「第1回:「広報」を「広告」に変換する」はこちら>
「第2回:「ビリケンさん」で全国から集客を」はこちら>
「第3回:手薄だった「物販チャネル」の開拓」はこちら>
「第4回:通天閣そのものの「新たな魅力」づくり」
「第5回:職場環境としての通天閣の魅力」
全面金色塗装の5階「黄金の展望台」
――通天閣には、跳ね出し展望台「TIP THE TSUTENKAKU」やアトラクション「TOWER SLIDER」など、観光客を引き付ける仕掛けが充実しています。施設そのものの魅力づくりという面で、どのように改革を進めてきたのでしょうか。
高井
通天閣の事業の本質はやはり施設そのものの魅力にあります。円滑な経営を進めていくためにも、できる限り自己資金で改装したいという考えからまずは物販に力を入れ、そこで得た収益を元手に新たな施設づくりに着手しました。
最初の施策が、2012年に改装した5階「黄金の展望台」です。それまではグレーの骨組みがむき出しになった無骨な空間だったところを、豊臣秀吉が大阪城に造らせたという黄金の茶室をイメージした金ぴかの空間に改装しました。金色は国内外を問わず人気ですし、5階には通天閣で最もインパクトが強い「ビリケンさん」が鎮座していますから、お客さまの目を引く上でうってつけだと考えました。
「やるなら徹底的に」ということで、床には金色のフロアタイルを敷き詰め、柱も金色に塗装し、壁には金色の壁紙を使った上、ビリケンさんを金髪(3代目)にリニューアルしました。このほか、それまで無機質な空間だった中間展望台の3階を資料室に改装しました。
関係者以外立ち入り禁止だった塔頂部を「特別屋外展望台」に
――2015年には、5階展望台の上、屋上階に「特別屋外展望台」が新設されました。どのような経緯があったのでしょうか。
高井
それまで屋上階は関係者以外立ち入り禁止で、エレベーターの機械室を点検するための作業動線しかありませんでした。一般開放するには見栄えもよくないですし、必ずしも安全が担保された空間ではなかったのです。ただ、たまに関係者を特別にご案内すると、必ず喜んでくださるのです。屋上ならではの素晴らしい眺望や大阪上空の空気を一般の入場者にも体験していただくことが、新しい価値になるのではないか――そう考え、発案の半年後に着工しました。
屋上にどうやって重い資材を運び上げるかという点で、ご支援いただいた竹中工務店には苦心いただきました。通常のビルであればタワークレーンで資材を引き上げるのですが、通天閣は密集地に建っていますからタワークレーンを建てるスペースなどありません。最終的には、新しく造る床面や壁面を細かく分割して、マンパワーで運び上げました。さらに構造計算の面でも、かなり試行錯誤しました。
現在、通天閣の入場料金は2パターンあります。5階まで上れる一般展望台料金が大人1人900円(※)。特別屋外展望台まで上る場合はプラス300円。工事で安全・安心を担保したとはいえ、屋上は狭いので、入場者全員が上がってしまうと許容人数を超えてしまいます。お客さまに2つの選択肢をご提示することで、結果として屋上に上がる人数を制限できています。それでも現在、おかげさまで半数近くのお客さまが特別屋外展望台まで足を運んでくださっています
※ 税込み価格、個人利用の場合。2024年4月1日に1,000円(税込み)に改訂予定。
――2019年には、屋上からせり出した跳ね出し展望台「TIP THE TSUTENKAKU」が完成しました。どのような意図で造られたのでしょうか。
高井
特別屋外展望台をよりスリリングに楽しんでいただきたい。と同時に、どうしてもスカイツリーや東京タワーに負けたくないという理由があります。両者の展望台には透かし床といって、足元から下が透けて見える床が一つの名物になっています。ところが通天閣では構造上、それができませんでした。高さでは負けても、心意気とアトラクションでは負けたくない――そこで、特別屋外展望台からせり出す形で新たに跳ね出し展望台を設けたのです。
あるとき特別屋外展望台から見た大阪平野が、僕の目に大海原のように映ったことがヒントになりました。映画『タイタニック』のように大きな船の舳に佇んでみたい衝動に駆られまして、跳ね出し展望台を着想しました。
ただ、完成したタイミングが2019年の12月。2020年になると瞬く間に日本はコロナ禍に覆われて、客足も途絶えてしまったのです。
コロナ禍を逆手にとった「TOWER SLIDER」の建設
――コロナ禍に入り、どのように経営のかじ取りをなさっていたのですか。
高井
入場者数が日々減っていく中、全国各地の売れ残ったおみやげ食品を引き取って半額セールを開催するなどの取り組みをしていましたが、本来繁忙期であるはずのゴールデンウィークに差し掛かってもコロナ禍は収まる気配がありませんでした。もう先が見えないという状況で、こう考えました。「跳ね出し展望台よりもさらに刺激的なアトラクションを造って、コロナ禍明けの呼び水にしよう」と。
それも、新世界の街に電気ショックを与えるような強力なコンテンツをつくりたい。通天閣が何か急進的な取り組みをすれば、その効果が地域全体に波及するはずだ、と。しかも、コロナ禍でお客さまが来ないからこそ工事がしやすい。
で、何を造るか。世の中は「モノづくりからコトづくりへ」の時代です。インバウンドのお客さまが増えている中で、言語の壁を越えて楽しめる体験は何か。だれでも気軽に楽しめるアクティビティとは――。頭に浮かんだアトラクションが、滑り台でした。
通天閣には、地下と2階を行き来する円形エレベーターの補助塔があります。それに巻き付けるようにして滑り台を造ったら面白いんじゃないかと、竹中工務店に設計・施工を依頼しました。経営自体は僕が入社してから初めての赤字でしたが、今こそピンチをチャンスに変えようと、総額約3億円をかけて断行しました。それが「TOWER SLIDER」です。
2022年のゴールデンウィーク明けにオープンしたのですが、初年度で年間20万人以上のお客さまにご利用いただきました。話題としての訴求はもちろん、「TOWER SLIDER」を滑ることが通天閣来場のきっかけにもなっており、大きな手応えを感じています。(第5回へつづく)
高井隆光(たかい りゅうこう)
通天閣観光株式会社 代表取締役社長
1974年大阪府生まれ。奈良産業大学(現・奈良学園大学)卒。1997年、マイカル(現・イオンリテール)入社。大阪の店舗で婦人服などを担当。2005年、通天閣観光に入社。2019年より現職。全日本タワー協議会幹事も務める。
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