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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
バブルからリーマンショックを経て現在までの間の株価の変遷の原因を考える。特に2008年度に当時日本の製造業最大の赤字を計上した日立の経営について深掘りする。

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「第3回:株高の原因」
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※ 本記事は、2024年5月16日時点で書かれた内容となっています。

企業の株価を上げる原因の王道は収益力ですが、それは長期的に見ないと分かりませんし、前回お話したような外的要因が株価を上昇させることもあります。80年代の終わりにバブルを引き起こしたのは企業の収益力ではなく、レベル1の不動産の高騰という一時的な追い風だったことは今振り返ればはっきりしています。

実際に数字で見てみますと、バブル景気というわりに当時の企業は儲かっていない。例えばEPS(Earnings Per Share:1株あたりの純利益)という指標で見ますと、日本の上場企業の平均で89年は今の3分の1ぐらいしかありません。配当利回りは、大体4分の1です。2024年の日本企業の経常利益率は、2024年で7.1%。アメリカやヨーロッパの上場企業に比べるとまだまだ見劣りする数字ですが、89年のバブルの時はその半分の3.7%しかありませんでした。企業の収益力が株高をもたらすという成り行きが王道ですが、89年のバブルはそうではなかった。

当時の機関投資家と個人投資家の割合を見ると、今よりも個人投資家が多かった時代です。十分な知識のない人が株の売買を行っていました。企業も今と比べれば資本市場からの圧力が小さい状態でした。何よりもバブルの狂騒で多くの企業が事業より資産運用に走りました。昭和の記憶として覚えておられる方もいると思いますが、特金・ファントラと呼ばれていた特定金融信託(※1)やファンドトラスト(※2)といった、わりと禍々しい資産運用にリソースを配分していました。事業利益より運用益のほうが一時的に上回った、それがあのバブルという時代でした。
※1 特定金融信託:信託銀行が顧客の資金を預かって株式や債券で運用するサービスのひとつ。委託者が運用方法や銘柄まで特定する仕組みの信託のこと。
※2 ファンドトラスト:信託銀行が顧客の資金を預かって株式や債券で運用するサービスのひとつ。委託者が運用の目的物の種類を大まかに指示するだけで、信託銀行の判断で運用する仕組みの信託のこと。

当時の株高をリードしたのは、不動産の含み資産を多く持っている企業です。例えば東京湾の辺りに工場跡地を持っている日本鋼管や川崎製鉄や東京ガスなど、ウォーターフロント銘柄と言われた企業がリード役となりました。ただ、こうした刹那的な追い風に持続性があるはずもなく、90年初頭にバブルははじけます。

その後90年代後半にも、株価が一時的に上昇した時がありました。インターネットやITが注目された時で、ITバブルと呼ばれていました。この株価上昇の要因はレベル2の「事業立地」によるもので、いち早く成長しそうなIT市場で事業を立ち上げた企業が株価をリードします。ソフトバンクやソニー、ドコモといった銘柄が株価上昇の主役でした。しかし、ITブームが終わると、こうした企業の株価も調整に向かいました。

そして2008年のリーマンショックで株価は底を打つことになります。当時の状況を説明する例として取り上げたいのが、日立です。僕は90年代から日立の仕事をしてきました。日立の方と話をすると、「変革が必要だ」「構造改革が必要だ」と皆さん言われるのですが、何も変わらない。本気で変わる気なんてない、そういう企業だと当時の僕は思っていました。

2009年3月期の決算において日立は、国内の製造業としては当時最大の7,873億円という営業赤字を計上します。結果から言うとわずか2年でV字回復を果たし、2011年3月期には最終黒字になっています。それは当時の川村隆社長、その後を引き継いだ中西宏明社長のリーダーシップによるところが大きかったのは間違いありません。

この時の経営判断は、「選択と集中」です。レベル2の事業立地で利益を出すことが難しい事業から撤退し、赤字事業を切り離します。さらに日立金属や日立化成のような長い歴史を持つ上場子会社の株式を売却。当時22社あった上場子会社が、現在はゼロになっています。2008年をきっかけに、日立はポートフォリオの半分が入れ替わりました。株価はご存じのように9倍から10倍近くになっています。

非常に踏み込んだ改革を断行したわけですが、ポートフォリオの入れ替えによる構造改革の役割は、基本的にマイナスをゼロに持っていくところまでです。ゼロからプラスを作っていくのは、個別事業の稼ぐ力になります。日立のように底を打ったときに素早く動いた企業は、レベル2の事業立地という点で大体やるべきことはやった。中西さんの経営判断が軌道に乗れば、そこからは個別事業の競争力の問題です。東原さん、小島さんのリーダーシップのもと1つ1つの事業がどれだけ独自性を持った価値を提供できるか。個別事業が稼ぐ力を確立できるか。日立の経営の焦点はすでにレベル3の「ポジショニング」へとシフトしています。(第4回へつづく

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画像: 原因と結果~迷走する経営者~―その3
株高の原因

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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