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※ 本記事は、2024年5月16日時点で書かれた内容となっています。
今から振り返ると、2008年から2012年のリーマンショック前後の5年ぐらいが日本の企業経営の底だったのではないかと思います。レベル1の外的要因やレベル2の事業立地に依存するのではなく、レベル3の競争戦略で稼ぐ力をその頃からつけはじめたのではないか。特に2018年頃から株価はずっと上がっていて、不動産バブルやITバブルの時とは株高の「質」が変わってきていると考えます。企業の稼ぐ力という最も真っ当な原因が今の株高という結果をもたらしているというのが僕の認識で、これは89年のバブルと比べてはるかに健全な状態だと思います。
例えば最近の日立は、選択と集中という事業立地の選定をほぼ終え、3つの事業に集中することを表明しています。ビジネスや社会インフラのDXを推進するデジタルシステム&サービス、エネルギーや鉄道などのグリーンエナジー&モビリティ、エレベーターや産業機器などのコネクティブインダストリーズ。この3つの分野に集中していくということですが、ここではもちろん厳しい競争があります。
集中した分野で日立は戦略的ポジショニングを明確に定め、独自の価値を作るための投資を積極的に行っています。例えばエネルギーです。脱炭素化に向けたこれからのエネルギーインフラは、再生可能エネルギーをいかに取り込むかが重要になります。そのためには、不安定な電力を緻密に制御するパワーグリッドと呼ばれる送配電網が必要です。日立は2018年、スイスの重電大手ABB社のパワーグリッド部門を買収し、脱炭素化社会へと動き出しています。
2021年には、DXを推進するデジタルエンジニアリングのグローバルロジック社を約1兆円で買収し、顧客のDXをEnd to Endで支援する体制を整えました。さらに各分野のソリューション・サービス・テクノロジーをLumadaというくくりで横展開することにより、約2兆円のビジネスを生み出しています。
こうしてみても、全方位的にモノづくりで商売をしていたかつての日立ではなく、3つの分野で社会課題の解決と取り組んでいる。レベル3のポジショニングで独自性を磨いていて、それが花開きつつあるのだと思います。日立だけでなく、多くの企業が自らを改革することで生み出した稼ぐ力が、今の株高につながっている。僕はそう考えています。
長年日立を見てきてさらに興味深いのは、売却した企業のその後です。例えば半導体のルネサス エレクトロニクスは、かなり厳しい時期もありましたが、ターゲットを自動車・産業・インフラ・IoTに集中し、アナログ+パワー+組み込みシステム+コネクティビティを組み合わせたソリューションというポジションを明確にしたことで、存在理由を回復しています。
かつて日立製作所の子会社だった日立国際電気は、映像・通信ソリューション事業と成膜プロセスソリューション事業、2つの異なる事業を展開する企業でした。日立製作所の選択と集中の時に外資系ファンドに売却され、その後日立国際電気の分割で成膜プロセスソリューション事業を継承したのがKOKUSAI ELECTRICです。
日立から独立した企業として再スタートしたKOKUSAI ELECTRICは、半導体製造プロセスにおけるバッチ成膜装置およびトリートメント(膜質改善)装置に資源を集中的に投入しました。ポジショニングを明確にして、半導体デバイスの高密度化と高性能化を追求することで、世界中の半導体メーカーを顧客にビジネスをしています。ファンドから独立して2023年には東証プライム市場に上場、今では45%を超える営業利益を出していて、日立国際電気時代の2017年と比較すると企業価値はおよそ300倍になっています。レベル3のポジショニングが、収益力や企業価値を高める良い事例だと思います。
1990年の株高は、日本鋼管、川崎製鉄、東京ガスなどの不動産を持つ企業がリードしました。2000年の株高は、ソフトバンク、ソニー、ドコモといったIT企業がリードしました。2024年の株価最高値更新の主役は、アドバンテスト、ディスコ、東京エレクトロンといった半導体関連の企業です。
繰り返しますが、不動産バブルというのはレベル1の外的要因による追い風によるものですし、ITバブルというのはレベル2の成長を見越した事業立地によるものです。半導体も、外的要因の追い風は吹いているし、成長する事業立地ではあります。しかし今回の主役たちは半導体が注目されるずっと以前から、独自の戦略で技術や収益力に磨きをかけてきた企業です。
その中にはレベル4の「戦略ストーリー」が作り出す好循環で、他社が容易には追随できない企業があります。今回の株高は今までのバブルとは明らかに「質」が違うと言ってよいでしょう。(第5回へつづく)
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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