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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
企業が市場から評価される3つの指標、そして企業が利益を出す4つのレベルの要因。その2では、株価の変化を読み解くための視点を学ぶ。

「第1回:経営者の迷走」はこちら>
「第2回:利益の源泉の4つのレベル」
「第3回:株高の原因」はこちら>
「第4回:株高の質」はこちら>
「第5回:長期的利益の創造」はこちら>

※ 本記事は、2024年5月16日時点で書かれた内容となっています。

以前にも何度かお話しましたが、企業は常に3つの市場によって評価されます。1つ目は競争市場です。僕は競争戦略が専門分野ですので、その市場でどんな競争があって、どんな企業が支持されて、どんな企業が利益を出しているのかを日々注目しています。2つ目が資本市場です。株主というステークホルダーがいて、株式の取引市場で株価が決まり、時価総額という評価が決まります。3番目は労働市場で、この会社で働きたいか、働きたくないか。人気がある企業があればそうではない企業もある。これは働く人々の側から企業が評価されているということです。

2024年2月22日、株価が1989年のバブル期の最高値を更新しました。もちろん株価というのは上がれば下がるし、下がれば上がるので今後どう推移していくのかは分かりませんが、長期的に見ると2010年前後からずっと回復基調にありました。これは日本の上場企業の資本市場における評価が回復していることを意味しています。少なくとも前よりはよくなっている。

ただしこれは「結果」です。問題はこの株高の「原因」は何なのかです。企業の稼ぐ力、競争市場での収益力が資本市場で評価された。これが今回の株価回復の主要な原因です。順番としてはまず企業の稼ぐ力が上がり、それが株主にも評価され、株価が上がる。これが王道です。

ただし株価というのは人気投票でもあるので、企業の収益力だけでなくさまざまな他の要因も影響を及ぼします。稼ぐ力が本物かどうかを判断するために、僕は株高の要因を4つのレベルに分けて考えることにしています。

レベル1は、純粋な「外的要因」です。本来の収益力とは全く別の追い風が吹いて、株価が上がることがあります。今で言うと円安で日本の一部の製造業は巨額の利益を増大させています。あるいはZoomという会社は、世界的なパンデミックによって株価が一気に上がりました。どちらも外的要因によって起こったことです。他にも景気や金利など、企業は常にいろいろな外的要因の中で事業を行っていますから、ひとつの要因が変化すると利益にも影響します。

しかし当然のことですが、レベル1は稼ぐ力としての持続性がありません。瞬間的に株高になったとしても追い風頼みなので、風が止んでしまうと元に戻ります。

レベル2の要因は「事業立地」です。それぞれの企業がその業界の中でどういう戦略を取るか以前に、そもそも利益を出しやすい構造にある業界と、利益が出しにくい構造の業界があります。何によってその構造が決まるのかを最初に研究した人がマイケル・ポーター先生で、これは後の「競争戦略」につながっていくものです。

詳細の解説は省略しますが、製薬業界というのは利益を出しやすい構造の典型です。これに対してパソコン業界というのは元々利益が出しにくい構造になっています。事業立地というのは位置エネルギーみたいなものです。利益の出しやすい事業立地は個別の企業の収益性にポジティブに作用します。レベル2の位置エネルギーで収益を上げるためには、他社よりも早く成長する業界を見つけて、そこに身を置けるかどうかが鍵になります。

レベル3の要因は、ある業界の中で競争相手に対してどう違いを作り、独自の価値を顧客に提供できるかどうか。僕の専門分野である「競争戦略」です。その業界の中で独自の「ポジショニング」を構築しているかが問題になります。アパレルは事業立地としてはそれほど収益性の高い業界ではありませんが、“LifeWear”という独自のポジションを作ったユニクロや、ファストファッションというポジションを確立したZARAは、相対的に収益力が高い。戦略的なポジショニングという視点から見ると、1つの業界の中に複数の勝者は常に存在しうるわけです。しかし独自のポジションが作れない企業は、収益を上げることが難しい。それがレベル3の競争戦略です。

レベル4は、「戦略ストーリー」という要因です。競争戦略が作る違いが、明確な因果関係による論理でつながっている。その事業の持つ競争戦略というストーリーが、独自の価値となって長期利益を生み出している状態です。レベル3がポジショニングという独自性に対して、レベル4の収益力の正体は、独自性に加えて一貫性のある戦略ストーリーの好循環にあります。

レベル1の外的要因、レベル2の事業立地、レベル3のポジショニング、レベル4の戦略ストーリーと、レベルが上がれば上がるほど、収益力の持続性は高まっていきます。この視点から、日経平均株価の変遷を考えてみたいと思います。(第3回へつづく

「第3回:株高の原因」はこちら>

画像: 原因と結果~迷走する経営者~―その2
利益の源泉の4つのレベル

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

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この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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