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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ ラボ長代行 竹本享史
北海道岩見沢市と、継続的な母子健康調査を通じて良好なパートナーシップを構築してきた日立北大ラボ。次なる課題を探るなかで着目したのが、岩見沢市の基幹産業である農業とエネルギー需給の持続可能性だ。そこで現在、北海道大学や地域のエネルギー関連企業、研究機関などと連携して取り組むのが、地産地消の地域エネルギーシステム「自立型ナノグリッド」である。低炭素化社会と地域経済活性化の両方に資するエネルギーシステムとはどのようなものなのだろうか。

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「第3回:地産地消のエネルギーシステム「自立型ナノグリッド」」
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電力系統に頼らない安定した電力システム

――「自立型ナノグリッド」とは、どのようなものですか?

竹本
太陽光や温泉ガスなど、自前のエネルギー供給源を備えた、小規模な電力システム(ナノグリッド)のことで、2021年11月から岩見沢市赤川鉱山に構築した実証サイトが稼働しています。

背景には、北海道が太陽光、風力、地熱など、再生可能エネルギーに恵まれている、という地域特性があります。しかし、太陽光発電や風力発電は供給量の変動が大きく、安定的な電力供給には向きません。実際、北海道全域で火力発電を含めた調整を行いながら電力を使用している状況で、特定の地域における安定的かつ安価なエネルギーの供給量の確保が課題となってきました。

また、北海道では人々が広大な地域に分散して住んでいて、エネルギーの消費地と再生可能エネルギーの生産適地が離れていることから、送電網の増強をしない限り、再生可能エネルギーを有効に活用するのは難しいという問題があります。人口およそ7万6000人(2023年6月現在)が暮らす岩見沢市自体も居住地域が広く分散していて、安価かつ低炭素社会に資するような電気の安定供給が喫緊の課題となっていました。

そこで構想したのが、大規模発電の電力供給に頼らず、自前のエネルギー供給源と消費施設を併せ持つ、地産地消のエネルギーシステムです。また、自然災害などによる大規模停電時に備えて非常用電源として使うことも念頭にありました。

画像: 電力系統に頼らない安定した電力システム

――2018年には北海道胆振東部地震の影響で、北海道全域の停電、いわゆるブラックアウトが発生しましたね。

竹本
あのときは、札幌市や岩見沢市などにおいても、多くの地区で丸1日以上停電が続きました。限られた燃料を求めて、ガソリンスタンドやスーパーなどは長蛇の列ができていました。停電がいつまで続くかわからないなか、スマートフォンの電池が切れたらどうしようと、とても不安な気持ちになりました。

地域の方々もそうした経験を共有しているからこそ、自立型ナノグリッドのトライアルにとても前向きに臨んでくださっているのだと思います。

エネルギー源は太陽光や温泉ガス

――具体的にはどのような施設なのですか?

竹本
太陽光パネルと複数の種類の燃料を燃焼できる「マルチ燃料エンジン」、制御室から成る、約25kWの発電が可能な施設です。うち15kWの発電(最大40kWの発電が可能)を賄い、太陽光発電の発電量や電力需要のゆらぎを補うための調整力の役割を果たすのが、マルチ燃料エンジンです。本トライアルでは、燃料は主に地域に湧き出る温泉ガス(メタンガス)を利用しています。

もともと岩見沢市には温泉ホテルが何カ所かあり、北村温泉では温泉施設のお湯を温めるのに温泉ガスが燃料として有効活用されていました。気温が下がる冬場は温泉ガスを使い切れていたのですが、夏場になると使いきれずに捨てられていたことから、これを夏に繁忙期を迎える農作業、例えば農業用ドローンの電力源に活用できないか、と岩見沢市からご提案いただきました。

なお、マルチ燃料エンジンは、日立の基礎研究センタで長く開発に取り組んできたもので、農作業で生じる野菜クズなどの農業残渣を発酵して得られる低濃度エタノールを燃料として使うことができます。このような水を含んだ低濃度のエタノールのほか、メタンガスや水素なども一緒に燃焼させることが可能で、混焼の状態を安定的に制御できる技術が搭載されています。

実はこの「何でも発電できるエンジン」に岩見沢市の生産者の方々がたいへん興味を持ってくださって、わざわざ日立の水戸工場まで見学にお越しいただき、ぜひ岩見沢市で使いたい、とおっしゃっていただいたことから話が進展しました。ただし、農業残渣からエタノールをつくるにはそれなりに大きな施設が必要となるため、まずは夏場に余剰となっている温泉ガスの利用から始めよう、ということになったのです。

画像: 図 岩見沢市北村赤川鉱山に構築した実証サイト

図 岩見沢市北村赤川鉱山に構築した実証サイト

地元や企業との協創から構想を描く

――まさに地産のエネルギーが活用されているわけですね。

竹本
その通りです。地元の方々との協創がなければ、絶対に実現できなかった施設です。温泉ホテルに隣接する土地などのフィールドは岩見沢市にご提供いただいていますし、施設の建設やガス・電気設備の工事も複数の地元企業の連携によって行われました。岩見沢市は札幌市の3倍くらいの雪が降る豪雪地帯なので、安全面も考慮した冬場の運用などは、われわれだけで検討を進めることは困難です。積雪や風向きなども考慮しながら、地元の方々の知恵をお借りしながら建物の配置や太陽光パネルの高さや勾配を決めていきました。

ちなみに、岩見沢市は池井戸潤氏の『下町ロケット ヤタガラス』のモデルとも言われる、スマート農業先進地域になります。そうしたこともあって、市の担当者も生産者の方たちも先進的なトライアルにとても前向きです。動きが早いことに加え、さまざまな企業をご紹介いただくなかで、どんどん構想が膨らんでいます。ドローンなどのIT農業を推進するスマートリンク北海道、農業機械メーカーの井関農機、自動運転EVバスのマクニカなどと一緒に、自立型ナノグリッドを活用した多彩な未来像を描きながら、実証実験を進めているところです。

画像: 地元や企業との協創から構想を描く

――現状の実証サイトは一カ所ですか?

竹本
現状はそうですが、今後、トライアルを重ねながら、ナノグリッドの数を増やすとともに、日立パワーソリューションズの技術も活用しながら、太陽光パネルから得られた電力を効率よく充電するバッテリー設備の拡充や、岩見沢市と連携して地域の農業残渣を燃料として利用する資源循環型農業の検討を進めていく予定です。地域に分散配置された自立型ナノグリッドが、平常時は地産のエネルギーを活用した環境負荷の少ない農業モデルの提供、大規模停電等の災害時は避難所ほか生活に必要な設備に電力を安定供給する手段として活用されることで、岩見沢市農業の持続的発展に貢献していきたいと考えています。

――次回はこの自立型ナノグリッドを活用した、農業支援について教えてください。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像: 日立北大ラボ編・地域密着で課題解決に挑む
【第3回】地産地消のエネルギーシステム「自立型ナノグリッド」

竹本享史(たけもと・たかし)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ ラボ長代行、北海道大学客員教授。

2006年、日立製作所入社。情報処理装置向け高速有線通信技術の研究開発などを経て、現在、社会課題解決に向けた健康データ統合プラットフォームや地域エネルギーシステムの研究開発に従事。科学博士。

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