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一橋ビジネススクール 楠木建氏/株式会社経営共創基盤 IGPIグループ 冨山和彦氏/Sozo Ventures 中村幸一郎氏
グローバルのベンチャー・エコシステムで活動するキャピタリストの目に、日本のスタートアップのガバナンスはどう映るのか。企業に規律を与える役割を担うベンチャーキャピタル、そして企業を統治するボードメンバー、それぞれが抱える日本ならではの問題点を明らかにしていく。

「第1回:リスクテイクとエコシステムの誤解」はこちら>
「第2回:『グローバルのベンチャー・エコシステム』とは」はこちら>
「第3回:北欧の奇跡」はこちら>
「第4回:グローバルから見た、日本のガバナンス問題」
「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」はこちら>

日本のスタートアップにはガバナンスが効いていない

楠木
日本のスタートアップのガバナンスについてはどうお考えですか。

冨山
ガバナンスは会社の基本構造です。どんなメンバーで企業を統治していくのか、場合によっては経営者を交代させるのか、あるいは強化するのか――主権構造をどうするかという問題です。世界の市場を獲りにいくんだ、世界の投資のプロから資金を引っ張ってくるんだという構えで事業を始めるのなら、当然ガバナンスもそれに応じた形にしなければいけない。

残念ながら日本では多くの場合、ベンチャーキャピタル(以下、VC)自体がまだ小さく体制が整っていないので、投資先の経営を詳細にモニタリングできていません。だから債務保証(※)を契約条項に入れることで、モニタリングに代替しようとしているケースが多い。これではガバナンスが効きません。

※ 債務者が債務を履行しない場合に、第三者がその債務を履行する責任を負うこと。

画像: 日本のスタートアップにはガバナンスが効いていない

日本で大企業がスタートアップ投資をする際に多いのですが、まったく投資業務の経験がない社員が担当者としてアサインされてしまう。いわゆる、サラリーマンのローテーション人事です。ここに日本のスタートアップ投資の根源的な問題があると思うのです。スタートアップに対するガバナンス機能を担うに足る、投資の専門性を有していないVCがいまだに多い。

カウフマン・フェローズ・プログラムのようにプロのキャピタリストを育てるための仕組みを設ける。あるいはNordicNinjaのように、高度な専門知識を持ったメンバーをさまざまな国から集めてVCチームを組む。こういう構造に変えていかないと、日本のガバナンス問題は解決しません。

トレーニングなくして、ボードメンバーにはなれない

中村
グローバルビジネスを展開しているスタートアップは、日本の皆さんの想像以上に大きな組織です。世界中から巨額の資金を調達してくる上、プロフェッショナルな集団なのでボードメンバー(社外取締役)の責任も大きい。

カウフマン・フェローズでは、ボードメンバーになるためのトレーニングも開講しています。ボードメンバーになるために身につけるべき作法や知識、やっていいこと・悪いことを教える。その上で、仮想の取締役会でロールプレイをする。それをビデオに撮って、生徒一人ひとりに改善のアドバイスをしていくというものです。

画像: トレーニングなくして、ボードメンバーにはなれない

わたしも受講したのですが、「会議のファシリテーション能力とフィードバック能力が著しく低い」という評価を受けました。すると、コーチがアサインされ、能力向上のためのトレーニングを受ける。で、かなり改善されました。

その上で、若手の生徒がシニアの生徒と一緒に仮想の取締役会に出席し、再びロールプレイをする。その後、シニアの生徒から「あのときの発言はもっとこうすべきだ」とレクチャーを受けます。

特にアメリカの上場企業の場合、ボードメンバーになる社員には必ず専任のコーチが付き、わたしが体験したようなトレーニングを受けることになります。かつ、ボードメンバーが負う責任についても細かなレクチャーを受けます。このように、本来、ボードメンバーになるためには訓練が必要なのです。“ご褒美”的な昇格人事では意味がありません。

「二人組合問題」が引き起こす日本の不利益

中村
事業会社が比較的手軽にコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げる手段として、「二人組合」と呼ばれる日本独自の仕組みがあります。CVCのアウトソーシングサービスを手掛けるVCが、その事業会社専用のCVCを設立する。ほかの投資家は入らず、2者のみで設立するため「二人組合」と呼ばれています。

このVCが、ほかの事業会社ともCVCを設立していて、そのCVC同士で株を売買しているケースがあります。これは利益相反(※)になりますし、そもそも正確にはCVCと言えません。出資金の範囲でしか責任を負わない投資家であるはずの事業会社が、同時に、CVCの無限責任を負う運用責任者であると詐称していることになるからです。

※ 自社の利益を最大化させようとして、投資家の利益を毀損すること。

画像: 「二人組合問題」が引き起こす日本の不利益

こんな事例があります。アメリカのスタートアップが日本の事業会社を新規株主として迎えることになりました。契約書を取り交わす段階になり、そこには当然事業会社の名が記されているものと思いきや、まったく知らないVCの名が記されていたので、契約が破談になったのです。

法的な責任を問われることなのに、こんな慣習が平気で横行している。問題が起きたら訴訟の連鎖が止まらないと思いますし、海外の投資家はこういう慣習を絶対によしとしません。そんないかがわしいことをやっているVCには投資しないのです。

冨山
少なくとも投資の世界において、利益相反は最も犯してはいけない根本原則であり、その責任は受託者、つまりVC側にある。レギュレーションに書かれていようがいまいが、絶対に守らなくてはいけません。ところがどうも、日本ではおよそ緩い。

今、日本の資本市場は世界に開かれています。守るべきルールはきちんと守らないと、日本の市場全体が怪しげなものだと、グローバルのレイヤーから見られてしまいます。

100億円単位の資金調達へ

楠木
日本におけるスタートアップの取締役会は、実質、株主に対する一方的な説明会になっていたり、もしくは初めから閉ざされていたりというケースが多いと僕は見ています。

画像: 100億円単位の資金調達へ

冨山
冒頭でお話ししたような、日本独自の金融システムを引きずっているのではないでしょうか。しかし、世界にはすでに日本と異なるベンチャー・エコシステムが出来上がっています。やはり、金融システムというものは標準化に向かっていきます。シンガポールに代表されるように、国際標準の金融システムを受け入れた国が経済的に成功する。日本のローカルなエコシステムとグローバルとでは、調達できる資金が桁違いなんです。

中村
先日、核融合発電の実現をめざしている京都フュージョニアリングというスタートアップが、国内外から総額100億円超を調達して話題になりました。今や、そういう規模の資金調達の勝負になっています。

楠木
今回発表した我々の提言に対してこんな反応がありました。「いや、日本には日本のやり方があるんだ。世界の標準に合わせたら独自性がなくなるじゃないか」――。

個別の事業はつねに独自なはずです。だからこそ価値を生む。そこにスタートアップの役割があるわけです。ただ、独自性のある事業がきちんと資金を調達して成長し、世の中の人たちを引きつけていくためには、資金調達の標準的なインターフェースが必要となる。これが、我々が言いたいことです。(第5回へつづく)

一般社団法人日本取締役協会による提言書
「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」

「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」はこちら>

画像1: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第4回】グローバルから見た、日本のガバナンス問題

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。 著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像2: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第4回】グローバルから見た、日本のガバナンス問題

冨山 和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年 産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年 経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。同年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長に就任。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長、日本取締役協会会長。内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員ほか、政府関連委員多数。主著に『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』(ともに文藝春秋)、『「不連続な変化の時代」を生き抜く リーダーの「挫折力」』『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(ともにPHP研究所)ほか。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

画像3: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第4回】グローバルから見た、日本のガバナンス問題

中村 幸一郎(なかむら こういちろう)
Sozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。その後、三菱商事で通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年(63位)、2023年(55位)と3年連続で順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)、東京工業大学 経営協議会委員。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書に『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』(ダイヤモンド社)。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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