カカオと砂糖だけでつくるチョコレート
山下
今日はよろしくお願いします。せっかくなので、よかったら弊社のチョコレートをいくつか召し上がってみませんか。
――よいのですか。ではお言葉に甘えて、いただきます。
山下
弊社は、カカオと砂糖だけでチョコレートをつくっています。一般的なチョコレートは香料や乳化剤などを足して大量生産される「足し算のチョコレート」ですが、僕たちは最小限の原料しか使っていません。それでブランド名を「Minimal」としています。
――噛むとすごくザクザクします。
山下
カカオを敢えて粗挽きにすることで、ザクザクした食感を出しています。
――チョコなのにとてもフルーティーですね。食べ終わっても風味が口の中に残っています。
山下
豆の違いを楽しんでいただくため、「シングルオリジン」と言って、一商品に一産地のカカオだけを使っています。また、商品ごとに風味も変えています。ナッツのように甘くてコクの深いもの、フルーツのように爽やかな酸味、ハーブやスパイスのように個性的な味わいといった、大きく3つのフレーバーを用意しています。
「きめ細かさ」の発信基地
――そもそも、このチョコレートづくりを始めたきっかけは何だったのですか。
山下
実は、チョコレートづくりに出会うよりも先に、起業することを決めていました。
もともと僕は経営コンサルティング会社に勤めていて、2011年から2013年にかけて、大企業の人材育成を担当していました。当時、テーマとして挙がっていたのが「グローバル競争で日本人がプレゼンスを発揮するにはどうすればよいか」。そのため、日本人の良さとは何なのか?を考える機会が多かったのです。その頃すでに「日本には資源が無い。だから人が資源だ」と世の中では言われていましたが、それをもう少し掘り下げて、「人が資源」ってどういうことだろう…と自分なりに考えてたどり着いたのが、「日本人が持つ“きめ細かさ”がグローバル競争における優位性になりうるのではないか」という仮説です。
――“きめ細かさ”をもう少しかみ砕くと、どうなりますか。
山下
日本人は単一民族に近く、島国という、いわば村社会で生きてきた民族だからこそ、相手の立場を考慮した仕事ができる。それがサービス業に表れたのが「おもてなし」という言葉ですよね。そして、自分たちが本当によいと思えることを突き詰めていくという国民性がある。それがトヨタさんの「カイゼン」に代表されるような世界に冠たるものづくりにつながっていると思うのです。
例えば、僕が生まれ育った岐阜市は、現時点でインバウンドでたくさん外貨を獲得できている街ではありません。でも昔から繊維業が盛んで、岐阜県ということで言うと、今は航空産業に従事している人も多い。そうした人たちが持つ“きめ細かさ”を世界に発信し、「日本人の感性ってすごく豊かだね」と面白がられることで、インバウンドが無くても外貨を獲得できるようにする。しかも、雇用は日本国内で生み出す。そういったビジネスに、30代から50代という、人生で一番働ける時間を使いたい。そのためには、コンサルではなく自分で何かやりたい。そう思って、30歳のときに独立を決めました。
ですから弊社は、業種で言うとブランディングカンパニーに近いと自分たちでは思っています。
――株式会社βaceという社名ですが、頭文字をアルファベットのBではなくβ(ベータ)にしたのはなぜですか。
山下
ITなどで何か新しい取り組みを始めるときに、サンプルのことを「β版」ってよく言いますよね。β版を正式版にバージョンアップしていく過程にはたくさんの試行錯誤が必要です。それには、日本人のきめ細かさがもたらす何かしらの技術が欠かせません。それをビジネスの種にしたい、という思いを“β”に込めました。それから“ace”には「最高級の」「一級品の」といった意味があります。日本人のきめ細かさをシーズにして、世界に冠たる最高級のブランドを作っていきたい。また、英語で基地を意味する「Basement」とも掛けて、ブランドの発信基地でありたい、コミュニティハブとなっていきたい、という思いを込めて“βace”としました。
1+1が3以上の力になるチームづくり
――ブランディングの対象にチョコレートづくりを選んだのはなぜですか。
山下
起業しようと決めた2013年に、知人のバリスタが実験的につくったBean to Barチョコレートをたまたま食べて「これは面白い!」と思ったのです。
Bean to Barとは、カカオ農園における豆の選別、仕入れから、焙煎、摩砕、調合、成形といった製造の全工程を同じ事業者が一気通貫で行うチョコレートづくりで、その頃すでに欧米ではブームになっていましたが、日本にはまだ波が来ていませんでした。でも、素材をどう活かすかという視点は和食にも通じる部分ですし、西洋発のチョコレートを日本人的な感性でとらえ直すことで、世界に向けたブランディングができると考えました。その後、創業メンバー3人を集めて、2014年8月に会社を立ち上げました。
――どうやって創業メンバーを集めたのですか。
山下
まず前提として、自分より優秀な人を集めて、1+1が3以上の力を発揮できるようなチームづくりをすることが、会社経営において大事だと考えていました。事業戦略や営業といった役割は僕が担い、それ以外の製造、財務、広報ができるメンバーを集めました。
まず製造担当が、実は先ほど話に出た知人のバリスタ、朝日という者です。彼とは、コーヒー専門店で働く友人を介して知り合いました。朝日はIT業界から食の世界に入り、イタリアに渡って製菓やコックを経験し、バールで働き、その後バリスタをやって、ソムリエの資格も取ったという経歴の持ち主です。味覚と嗅覚に優れているだけでなく、「この味の由来はこの成分だから、こういう作り方をすればいい」とロジカルに説明できる。また、製造プロセスの仮説検証のために、同じ実験を100回も繰り返すといった実務もできる。彼は、日本人的なきめ細かさを持ってチョコレートとカカオの世界を追求していく、研究者や技術者に近い存在です。
あとの二人は湊谷(みなとや)、田淵といって、彼らは僕の大学時代の同級生です。湊谷はもともと税理士で、税理士法人に就職したあと戦略コンサルティング会社に転職して、ベンチャー企業の財務支援を担当していました。彼には、弊社の財務をはじめとするバックオフィス全般を見てもらっています。
もう一人の田淵は、最初ITベンチャーに就職して最年少でマネージャーになった後、ベトナムでオフショア法人を立ち上げたり、沖縄の雇用を生み出すために一般社団法人を立ち上げてIT企業の一大集積地をつくったりしていました。彼は、どうすれば世界の経済格差を無くせるかということに強い関心を持っています。田淵には、広報やオンラインショップ、IT全般を受け持ってもらっています。
彼らに協力してもらうにあたって、とにかく僕の夢と志を語りました。スタートアップが人を口説き落とせる要素と言ったらやっぱり、起業にかける思いだけですね。
――そうした起業家の素養は、前職の経営コンサルタント時代に身につけたのですか。
山下
そうだと思います。新卒で入社してから3年間、新規事業立ち上げをさせてもらった経験が大きいです。また、組織を大きくするプロセスで、どんなところでつまずくことが多いのかというケーススタディを、コンサルの仕事を通じてたくさん見てきたので。それは他の起業家には無いアドバンテージなのかもしれません。
チョコレートの世界の、歓迎と洗礼
――もともとBean to Bar自体は、いつ頃始まったものなのですか。
山下
諸説あるのですが、Bean to Barという言葉を使うようになったのは、2007~2008年頃のニューヨークで異業種からチョコレートづくりに参入した、マストブラザーズを中心に起こったブームからとする説が有力と言われています。
――それまでBean to Barが世の中に無かったのはなぜなのでしょう。
山下
いえ、そもそもBean to Barという製造形式は昔からヨーロッパでも行われていました。ただ、そこに光が当たっていなかったのは、チョコレートの産業構造が大きく関係していると思います。実は、一般的なチョコレートは二次加工品なのです。まず、一次加工メーカーがカカオ豆を安く大量に仕入れ、いろいろな産地の豆をブレンドして、クーベルチュールと呼ばれるチョコレート生地を作る。それをお菓子メーカーや洋菓子店が仕入れて二次加工する、という流れです。そのため、これまでの百年間は、仕入れた生地にいろいろなものを混ぜたりデコレーションしたりといった技術が追求され、素材であるカカオ豆にはなかなか光が当たりませんでした。
マストブラザーズのように「ダイレクトに豆からつくったら面白いんじゃない?」という発想を持ったり、近年ブームになっているシングルオリジンコーヒーのように、チョコレートを産地ごとの豆で表現したりといったことをやり始めたのが、Bean to Barの新しさなのです。
――山下さんにとって、チョコレートづくりの師匠のような存在の方はいたのですか。
山下
いないです。製造担当の朝日を中心に、ほぼ独学でつくり方を探っていきました。
ただ、経営者としてずっと尊敬している方はいます。朝日を通じて知り合った、株式会社丸山珈琲の丸山健太郎さんです。日本のシングルオリジンコーヒーの先駆者として業界を築いてきた方なので、僕は今でも、困ったらいつも彼に相談しています。起業するときも、僕の思いに強く共感してくださって、実はまだ商品が揃ってない時点から、お店に弊社の商品を置いてもらうことが決まっていました。
――最初に取り引きしてくれるカカオ豆生産者をどうやって探したのですか。
山下
起業する直前の2014年夏、前職の有給休暇などを使って2カ月間ほど欧米を廻り、Bean to Barの世界的なムーブメントを確かめました。そのとき目にした現地メディアの記事に、Bean to Barブランドの創業者やオーナーパティシエの名前が結構載っていたので、LinkedInやFacebookといったSNSで検索して、片っ端からメッセージを送りました。「僕もBean to Barを始めたいので、工房を見せてくれないか」と。すると7割くらいの方から返信があり、実際に会ってみたら「ここの国のカカオ豆農園を紹介するよ」と教えてくれて。それから、「カカオ・オブ・エクセレンス」というカカオ豆の品評会が2年に1回ヨーロッパであるので、その出品者リストを調べてダイレクトメールを打ち、コンタクトが取れたところに飛び込みで行く、といったことをやりました。
――初めて会う生産者に、相手にしてもらえるものですか。
山下
なかなか相手にしてもらえないですし、だまされたこともありました。買い取ったはずのカカオ豆が届かず、支払った前金を持ち逃げされた…なんてこともありました。最初はそういう失敗の繰り返しで、とにかく自分たちの足でたくさんの産地を廻って、少しずつ生産者との信頼関係を紡いでいくしか方法は無かったのです。今でこそ、僕たちが使うカカオ豆は農家との直接取り引きが増えてきましたが、お店のオープン当初は商社から仕入れたものが多かったです。
――資金調達はどうしましたか。海外を飛び回るだけで、かなりの交通費がかかりますよね。
山下
初年度はメンバー各自の貯金と、金融機関からの少額の創業支援融資でなんとかやっていたのですが、支出を抑えて資金を捻出するため、そして事業に集中するために、創業メンバーのうち僕と朝日、田淵の3人で店の近くにルームシェアしていました。期限を1年と区切って、すべてをBean to Barに投じようと決めて。オープン直前まで田淵がまだ沖縄で仕事をしていたので、先に僕と朝日が入居していたのですが、田淵の部屋で勝手にカカオ豆を剥いたり焙煎したりしていたので部屋中にカカオの殻が飛び散ってしまい、遅れて入居してきた田淵にすごく怒られた思い出があります(笑)。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。