方法も現地で教えています。ただ、実は僕たち自身も、どうすれば質が上がっていくのかはわかっていない部分がたくさんあります。まずは質の定義を農家と一緒にすることから始めています。
思い知らされた、カカオ農家の現実
山下
そうやって僕たちが、農家の皆さんに対してファインカカオづくりのワークショップを開く。すると、村総出で盛り上がってくれて、皆さんすごく興味を示してくれる。そこで僕が言うんです。「1年後みんなもこういう豆をつくってくれたら、必ず買いに来るから頼むよ!」って。で、次の年にまた僕たちがその村に行くと…ほとんどだれもファインカカオなんてつくっていないんです。せいぜい10人中1人くらいしか。
――あんなに盛り上がっていたのに…。なぜそうなってしまったのですか。
山下
僕たちが、少量しか買い取れないからです。
「市場の3倍の値段で買います」と言いながら1トンしか買わない僕たちに売るよりも、市場価格でも10トン買ってくれる大手に売ったほうが、断然もうかる。それまでどおり、安いカカオ豆を大量につくったほうが収入になる、と彼らは判断したのです。
これには本当に、思い知らされました。…それまで勘違いしていたんです。「自分たちは生産者と対等に取り引きして、すごくいいことをやっている」と。でも現実には、質だけでなく量も追求していかないと、どこの生産者も相手にしてくれないのだと、思い知らされた。経営者視点からすれば非効率なビジネスになるかもしれないけれど、新しい文化をつくるためには、“損して得取れ”の姿勢も必要なのだと、腹をくくりました。
――10軒の農家のうち、山下さんの志に賛同した1軒とは、その後も取り引きが続いているのですか。
山下
続いています。それにまつわる、僕が感動したエピソードがあるのです。
起業家を泣かせた、ある農家の言葉
山下
僕たちが買い付けに行っていた東南アジアのある国に大手の会社が入ってきて、島一帯のカカオ農園を買い占めたことがありました。彼らはまず、相場よりも高い買い値を農家に提示しました。すると当然、どの農家も彼らに売りますよね。次に大手がしたのは、農家に低金利でお金を貸し付けて「他の会社には売っちゃダメだよ」としばりつけた上で、買い値を再び相場価格に下げる、というやり方でした。この影響で、僕たちが取り引きしていた10軒の農家のうち9軒がひっくり返されてしまいました。こうしたことが起きても、僕たちには大手のような資金力が無いので、泣く泣く産地から撤退することもあるのです。
唯一、僕たちとの取り引きを継続してくれたその1軒の生産者は、地域では名士とされる存在でした。その方に聞いたんです、なぜ僕たちを選んでくれたのか。すると彼はこう言ったんですよね…
「俺は君たちに感謝してる。今まで30年40年カカオをつくり続けてきたけど、自分たちがつくったカカオが世の中で愛されてるっていう誇りを持たせてくれたのは、君たちが初めてだ」と。それを聞いただけで僕は鳥肌が立ったのですが、彼はさらに続けてこう言いました。
「たくさん量をつくれば、確かに富むことはできる。でもそのためには、日が昇ったら起きて陽が沈んだら寝るという先祖代々の生活のリズムを捨てて、朝から晩まで働かなきゃいけない。子どもも働かせなきゃいけない。でも君たちは、“昔ながらの生活を守りながら自分たちの収益を上げる”っていう手段を俺たちに与えてくれた」と。これを聞いて僕は、年甲斐もなく感動して…泣いてしまいました。
そのとき僕が学ばせてもらったのは、“自由に生きる”とは、選択肢を持てるということだと。僕たちには大手のような力は無いですが、それでも、誠意を持って世界中に足を運んで新しい選択肢を示し続ければ、Minimalと一緒に十年後の世界を変えていこう、と思ってくれる農家がきっと見つかるんじゃないか。僕たちのBean to Barがたくさん売れれば、そのぶんカカオ農家から買い取れる量も増えるので、彼らの収益も上がる。それを10年20年紡いでいった先に、例えば「今日はホンジュラスのサントスさんが育てたカカオのチョコレートを食べよう」といった文化が生まれるかもしれない。それらをひっくるめて、「チョコレートを新しくする」ことだと思うのです。だから僕は今、このビジネスをやらせてもらって、すごく幸せです。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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