「第1回:戦後教育の変遷が生み出した学生運動」はこちら>
「第2回:「総合性」を持つ人間は、あとから強くなる」はこちら>
「第3回:「思考の技術」に必要な幅広い知識」はこちら>
「第4回:自分にとって何が一番得なのかを「考える」」はこちら>
「第5回:民主主義も資本主義も一様ではない」はこちら>
「第6回:仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいかどうか」
人のやっていないことをやる
山口
リベラルアーツ=自由の技法という観点で言うと、鹿島先生はとても「自由」で「枠がない」と感じます。書かれるものについてもフランス文学系から、小林一三の伝記のようなビジネス分野だったり、吉本隆明に関する踏み込んだ考察だったり、軽妙な筆致の作品もあったり。さらには書店も運営されるなど、大学教員という枠にとらわれない生き方をされてきたようにお見受けしますけれど、そうした生き方のコツのようなものはおありなのでしょうか。
鹿島
コツというか、僕は仏文で東大の大学院を受けたときに、山田(じゃく)教授から「君はあんまり学者には向いていない顔をしているけど平気かい?」と言われて(笑)。「なんとかやります。頑張ります」と答えたのだけれど、確かに向いていないところはあると思うんです。
山口
でも別の仕事には就かなかったのですね。
鹿島
実家が商売をしていたから商売は嫌だなというのと、会社員にもなりたくなかったから。もし自分が会社員になったら、モーレツ社員になって出世しちゃうかもしれないと思ってね(笑)。
それで大学の教師になったのだけれども、仏文学会の中での出世競争みたいなことからは早めにリタイアして、教師としてどう人生を楽しもうか、それにはどういうオプションがあるのか考えました。そのときに思いついたのが「人のやっていないことをやるに限る」ということです。
じゃあ人のやっていないことは何かと模索していたとき、たまたまルイ・シュヴァリエの『歓楽と犯罪のモンマルトル』を翻訳していたら、パリの固有名詞がバンバン出てきて、それに魅せられてしまったんですね。「固有名詞」には、辞書的な意味だけではない、さまざまな意味が隠されていたりします。そういうことを徹底して調べたいと思いました。哲学とか文学ではなく、「俺は固有名詞に生きる」と。そこで、シュヴァリエの本に書かれていたパリの19世紀の風俗や習慣、固有名詞の意味を研究し始めたのです。この分野は当時、まったく手付かずでした。研究対象は歴史上の人物でも文学者でも哲学者でもない、さまざまなジャンルの真ん中みたいなところで、誰もやっている人がいない。だから強力なライバルもいない。
山口
それは競争戦略として重要なことですね。楠木建先生のご専門ですけれど。
鹿島
その分野では、どれくらい資料を集め、読み込むことができるかが勝負になるので、そこから古書コレクターの道が始まってしまったわけですが。
そう考えると、学問でも競争戦略は重要なんです。どの分野でも、敵わないような秀才や大天才っているでしょう。
山口
そういう人々と戦ってはいけないのだ、ということですね。

人間は変わらないもの
山口
そのパリの固有名詞研究の成果として、最初にまとめられたものが『馬車が買いたい!』(白水社)ですね。拝読して思ったのは、200年前にパリのシャンゼリゼで馬車を見せびらかしていたのと、現代の銀座をフェラーリで走り回っているのと、変わらないですね。ここまで変わらないものなのか人間って、とつくづく感じました。
鹿島
人間は変わらないですよ。
山口
ほんとうにそうですね。先生はそこからキャリアを築かれてきたわけですが、お書きになるものがジャンルの枠にとらわれていないのは、やはりそのほうが長い目で見て得だからと思われたからでしょうか。
鹿島
そこまで考えたかどうかはわからないけれど、とにかく人がやっていないことをやったということですね。僕がなぜものを書き始めたのかというと、ないものは自分で書いてしまおう、ということでしたから。
ただ困ったことに、人がやらないことをやろうとすると、結果的にみんな同じことを考えてしまう傾向がある。
山口
そこで大切になるのが、自分が楽しめるかどうか。
鹿島
そう、仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいということです。やっぱり苦痛なこと、やりたくないことはやらないほうがいい。
山口
鹿島先生のご著書、例えば『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815』(講談社学術文庫)や『ドーダの人、小林秀雄』(朝日新聞出版)などもそうですけれど、ものすごく楽しんで書いていらっしゃると感じます。「こんなにすごいやつ、おもしろいやつがいる」と先生自身がまず感動していて、「ぜひみんなに知ってほしい」と願って書いている、そのパッションを感じます。そうしたことも人生を楽しむコツなのかなと思います。
鹿島
あと、僕の場合は「古本を集めなければいけない」という絶対的な命題がありましたから(笑)。そのために本を書き続けてきたし、逆に何を捨てるのかということも明確になったわけです。
山口
そうしたところが、軸がぶれていない生き方につながっているのですね。
私は鹿島先生のご著書のおかげでバルザックを読んだり、そこからスタンダールに行ったりと、人生を大変豊かにしていただきました。
鹿島
それはよかった。ありがとうございます。「バルザックにはすべてがある」とルイ・シュヴァリエが言ったけれども、確かにそうなんですよね。ほんとうにいろいろなことをやって、おまけに俗物だからカネ儲けのことばかり考えていて、大変なアイデアマンでもありました。僕がやっていることの一部も彼がやろうとしていたことに近いと思っています。日本では長い間、一つの生き方を探るような文学が主流で、バルザックはあまり読まれなかったけれど、今こそおもしろいのではないかと思います。
山口
同感です。私は最近、『人生の経営戦略』(ダイヤモンド社)という本を上梓しまして、鹿島先生のおっしゃるように、強い敵がおらず、未着手の、しかも自分が好きな仕事をすべきということを訴えたところですので、本日お話を伺って、まさに「我が意を得たり」との思いです。長い時間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
「第1回:戦後教育の変遷が生み出した学生運動」はこちら>
「第2回:「総合性」を持つ人間は、あとから強くなる」はこちら>
「第3回:「思考の技術」に必要な幅広い知識」はこちら>
「第4回:自分にとって何が一番得なのかを「考える」」はこちら>
「第5回:民主主義も資本主義も一様ではない」はこちら>
「第6回:仕事でも人生でも、大切なのは自分が楽しいかどうか」

鹿島 茂
1949年神奈川県横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。元明治大学国際日本学部教授。明治大学名誉教授。専門は19世紀フランス文学。
『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、『子供より古書が大事と思いたい』(青土社)で講談社エッセイ賞、『職業別パリ風俗』(白水社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。2017年、書評アーカイブサイトALL REVIEWSを開始。2022年には神田神保町に共同書店PASSAGEを開店。
『小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』(中央公論新社)、『フランス史』(講談社選書メチエ)、『渋沢栄一 上下』(文春文庫)、『思考の技術論』(平凡社)など著書多数。

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。