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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ ラボ長代行 竹本享史
日立北大ラボが、北海道岩見沢市に開設した実証サイト「自立型ナノグリッド」では、農薬散布のドローンや自動走行のEVバスへの電力供給など、人口減を見据えた実証実験を重ねている。トライアルを重ねるなかで見えてきたのは、複数のナノグリッドとEVを活用した、電力系統だけに頼らない電力需給のかたちだ。次世代のスマート農業や地域の物流、災害時の非常用電源に資する、縮小都市の電力インフラの可能性を探る。

「第1回:課題解決に数学を活かす」はこちら>
「第2回:少子化問題から母子の健康、家族の健康へ」はこちら>
「第3回:地産地消のエネルギーシステム『自立型ナノグリッド』」はこちら>
「第4回:人口縮小都市のモデルとして」
「第5回:岩見沢市での成果を他地域へ」はこちら>

ドローンで農薬散布を自動化

――自立型ナノグリッドの実証サイトでは、どのような実験を行ってきたのでしょうか?

竹本
まず、このナノグリッドで発電した電気で農薬散布用のドローンのバッテリーを充電し、農地への農薬散布を自動操縦のドローンで行いました。

現在、北海道では高齢化が急激に進んでいますが、特に農業は後継者不足が深刻です。そこで、北海道では農作業の一部を業者に委託するケースが増えてきているんですね。特に農薬散布は面積が広いだけに大変で、無人航空のヘリコプターによる散布が普及しています。ただ無人ヘリの場合、維持管理のコストや燃料費が莫大にかかるうえ、ヘリコプターの風による作物へのダメージなどの問題も指摘されています。そこで、ヘリコプターに替わり、手軽に導入できるとして注目されているのがドローンなのです。

そうしたなか、われわれがドローンのバッテリーに電力を供給し、地域の農業DXを支援するメーカーと連携して自動操縦のドローンで80haほどの農地に農薬を散布する実験を行ってきました。11日間の実証実験の結果、CO₂を87%削減することに成功しました。

一方、課題も見えてきました。今回使用したドローンの場合、1haほど散布したらバッテリーが切れてしまうため、岩見沢市のように広い農地での作業の場合、事前に大量のバッテリーを用意しておいて、作業の途中で何度も交換しなければならないのです。また、各農場も広域に分散しているため、農場間の移動に時間もかかります。今後、より大規模に、ドローンだけでなく、電動農機やロボット農機などを活用したスマート農業を進めようとするなら、農機やバッテリーのやりくりを考慮した綿密な作業計画が必要になります。そうなれば、ここでもまた、数理、数学の力が必要になってくるというわけです。

複数のスマートグリットとEVで電力を融通

竹本
すでに、ナノグリッドを複数敷設して、EVなどのバッテリーを活用しながら、地域間で電力を相互に融通するエネルギーシステムについても構想を進めています。

昨年末、岩見沢市は自動運転走行を担うマクニカとともに、自動運転EVバスの公道走行実証実験を実施しました。その際のバッテリーの給電にもナノグリッドで発電した電気が使われました。そうしたなかで、EVによる電力の融通の可能性が見えてきています。

画像: 複数のスマートグリットとEVで電力を融通

特にナノグリッドで課題なのが、夏場の農繁期以外の電力の活用です。通常の再生可能エネルギー施設の場合、電力系統につないでおいて、余った電気を売電することで投資回収します。一方、ナノグリッドは規模もうんと小さいですし、系統につながっていないので、簡単には売電できません。そこで複数のナノグリッド同士が協調して発電し、EVバッテリーによって電力を融通し合うことで電力運用としての安定性や収益を上げられないかと構想しています。

すでにシミュレーションもしていて、岩見沢市における過去10年間の日照データと、農業の日誌データなどから農業機械を電動化した際の農家15戸分(農地150ha相当)の電力需要モデルを構築しました。さらに、現在の実証サイトと同規模のナノグリッドを3箇所設置し、3台のEVで融通するモデルを作成してシミュレーションした結果、CO₂は60%以上の削減、既存の系統電力網に依存する電力消費量は10%以下に抑えられることを確認しました。

このように小さいグリッドが地域の需要に合わせた形であちこちにできて、既存の電力系統に頼らずに、需要に応じて必要なときに必要な場所で日常的に電気を使うしくみを構築すれば、地域産業や生活に寄与するだけでなく、災害時には非常用電源として大いに機能するでしょう。

特に岩見沢市のように、人口が減っていくなかで生活インフラを維持していくためには、自前の安価なエネルギー供給源は不可欠であり、他の地域の先駆けにもなるだろうと思っています。

小さなトライアルを重ねて大きく育てる

――この取り組みは、今後、継続・発展していくのですね?

竹本
われわれが重視したのはまさにその点です。継続するために、先に大きな計画を立てるのではなく、小さく始めて、地域における課題やニーズの深掘りを進め、一つひとつ事例を積み重ねながら発展させてきました。それこそ、技術の進展も含めて、5年後すら先を読むのが難しい時代において、無理をせず小さく始めて、柔軟に取り組んできたのは、非常によかったと思っています。

画像: 小さなトライアルを重ねて大きく育てる

――今後の課題には何があるのでしょうか?

竹本
一つにはバッテリーの地域での循環による稼働率の向上ですね。現状、ドローン、電動農機などに搭載されるバッテリーは、農繁期のみの利用に限られていますが、今後、コスト面での負担を低減するには、農閑期も含めた年間運用としてのバッテリーの有効活用が不可欠です。このため、農作業がないときは、バッテリーを公共施設や生活基盤などに有効活用するための地域の電力需要を探索することと、電動農機の初期投資をなるべく抑えるために、シェアリングなどの共同利用の仕組み作りが重要になると考えています。この際、地域に点在したナノグリッドが再生可能エネルギーを活用したバッテリーの充電基地の役割を果たし、バッテリーを使って電力を効率よく融通できれば、系統の電力だけに頼ることなく、地域内で安定して安価に電気を使う将来像を描くことができます。

ちなみに、分散型のエネルギーの活用というのは、数学的にもとても面白い問題なんですね。広域分散された需要地への電力の輸送といった空間的な要素に加えて、自然状況に応じて各グリッドの需給がゆらぐ時間的な不確実性を考慮したなかで、いかに最適な解を導くか、という問題になります。なにしろドローンの場合、風速4m/sほどで飛ばせないという判断となります。体感的には大丈夫そうな風速ですが、万一、田んぼに墜落したら作業を中止しなければなりません。

だから、天候や作業事業に応じて、常に柔軟に作業計画を変更する必要があるのです。しかも、地域のニーズに応じて、EVを充電に使うのか、運搬に使うのかでも条件が変わってくる。そうした不確実性を考慮したうえで、多目的な最適化の解を求めなければなりません。将来的には、そうした数理技術を使ったシミュレーションを事業計画や運用計画支援のためのツールとしてサービス化することも視野に入れています。岩見沢市からも、ナノグリッド単体や相互連携による定量的評価に基づくサービス提案の要望が寄せられているところです。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像: 日立北大ラボ編・地域密着で課題解決に挑む
【第4回】人口縮小都市のモデルとして

竹本享史(たけもと・たかし)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ ラボ長代行、北海道大学客員教授。

2006年、日立製作所入社。情報処理装置向け高速有線通信技術の研究開発などを経て、現在、社会課題解決に向けた健康データ統合プラットフォームや地域エネルギーシステムの研究開発に従事。科学博士。

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