育ボスブートキャンプで子育ての大変さを実体験
――いろいろな施策の中で従業員の皆さんから好評だったプログラムはありますか。
野口
先ほどの女性管理職の復職もそうですが、育児と仕事の両立ということで、男性の家事・育児と仕事の両立も支援しています。一部のグループ会社で行っている男性の育児休暇取得の必須化や「育ボスブートキャンプ」をはじめいろいろとありますが、とくに育ボスブートキャンプはユニークな取り組みだと思います。これは、従業員が子育て家庭の生活体験をすることで多様な価値観・生活を理解することを目的としたプログラムです。
――好評の理由はなんですか。
野口
子どもがいないと、ワーキングマザーやファーザーがどんなに大変かが分かりませんよね。ご飯を作ったり、子どもと遊んだり、お風呂に入れたり、あやしたり、オムツを変えたり…といったことを実際に体験することで、どれだけ育児と仕事の両立が大変かを理解できたと評判が良かったですね。でも、受け入れ家族にも制限がありますので、対象を広げるために、ワーキングマザー・ファーザーの1日を10分くらいで疑似体験できるバーチャルリアリティ(VR)を制作し、主に社内の管理職向け研修で導入しています。
失敗を許容しながら進化するオフィス戦略
――失敗した施策もいろいろとありますか。
野口
オフィス戦略の施策でサテライトオフィスというのがありますが、これはまだ利用方法に改善の余地があると思っています。使った分だけの課金なのでまずは始めてみました。営業職の場合、お客さまが集積する新宿や渋谷などのターミナル駅近くのサテライトオフィスはよく利用されています。ただ、例えばそれ以外のエリア、かつ住んでいる従業員も少ないような場所にある、いわゆる営業職にとって中途半端な場所にあるサテライトオフィスはなかなか利用されず、東京駅の本社に戻ってきてしまいます。キッズスペース付きのサテライトオフィスも同様で、そのそばに住んでいる従業員はもちろん利用していますが、それ以外の従業員はわざわざそこまで子どもを連れて行かない。これらは、いろいろと実験をしてみて分かったことです。
――生産性を高めるには集中できる環境が必要ですが。
野口
一番意外だったのは八重洲のサテライトオフィスが一番使用されていることです。本社の目の前ですよ。「えっ、ダブルコスト!?」って思いませんか。でも、従業員によく聞いてみると、集中できるスペースが本社にないと言うんです。そうなると、何を測定したくなるかというと、オフィスが近くにあるのにサテライトオフィスを使うことの費用対効果です。営業職の場合は訪問件数が何件上がったかなど可視化できますが、企画職の人が作る企画書などのクオリティがどれくらい上がったかは可視化できません。余計な資料をつくらなくて済んだとかシンプルな企画書に仕上がったとか、そういった効果を定量的に把握するのはまだ難しいと思っています。
――集中力やクリエイティブ力にはオフィス設計も重要ですね。
野口
日本古来の神社仏閣の造りをオフィスに生かそうと提唱している方がいますね。空間をハレ(晴れ、霽れ=儀礼や祭り、年中行事などの非日常)とケ(褻=普段の生活、日常)みたいなものに分けて、奥へ行けば行くほど神聖な場所として、集中力やクリエイティブ力を高めようという発想だと思います。オフィス戦略におけるレイアウトや導線を科学する余地はまだ大きいと思っています。
最近私は、オフィス硬直化の最大の原因は机だと思っています。固定席にしろ、フリーアドレスにしろ、机が面積に占める割合って大体6割くらい。当社は66%くらいあって、これをどうにかして減らそうということを考えたりしています。要は、シェアオフィスではないけど、欲しい時に欲しい分だけの机があればいいという発想ですね。
新しい働き方へのチャレンジ
――いま注目のZIP WORKについて教えていただけますか。
野口
これは、法務や財務、経理、広報など高度なスキルや知識を身につけた人が、時間的な制約によってそのスキルや知識を生かせずにいる場合に、週2日とか週3日勤務で10時から15時までといったように、時間限定的に、つまり圧縮(ZIP)して働くことができるという新しい働き方の概念です。ZIP WORKが広がってきている背景には、企業側でこうした高度な業務の切り分けができるようになったことや、短時間で成果を出せる人財へのニーズが高まっていることなどがあり、最近ではマッチングするケースも増えてきています。
――リクルートでは、すでにZIP WORKのサービスを提供されていますよね。
野口
我々は派遣会社を持っていて、そこに登録されているスペシャリティな派遣社員の方に対してZIP WORKのマッチング・サービスを提供しています。リクルートの働き方変革でのZIP WORKは、このサービスをリクルート内でもやってみようという話です。そうなってくると、ZIP WORKと業務委託との違いは何かという点では、やはり保険などだけではなく、労務管理的なところの水準をどこに置いたらいいのかといった問題をちゃんと考えていく必要がでてきますね。
人財育成を加速させるオープンな評価システム
――Will Can Mustシートという人財育成のための評価について教えて下さい。
野口
Willは、将来的に何をやりたいと思っているのかとか、どうしていきたいのかといった、個人個人が持っている展望です。Canは、さまざまなビジネススキルをいくつかに分類しておいて、例えば、あなたは戦略的な思考はすごく強みだけど、一方で人を巻き込むようなところは苦手だといった、強みと弱みをある意味、上司と可視化しておくことです。Mustは、この仕事はあなたのミッションだからコミットしてくださいということです。Willシートは2008年から、この3層のWii Can Mustシートとしては、2011年から運用しています。
――どのように運用されているのでしょうか。
野口
期の初めに上司と半年間の仕事は何か、そして達成したら評価は3以上だが、達成できなかったら2となる、といった、Mustについて話し合うわけです。その中で、能力開発=Canはどうするとか、将来の展望=Willは何かといったことをしっかりと押さえながら、上司とコミュニケーションをとります。基本、半期6カ月のサイクルですが、営業だけは四半期ごとです。
――評価のオープン性はどのように堅持されていますか。
野口
メンバーを評価する課長が集まる「人材開発委員会」があって、議長は部長です。このメンバーの育成にはどんなミッションを与えるのかとか、いまの仕事は本人の強みを生かせる環境にあるのかとか、異動させなくていいのかとか、一人ひとりのポストや育成計画について課長がプレゼンテーションを行います。この単位が上位レイヤーにおいても同じ構造を持っています。このようにタスキ掛けで見ることで、常にオープン性を保っているわけです。これも働き方改革と一緒で、基本的には可視化から始まると思っています。
小さく実験する感覚で、たくさんの打ち手を
――これからの働き方改革の課題についてどのようにお考えですか。
野口
そうですね。結局、我々が働き方改革を推進していく手順というのは、どんな施策をやろうとも、ある意味共通化されていて、いまやっている業務の内容をはじめとして、すべて可視化して見ることから始まります。時間的にも可視化して見ることで、これはムダではないか、これは無くしてもいいのではないか、ここはITに置き換えた方がいいのではないか、ここはもっと集中させることができるのではないかなど、いろいろな変化を加えていくことで、労働時間に相当な余裕が生まれることが分かりました。問題は次のステップとして、生まれた時間を何に使うかということです。
育児や介護などで時間の制約がある人は仕事との両立の苦しさから解放されますし、制約のない人は個人の充実のために使うのもいいでしょう。でも、いま世の中には、生まれた時間をどう使ったらいいのか分からない人たちがいるのも事実です。こうした状況をみて、どのように業務のアサインメントも含めてマネジメントを行っていくかが我々の次のテーマだと思っています。
――生まれた時間を活用するためのキーファクターは何でしょう。
野口
生まれた時間を何に使うのかという問題は、結局のところ、マネジメントにかかってくる話です。先ほどチャットツールの話をしましたが、実はあのツールを導入しても、どの部門でも同じ成果が出せているわけではありません。社内の営業5グループを集めて実験しましたが、すごく成果を実感しているグループと、まったく実感できていないグループとが存在しました。成果の出方が違う原因は、課長の力量の差によるところが大きいということが分かったのです。身も蓋もないのですが、働き方改革とはあまり関係ないという話なんです。課長とメンバーの信頼関係が高い組織は成果が上がりやすく、信頼関係が低い組織は導入しても成果があがりにくいことがわかり、改めてマネジメントの進化の必要性を痛感しました。
――最後に、働き方改革に取り組んでおられる方々にメッセージをいただけますか。
野口
働き方改革に対するメッセージはシンプルで、繰り返すようですが、小さく、早く、実験し続けることだと思います。そして、失敗を許容するどころか、失敗から生まれるものがいっぱいあるということを認識してチャレンジし続けることです。働き方改革はR&Dだと思います。不可逆的に、戻らなくするみたいなことを言っていると、周りの皆さんが離れてしまいます。失敗したら元に戻したり、他のやり方を考えればいい。最初の号令はトップダウンでもいいと思いますが、実際にやっていくプロセスでは小さなR&Dの積み重ねでいいと思います。その方が楽しいし、楽しくないと前に進みませんから。実験する感覚でいくつもの打ち手をいっぱい打っていった方が面白いと思いますね。
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