「第1回:「広報」を「広告」に変換する」はこちら>
「第2回:「ビリケンさん」で全国から集客を」はこちら>
「第3回:手薄だった「物販チャネル」の開拓」
「第4回:通天閣そのものの「新たな魅力」づくり」はこちら>
「第5回:職場環境としての通天閣の魅力」
ショーケース2台だった売店を、1年間でフロア全体に
――通天閣は今、2階と地下1階がそれぞれ売店になっており、物販が充実している印象を受けます。
高井
現在のように2階のフロア全体が直営売店になったタイミングは、入社2年目の2006年頃です。それまでは、ガラス製のショーケースが2つあるだけの簡素な売店でした。あとはマッサージチェアやテレビ、椅子、灰皿が設置された休憩コーナーと、ゲームコーナー。当時は3階の中間展望台まで無料で上がることができたので、2階ではタバコ休憩中の地域の労働者の方をよくお見かけしました。
物販チャネルがほとんど手付かずだったので、ならば開拓しようと。入場者数だけでなく客単価も上げることで収益増を図ろうと考えたのです。「通天閣に遊びに来た」という思い出を、おみやげという商品に変換してお持ち帰りいただく。それをお客さまがだれかに渡したときに「通天閣、楽しかったよ」という会話が生まれる――おみやげとは単なる商品ではなくコミュニケーションツールだと、僕はとらえています。
まずはそのショーケースの上にスタンドの什器を立てて、キーホルダーをはじめとする雑貨をお客さまが手に取れるように陳列し直しました。それで少し収益が上がったので、自立式の網什器を1台導入して陳列する商品を増やす。また収益が上がったので、網什器をもう1台導入する……この積み重ねで、少しずつ物販エリアを拡張していきました。
――商品の品揃えに関してはどのような工夫をされましたか。
高井
やはり大阪を感じられる商品を取り揃えました。当時はガラケー全盛期で携帯ストラップが非常によく売れた時期でしたから、たこ焼きや串カツのフィギュアを付けるなど、大阪ならではのメッセージがお客さまにひと目で伝わるような携帯ストラップを開発しました。品揃えのよさよりも特定のアイテムに振り切る、あるいは価格の安さで訴求するなど、つねに明確な軸を持った売り場づくりを進めてきました。取り組みを始めて1年後には、現在のように2階のフロア全体が売店になっていました。
「全員が地下1階を通る」という“強制”導線
――地下1階は現在、大手食品メーカーが出店するアンテナショップ「通天閣わくわくランド」になっています。
高井
地下1階をどう生かすかは、通天閣にとって長年の課題でした。児童館のような施設から始まり、地下水族館、囲碁将棋センター……いずれも長続きしませんでした。その後の「通天閣地下歌謡劇場」はしばらく続いたのですが、やがて歌手も客層も高齢化が進み、新規の客層を取り込むことが難しくなっていました。
せっかく地上階にお越しいただいている年間100万人のお客さまに、地下もご利用いただけないものか――たどり着いた結論が「出入口を地下にしたらええやん」と。地上階にある入り口を入ると、まず地下1階に下りる。で、エレベーターで2階に上る。展望を終えると、また地下1階へと下りる。で、売店の間を縫って地上の出口へ出る――ある種の強制導線を設けて、地下1階を通らざるを得ない構造にしました。2013年、ちょうど外国人観光客が増え始めた時期でした。
ただ、2階の直営売店のように大阪関連グッズを置いても、お客さまの足を止めることはできません。どうせなら、2階とは毛色の違う売り場にしたい。ちょうど、おみやげのトレンドが雑貨から食品にシフトし始めた時期でした。
それまでは「大阪府内の方をターゲットにしない」プロモーションを仕掛けてきましたが、府内の方もお客さまには変わりありません。そこで思いついたアイデアが、日本を代表する食品メーカーとのコラボです。森永製菓や江崎グリコ、日清食品の商品だったら、近郊の方にも外国人の方にも買っていただけるのではないか。
さらに欲を言うと、ビジネスをして、収益を得たい。商品を購入いただくことで通天閣を支援していただきたい――そんな狙いから、各社のお客さま相談センターに自分で電話を入れました。「すいません、通天閣です。アンテナショップを開きたいので、ぜひコラボしていただけませんか」。もちろんどの企業もびっくりされていましたが、幸いご快諾いただけました。以来、ブランドライセンスをお借りして商品を開発し、販売させていただくという関係が続いています。
アンテナショップという集客チャネル
――2022年、うまい棒公式専門店「うまい棒ショップ」が新世界の建物「通天閣ANNEX」内にオープンしました。通天閣の外に飛び出して新たなビジネスを展開する狙いは何なのでしょうか。
高井
偶然、通天閣の北側に伸びる通天閣本通商店街にたまたま売却物件があったことがきっかけでした。通天閣から走って5秒の距離です。
繰り返しになりますが、通天閣だけ光っていても、地域が活性化しなければ意味がありません。街なかの建物がずっとシャッターが降りたままでは、地域にとってマイナスです。ならばと、我々が建物を買い取って通天閣ANNEXと名づけ、新たに売店を設けることでお客さまを呼び込もうと考えました。
ですが、コロナ禍の真っただ中なのでなかなかお客さまが集まりません。人さえ来ればなんとか維持はできる。どうにかして話題になる何かを……ということでひねり出したアイデアが「駄菓子ショップ」でした。
中でも、「うまい棒」で有名な株式会社やおきんとコラボした「うまい棒ショップ」が好評です。1本12円と利幅は非常に少ない商品ですが、それでも新世界に来ていただくきっかけになればと、2022年4月にオープンしました。さらに2023年11月には、インバウンドをターゲットにスナックブランド「プリングルス」の公式専門店「PRINGLES STORE」を、同じ通天閣ANNEXの2階にオープンさせました。
大手食品メーカー5社のアンテナショップを展開していることが話題になり、お客さまがいらっしゃる。収益が上がる。メーカー各社にも喜んでいただける――そんな好循環が生まれています。本当にありがたいですね。一時期、通天閣の年間売上の50%以上を物販が占めたことがありました。金額にすると5億円以上です。税務署の基準で言えば、観光業から小売業に業種転換したことになってしまう。笑い話ですが、そのくらい物販に力を入れています。(第4回へつづく)
高井隆光(たかい りゅうこう)
通天閣観光株式会社 代表取締役社長
1974年大阪府生まれ。奈良産業大学(現・奈良学園大学)卒。1997年、マイカル(現・イオンリテール)入社。大阪の店舗で婦人服などを担当。2005年、通天閣観光に入社。2019年より現職。全日本タワー協議会幹事も務める。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。