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鹿島氏の多彩な仕事ぶりについて「自由」で「枠がない」と評し、生き方のコツを問う山口氏に対し、鹿島氏は人のやっていないことをやろうとしてきたのだと答える。人生でも学問でも、自分が楽しめるかどうか、そして競争戦略が重要であるという結論で二人は一致する。

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人のやっていないことをやる

山口
リベラルアーツ=自由の技法という観点で言うと、鹿島先生はとても「自由」で「枠がない」と感じます。書かれるものについてもフランス文学系から、小林一三の伝記のようなビジネス分野だったり、吉本隆明に関する踏み込んだ考察だったり、軽妙な筆致の作品もあったり。さらには書店も運営されるなど、大学教員という枠にとらわれない生き方をされてきたようにお見受けしますけれど、そうした生き方のコツのようなものはおありなのでしょうか。

鹿島
コツというか、僕は仏文で東大の大学院を受けたときに、山田(じゃく)教授から「君はあんまり学者には向いていない顔をしているけど平気かい?」と言われて(笑)。「なんとかやります。頑張ります」と答えたのだけれど、確かに向いていないところはあると思うんです。

山口
でも別の仕事には就かなかったのですね。

鹿島
実家が商売をしていたから商売は嫌だなというのと、会社員にもなりたくなかったから。もし自分が会社員になったら、モーレツ社員になって出世しちゃうかもしれないと思ってね(笑)。

それで大学の教師になったのだけれども、仏文学会の中での出世競争みたいなことからは早めにリタイアして、教師としてどう人生を楽しもうか、それにはどういうオプションがあるのか考えました。そのときに思いついたのが「人のやっていないことをやるに限る」ということです。

じゃあ人のやっていないことは何かと模索していたとき、たまたまルイ・シュヴァリエの『歓楽と犯罪のモンマルトル』を翻訳していたら、パリの固有名詞がバンバン出てきて、それに魅せられてしまったんですね。「固有名詞」には、辞書的な意味だけではない、さまざまな意味が隠されていたりします。そういうことを徹底して調べたいと思いました。哲学とか文学ではなく、「俺は固有名詞に生きる」と。そこで、シュヴァリエの本に書かれていたパリの19世紀の風俗や習慣、固有名詞の意味を研究し始めたのです。この分野は当時、まったく手付かずでした。研究対象は歴史上の人物でも文学者でも哲学者でもない、さまざまなジャンルの真ん中みたいなところで、誰もやっている人がいない。だから強力なライバルもいない。

山口
それは競争戦略として重要なことですね。楠木建先生のご専門ですけれど。

鹿島
その分野では、どれくらい資料を集め、読み込むことができるかが勝負になるので、そこから古書コレクターの道が始まってしまったわけですが。

そう考えると、学問でも競争戦略は重要なんです。どの分野でも、敵わないような秀才や大天才っているでしょう。

山口
そういう人々と戦ってはいけないのだ、ということですね。

画像: 人のやっていないことをやる

人間は変わらないもの

山口
そのパリの固有名詞研究の成果として、最初にまとめられたものが『馬車が買いたい!』(白水社)ですね。拝読して思ったのは、200年前にパリのシャンゼリゼで馬車を見せびらかしていたのと、現代の銀座をフェラーリで走り回っているのと、変わらないですね。ここまで変わらないものなのか人間って、とつくづく感じました。

鹿島
人間は変わらないですよ。

山口
ほんとうにそうですね。先生はそこからキャリアを築かれてきたわけですが、お書きになるものがジャンルの枠にとらわれていないのは、やはりそのほうが長い目で見て得だからと思われたからでしょうか。

鹿島
そこまで考えたかどうかはわからないけれど、とにかく人がやっていないことをやったということですね。僕がなぜものを書き始めたのかというと、ないものは自分で書いてしまおう、ということでしたから。

ただ困ったことに、人がやらないことをやろうとすると、結果的にみんな同じことを考えてしまう傾向がある。

山口
そこで大切になるのが、自分が楽しめるかどうか。

鹿島
そう、仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいということです。やっぱり苦痛なこと、やりたくないことはやらないほうがいい。

山口
鹿島先生のご著書、例えば『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815』(講談社学術文庫)や『ドーダの人、小林秀雄』(朝日新聞出版)などもそうですけれど、ものすごく楽しんで書いていらっしゃると感じます。「こんなにすごいやつ、おもしろいやつがいる」と先生自身がまず感動していて、「ぜひみんなに知ってほしい」と願って書いている、そのパッションを感じます。そうしたことも人生を楽しむコツなのかなと思います。

鹿島
あと、僕の場合は「古本を集めなければいけない」という絶対的な命題がありましたから(笑)。そのために本を書き続けてきたし、逆に何を捨てるのかということも明確になったわけです。

山口
そうしたところが、軸がぶれていない生き方につながっているのですね。

私は鹿島先生のご著書のおかげでバルザックを読んだり、そこからスタンダールに行ったりと、人生を大変豊かにしていただきました。

鹿島
それはよかった。ありがとうございます。「バルザックにはすべてがある」とルイ・シュヴァリエが言ったけれども、確かにそうなんですよね。ほんとうにいろいろなことをやって、おまけに俗物だからカネ儲けのことばかり考えていて、大変なアイデアマンでもありました。僕がやっていることの一部も彼がやろうとしていたことに近いと思っています。日本では長い間、一つの生き方を探るような文学が主流で、バルザックはあまり読まれなかったけれど、今こそおもしろいのではないかと思います。

山口
同感です。私は最近、『人生の経営戦略』(ダイヤモンド社)という本を上梓しまして、鹿島先生のおっしゃるように、強い敵がおらず、未着手の、しかも自分が好きな仕事をすべきということを訴えたところですので、本日お話を伺って、まさに「我が意を得たり」との思いです。長い時間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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画像1: 「正しく考える」ために必要な教養の力
文学を通してわかる家族、社会、世界
【その6】仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいかどうか

鹿島 茂
1949年神奈川県横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。元明治大学国際日本学部教授。明治大学名誉教授。専門は19世紀フランス文学。
『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、『子供より古書が大事と思いたい』(青土社)で講談社エッセイ賞、『職業別パリ風俗』(白水社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。2017年、書評アーカイブサイトALL REVIEWSを開始。2022年には神田神保町に共同書店PASSAGEを開店。
『小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』(中央公論新社)、『フランス史』(講談社選書メチエ)、『渋沢栄一 上下』(文春文庫)、『思考の技術論』(平凡社)など著書多数。

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文学を通してわかる家族、社会、世界
【その6】仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいかどうか

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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