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東京大学総長特別参与/大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授 沖 大幹氏
気候変動による激甚災害が増えるなか、沖教授が開発した河川を含めた気候変動シミュレーションは非常に重要な役割を担っている。一方で、シミュレーションでは「人の命は守れても、財産までは守れない」と沖教授。啓蒙活動の限界を見据えたうえで、温暖化対策と経済発展は両輪で進める必要があると言う。さらには、長期的視点に立った都市計画や制度設計、インセンティブなど、社会デザインの重要性を説く。

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「第3回:温暖化対策と経済発展をセットで」
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「第5回:優等生でなく、常識を打ち破る「超越人材」を」

激甚災害の多発にどう対処するか

――気候変動の影響により、最近はとみに、河川の氾濫や土砂災害などの激甚災害が頻発しています。そうした意味でも、沖先生の河川を含めたシミュレーションは非常に重要ですね。


各地域の洪水などの予測については、より精緻に行う必要があるので、その場合はグローバルなシミュレーションというより、より高解像度のシミュレーションをローカルにやっていく必要があり、実際に取り組みも始まっています。

しかし私が驚いているのは、最近では、欧州でも洪水被害が出ていることです。私が学生の頃は、日本は洪水も干ばつもあるけれど、欧州では洪水はさほど気にしなくていいと教わったのですが、今秋(2024年秋)はドナウ川が大氾濫しかけましたし、スペイン東部のバレンシア州でも大洪水があり、200人以上の方が亡くなりました。実は日本と同様に、欧州でも放水路や遊水池を設けるなど、それなりに洪水対策はできているのですが、それでも近年では甚大な被害が出てきています。

つまり従来のやり方だけでは安全が確保できなくなってきている。そうしたなかで、日本では従来の河川ごとの治水ではなく、流域全体に関わるすべての関係者が協力して治水を進める「流域治水」が進められるようになりました。さらには、ダムや灌漑用の池など、既存のインフラも有効活用しながら、流域治水と水資源確保、さらには生態系の保全まで一体でやろうとする「流域総合水管理」の取り組みまで始まっているのです。

画像: ――気候変動の影響により、最近はとみに、河川の氾濫や土砂災害などの激甚災害が頻発しています。そうした意味でも、沖先生の河川を含めたシミュレーションは非常に重要ですね。

――限られたリソースをうまく活用するためには、シミュレーションやAIも重要ですね。


きわめて重要です。予測精度を格段に高めることができれば、本当に危険な状況にある地域の人が命を守る行動をちゃんと取るようになるはずです。現状は、線状降水帯をピンポイントで予測するのは難しいですからね。

ただ、予測で人命は救えるかもしれないけれど、財産まで守ることは難しい。かといって移住や移転というのはお金もかかるし面倒ですよね。そこは焦らず、じっくり時間をかけて、この地域は災害リスクが高いから30年後には人は住まないようにしようといったかたちで、都市計画、国土計画を進めていくほかないでしょう。

カーボンニュートラル実現の難しさは、モチベーションにあり

――現在、日本政府は2050年のカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めています。この点については、どう感じておられますか?


グローバルにカーボンニュートラルに向かうのは確かですし、化石燃料由来のエネルギーから再生可能エネルギーに置き換わっていくことも、エネルギー資源に乏しい日本としては非常にいいことだと思っています。ただ、2050年に本当に達成できるかどうか。IPCCの1.5℃目標も非常に厳しい状況です。それでも目標は高く掲げたほうがいいとは思います。

一方で、気候変動対策が進まない理由は、緩和策(mitigation)による温室効果ガスの排出削減に必要な費用と、削減によって減らせるであろう被害額が、同じくらいのオーダーだからということもあります。つまり、対策をしてもしなくても、かかるお金は一緒ということですね。そうするとなかなか頑張れないということはあるように思います。

また、温室効果ガスの排出削減の担い手は、いま現在および近未来の先進国であるのに対して、将来、恩恵に与って便益を受けるのは現在の途上国です。つまり、削減の担い手と受益者が違うことも、対策が進まない原因ではないでしょうか。

画像: ――現在、日本政府は2050年のカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めています。この点については、どう感じておられますか?

実は温暖化の悪影響は人間社会だけでなく、生態系への影響も甚大です。ところが、エネルギー問題には積極的な企業も、生態系の保全には消極的な場合が多いように感じます。生態系の保全に対するインセンティブがないためです。生物多様性の喪失に危機感のない人にとって温暖化対策というのは、いまひとつやる気の出ない話だろうと思います。

経済成長と温暖化対策をセットで行うべし

――酷暑や自然災害を経験してもなお、マインドを変えるのはなかなか難しいのですね。


省エネのために「電気を使わないように」という啓蒙だけでは無理でしょう。そうではなくて、炭素税のようにエネルギーコストを3〜5割上げていけば、もっといろいろな対策をせざるを得なくなる。それを受容するためには、当然、国民の収入がもっと増えなければなりません。つまり、経済発展と温暖化対策はセットに進めるべきです。よく、温暖化対策のために脱成長すべきと言う人がいますが、それは敗北主義だと思っています。むしろ、皆が経済発展して、温暖化対策にお金を使えるほうがいい。だからその点に関しては、僕は残念ながら、斎藤幸平※さんとは意見が合わないのです(笑)。

――沖先生はご著書『水の未来――グローバルリスクと日本』(岩波新書、2016年)の中でも、「持続可能な開発」(sustainable development)ではなく、「持続可能性の構築」(sustainability development)をめざすべきとおっしゃっています。つまり、経済発展より環境保全を優先するのでなく、環境の持続性とともに社会や経済の持続性も追求すべきだと。


だって、生きるか死ぬかという状況であれば、木を伐らざるを得ないでしょう? 意識向上で変えられる部分は限定的ですよ。いつの間にか再生可能エネルギーでつくられた電気に置き換わっていれば、普段から特段意識する必要はありません。「一人ひとりが考えなければならない問題ですね」と言って終わらせてしまったら、そこで思考停止してしまう。皆、コストや変化を嫌いますからね。

たとえば車のシートベルトの義務化と車の改良、さらには飲酒運転の厳罰化で、交通事故死者数が激減したように、多面的な取り組みによって20年もすれば社会は大きく変わる。そのためには、やはりビジョンと社会制度設計、組織的な取り組みが不可欠なのです。

※ 斎藤幸平
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は、経済思想、社会思想、マルクス主義研究。ベストセラー『人新世の「資本論」』において、気候変動を食い止めるために脱成長を提案している。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像: 水問題から気候変動に迫る
【第3回】温暖化対策と経済発展をセットで

沖大幹(おき たいかん)
東京大学総長特別参与/大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授/未来ビジョン研究センター教授(兼任)。
1964年生まれ。1989年東京大学大学院工学研究科修了、1993年博士(工学)。東京大学生産技術研究所教授等を経て、東京大学大学院工学系研究科教授。2016年より21年まで国連大学上級副学長、国際連合事務次官補を兼務。専門は水文学。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書統括執筆責任者等を務めた。2024年8月に「水のノーベル賞」といわれる「ストックホルム水大賞」を受賞。著書に『水危機 本当の話』(新潮選書、2012年)、『水の未来――グローバルリスクと日本』(岩波新書、2016年)他。

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