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一橋ビジネススクール 楠木建氏/株式会社経営共創基盤 IGPIグループ 冨山和彦氏/Sozo Ventures 中村幸一郎氏
日本のスタートアップも、すでに用意されている「グローバルのベンチャー・エコシステム」に乗るべきである――そう語るのは、2023年4月25日に(社)日本取締役協会から「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」を発表した楠木建氏、冨山和彦氏、中村幸一郎氏の3名だ。第2回では、グローバルのベンチャー・エコシステムの実態について、キャピタリストとしてグローバルに活動している中村氏を中心に解説いただいた。

「第1回:リスクテイクとエコシステムの誤解」はこちら>
「第2回:『グローバルのベンチャー・エコシステム』とは」
「第3回:北欧の奇跡」はこちら>
「第4回:グローバルから見た、日本のガバナンス問題」はこちら>
「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」はこちら>

産業構造の複雑化、契約条項の標準化

楠木
中村さんは、グローバルのベンチャー・エコシステムのど真ん中で投資のお仕事をされています。どんなエコシステムなのか、解説いただけますか。

中村
まず、その成り立ちからお話ししていきます。実は、先ほど冨山さんからご指摘のあった日本独自の投資契約条項と同じような問題が、2010年前後のアメリカでも起きていました。かつてはインターネットビジネスに限定されていたスタートアップ産業が、既存のさまざまな巨大産業と密接に関係しあうようになったことで、ビジネスそのものが複雑化していきました。事業経験の豊富な人材を集め、大きな組織を形成し、莫大な資金をかけてメガビジネスをつくっていくというモデルに、スタートアップは変貌していきます。

画像: 産業構造の複雑化、契約条項の標準化

産業構造が複雑化してくると、シンジケート(共同投資)をする人たちも多くなりますし、投資額も大きくなっていきます。アライメント条項(※)に関しても、契約条項のバリエーションは減らした方がはるかに効率的です。

※ 投資家の予期しない安値でM&Aの提案を受け、経営陣がそれを受け入れるような想定外のイグジット(保有株の売却)が発生したときに、投資金額を優先的にM&A対価から支払ってもらう権利。優先残余財産分配権。

そういう議論がアメリカでは行われ、実際にエコシステムが調整されて契約条項が標準化され、現在のグローバルのベンチャー・エコシステムが出来上がってきたという歴史があります。

得るものがない契約条項

中村
わたしはカウフマン・フェローズ・プログラムの教壇に立つこともあります。あるとき、世界の名だたるファンドから集まった約20人の受講生にこんな話をしました。

例えば「スタートアップが倒産したときに〇〇倍で資金を回収する権利」が、企業と投資家との契約条項に設定されている。あなたが在籍するファンドの過去20年間の実績で、資金回収できた事例は何件ありますか?――だれも手を挙げませんでした。つまり、無駄な条項なのです。

画像: 得るものがない契約条項

そんな条項やめませんか、と。端的な例で言うと、IT関連企業が倒産した場合、ハードウエア産業なら有形資産が残りますが、ソフトウエア産業なら回収できる資産は残らない。強く主張したところで、得るものがない条項なのです。

IPO(新規上場)に関してもそうです。投資先がジェントルマン・アグリーメント(紳士協定)に反したからという理由でVCが訴訟したところで、資金を取り戻した事例などないのです。そういった無駄な条項や不文律がどんどん削ぎ落されていくと、企業とVCの双方が合意できる現実的なラインが見えてくる。すると、あとから投資に加わるVCも、同じような条項で契約しましょうとなる。こうして無駄な法務コストが削減され、合意までの時間も短縮できるのです。

なぜ日本はグローバルのベンチャー・エコシステムに乗れないのか

楠木
日本のスタートアップの企業規模が大きくなっていくには、さらなる規模の投資をVCから受ける必要がありますし、より多くの人々をビジネスに巻き込んでいかなくてはならない。そのためには、みんなが乗ることができる共通の標準化されたスキームがないと始まりません。

画像1: なぜ日本はグローバルのベンチャー・エコシステムに乗れないのか

すでに世界には、試行錯誤を経て、アメリカを中心にスタンダードなベンチャー・エコシステムが出来上がっている。日本も新たにエコシステムをつくるべきだという話ではなく、すでに存在している。しかも、例えば契約書の条項の付け方にしても、はっきりと言語化されている。

昔の日本の高度成長パターンですと、とにかく欧米に追い付け追い越せで、徹底的に模倣をした。なぜ、それと同じことがベンチャー・エコシステムでは起きないのでしょうか。

冨山
20年前、産業再生機構で不良債権問題に取り組んだわたしの経験から言えるのですが、欧米とは異なる日本型の金融システムにも起因していると思います。

例えば、日本ではいまだに債務者保証――要するに経営者保証(※)を金融機関から求められます。おそらくこれは、日本がキャッチアップ型の経済であったが故に、直接金融型のアメリカやイギリスとは異なる間接金融型でずっと来たために、日本独特の金融システムになったのだと思います。

※ 企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となること。

画像2: なぜ日本はグローバルのベンチャー・エコシステムに乗れないのか

中村
VCがスタートアップに継続投資をしていくとなると、投資先企業の経営状態やキャッシュニーズなどをしっかり把握できる体制を組まなくてはいけません。ただ、それがなかなか難しい。だから単発型の投資に陥るVCが多いのです。

日本のVCの中には、起業家のプレゼンテーションをもとに投資判断をするというアプローチが存在しています。ですが、プレゼンテーションで決められるものではないのです。投資先企業の状況を詳細に把握できる体制にないことを、ある種ごまかすための言い訳にも見えます。

グローバルには、すでにベンチャー・エコシステムが整っています。そこに乗れば、世界中から資金を調達できる。自国の市場だけでなく海外市場の大きなVCからも資金を集めることができる。スタートアップの成長にとっては非常に大きなメリットです。契約条件や資本構成といった構造上の問題が解決されないと、日本のスタートアップは海外から資金調達ができない。このままでは非常に不利です。

画像3: なぜ日本はグローバルのベンチャー・エコシステムに乗れないのか

なぜ海外のVC市場が巨大化していったかと言うと、プロフェッショナルの金融アセットが一定割合参入し、スタートアップ投資を金融商品化することに注力しているからです。そういった取り組みをまったくやらない日本のスタンスでは、流れ込んでくるお金の量が増えません。海外から資金を調達するオプションがなくなってしまい、規模拡大の競争においてかなり不利なのです。

楠木
かつてのインターネット産業で閉じていた時代のスタートアップとは違い、今は環境技術、素材、医療、バイオと桁違いの資金が必要になってきます。日本も、すでに存在しているグローバルのベンチャー・エコシステムを受け入れ、そこに乗っていく――そう方向転換すれば、日本からもメガビジネスを手掛けるスタートアップがどんどん生まれてくると思うのです。

中村
それがまさに北欧で起きたのです。

冨山
しかも、あっと言う間に。 (第3回へつづく)

一般社団法人日本取締役協会による提言書
「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」

「第3回:北欧の奇跡」はこちら>

画像1: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第2回】「グローバルのベンチャー・エコシステム」とは

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。 著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像2: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第2回】「グローバルのベンチャー・エコシステム」とは

冨山 和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年 産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年 経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。同年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長に就任。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長、日本取締役協会会長。内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員ほか、政府関連委員多数。主著に『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』(ともに文藝春秋)、『「不連続な変化の時代」を生き抜く リーダーの「挫折力」』『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(ともにPHP研究所)ほか。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

画像3: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第2回】「グローバルのベンチャー・エコシステム」とは

中村 幸一郎(なかむら こういちろう)
Sozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。その後、三菱商事で通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年(63位)、2023年(55位)と3年連続で順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)、東京工業大学 経営協議会委員。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書に『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』(ダイヤモンド社)。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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