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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
ポジショニングを明確にした独自の戦略ストーリーで長期的利益を生み出している「東京エレクトロン」の事例から、これからの経営者のあるべき姿を考える。

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「第5回:長期的利益の創造」

※ 本記事は、2024年5月16日時点で書かれた内容となっています。

ここまでは、レベル1の「外的要因」とレベル2の「事業立地」、自分たちで「ポジショニング」を考え、戦略を実践することで収益力をつけているレベル3までのお話をしてきました。最後はレベル4の「戦略ストーリー」が稼ぐ力の源泉になっている企業を取り上げたいと思います。僕がレベル4の典型だと考えている企業は東京エレクトロンです。

東京エレクトロンは、半導体製造装置を製造し販売している企業です。半導体を製造するためには複雑で多様な工程があり、工程に合わせてさまざまな半導体製造装置が必要になります。1963年設立の東京エレクトロンは、当初から業界トップを狙える工程に集中してきました。

半導体の電子回路のパターンを形成する装置に特化して事業を展開してきた東京エレクトロンは、そのために必要な4つの工程の半導体製造装置で世界No.1のシェアを持っています。つまり世界で作られる半導体は、ほとんどが東京エレクトロンの装置による回路パターンで作られているのです。この明確なポジショニングが、ひしめく競合との違いを作り、他社にはできない価値を生み出す源泉になっています。

パターンを形成する技術や知見に関して右に出る企業はないので、世界中の半導体メーカーは東京エレクトロンを頼ることになります。顧客企業から見ても、開発のロードマップを共有するといった関係性で仕事ができる唯一のパートナーが、東京エレクトロンです。しかもこうした信頼関係があれば、次のニーズを高い確度でつかむことができますから、ヒット率の高い研究開発が実現できます。

パターン形成というポジショニングを核にしたさまざまな打ち手が一貫したロジックでつながり、好循環となって独自の価値を高める。東京エレクトロンは、レベル4の戦略ストーリーによって、長期的な収益力を作り上げている企業の手本です。

現在の経営者の河合利樹さんは2016年に社長に就任していますが、当時と比較すると営業利益が15倍になっています。それでも攻めの開発投資を緩めることはなく、2027年までの中期計画では1兆5,000億円を研究開発に投資するそうです。その時の目標が、売上高3兆円以上、ROE30%以上、営業利益率35%以上というのですから、利益に対してもあくまで貪欲です。

以前からお話していますが、長期的な利益というのは経営者にとって最も重要なものさしです。収益力があって儲かっているということは、お客さまに独自の価値を提供して評価されている証拠です。儲かっていれば賃上げも可能なので、従業員の方々をハッピーにすることができます。

株が上って配当が増えますから、株主もハッピーです。何より多額の納税をしていることで、社会に大きく貢献しますから、社会もハッピーです。東京エレクトロンは、長期的利益という健全な理由で株高という評価を得ている好例です。

世界の資本市場は今の日本の企業をどう見ているか。アメリカのキャピタル・グループという資産運用会社のマイク・ギトリンCEOはこんなことを言っています。「過去30年間、海外投資家は日本が変わると信じて投資をするたびに、失望してきた。でも今回の株高は、(企業の収益力によるもので)これまでとは違う。ただし、全ての企業が変化しているわけではない。投資先選びで重要なのは、特定の業種や業界ではなく、個々の企業の経営者だ。株主価値を高める意欲を持つ経営者かどうかを、資本市場は見極めようとしている」――まったくその通りだと思います。

今年の株価上昇は、一部の企業の収益力の回復が日経平均というマクロの株価を押し上げたことが原因だとしても、覚醒している企業はおそらく4分の1くらいではないでしょうか。4分の3は、まだ投資より内部留保、せいぜい目先の配当や自社株買いを優先するような経営を続けている企業です。

住宅バブル以降の日本の状況に対して、「失われた30年」という言い方をしますが、逆に考えれば30年間継続して失い続けられるということは、日本に「特殊能力」があるということを示唆しています。それだけ長期に経済が停滞すると、普通は世の中が荒れるものです。サッチャー改革前のイギリスがまさにそうでした。しかし日本では、30年が失われても結構まともに社会の秩序が維持されている。僕はここに日本の底力を見ます。

何だかんだ言っても、勤勉でまじめな人たちが多い。給料が上がらなくても働くのです。少なからぬ日本の経営者がこの底力にあぐらをかいていた。ここに問題の本質があります。少子高齢化だとか、円安だとかマクロ環境に責任をなすりつけて他責に明け暮れた経営者に、失われた30年の一義的な責任はあります。

マクロはミクロの集積に過ぎません。日経平均株価といったマクロレベルの現象は、個別企業というミクロの集積として現れます。その企業のドライバーは経営者です。今回例として紹介した企業のように、自分でポジションを決め、長期利益のための戦略ストーリーを描ける経営者が増えなければ、今後とも株高が持続することはないでしょう。

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画像: 原因と結果~迷走する経営者~―その5
長期的利益の創造

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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