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一橋ビジネススクール 楠木建氏/株式会社経営共創基盤 IGPIグループ 冨山和彦氏/Sozo Ventures 中村幸一郎氏
一橋ビジネススクールの楠木建氏と株式会社経営共創基盤 IGPIグループの冨山和彦氏、Sozo Venturesの中村幸一郎氏を招き、5月24日に配信した公開取材「緊急オンライン鼎談『なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?』~2つの誤解と解決策~」、最終回。聴講者からリアルタイムに寄せられた質問をきっかけに、ディスカッションが展開した。

「第1回:リスクテイクとエコシステムの誤解」はこちら>
「第2回:『グローバルのベンチャー・エコシステム』とは」はこちら>
「第3回:北欧の奇跡」はこちら>
「第4回:グローバルから見た、日本のガバナンス問題」はこちら>
「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」

起業とは、マインドセットではない

楠木
ここからは、聴講者の皆さんの質問やコメントにお答えしていきます。

日本でスタートアップの数が増えているのに企業規模が伸びていない一因には、やはり日本人の国民性があるのではないでしょうか。国としても起業に関する規制を緩和しないと、スタートアップが育たないのではないかと思います。

楠木
これまでの議論から言うと、スタートアップを育てるには規制ではなく規律が大切だということです。行政による規制ではなく、プレーヤー自身が持つべき規律。言い換えるとプロフェッショナリズムが必要です。

中村
日本では「起業はマインドセットだ」と教えられることが多い。そうなると、プレゼンテーションやアイデアジェネレーション(※)重視の教育になってしまいます。つまり、アート。ところがグローバルで見ると、起業はファイナンスであり、ビジネスモデルであり、組織マネジメントである。つまりサイエンスなんです。

※ idea generation:アイデアを生み出して開発し、伝達するプロセスのこと。

画像1: 起業とは、マインドセットではない

サイエンスでは、高度な専門性を有したプロフェッショナルなのか、しっかりと機能するシステムなのか、対象分野の最新状況をしっかり捕捉しているかが問われます。ところが、アートでは問われない。日本の教育では、アート以前に必要なはずのメカニックや知識の観点が欠落しているのです。飛び方を教えていないのにいきなり「ジャンプしなさい」と言われているようなものです。

冨山
30年前スタンフォードビジネススクールに留学したときに、起業に関する講義をいくつか受講したのですが、だれ一人として根性論は言わなかったです。むしろ、「プロフェッショナルにやりなさい」と。資金を調達する際にも、安直にファミリー&フレンズを頼るのではなく、できるだけ早期に投資のプロからお金を集められるようになりなさい、と。サイエンスなのだから、成功の確率を上げるための努力をしなさいと教えられました。

楠木
もちろん、事業のアイデアには、その起業家でしか思いつかない発想――アート、直感、センスと呼ばれる部分が必ずある。それがなかったら独創的な事業など生まれません。

サイエンスの本質は、人によらないということ。アートは、人による。結局、どちらも必要だという話なんですが、それぞれに守備範囲がある。今日の議論で言いたいことは、すでにそのスタートアップ特有のアートがあるという前提のもと、グローバルのベンチャー・エコシステムに乗っていこう――すなわちサイエンスでやっていこう、ということです。

画像2: 起業とは、マインドセットではない

大企業が取り組む「知の探索」の実態

スタートアップを育てるために大企業が担える役割はどこにあるのでしょうか。

中村
わたしがアドバイザーを務めるシカゴ大学起業家センターで、こんな話題が挙がっていました。Fortune 500のトップ20の企業の顔ぶれが、ここ20年間で様変わりした。そのうち7割が何らかの形でスタートアップに根差していて、年間成長率30~40%の企業ばかり。そういう企業は共通して、外部のイノベーションを取り込むことで継続的な成長を実現する経営手法を採っている、と。

視点を変えれば、大企業のほうでも外部のイノベーションを積極的に取り込んでいかないと、成長できない時代になってきていると言えます。その代表例がGoogleです。同社が2000年代に提供していた160個のサービスのうち、159個は外部から採り入れたものなのです。

はた目には、Googleが非常に優秀なエンジニアを採用し、便利なアプリを独自に開発していたように見えます。実態は、資金力を生かして外部からイノベーションを採り入れ、Googleの商品として最適化し、世の中に提供してきました。一部のベンチャーキャピタル(以下、VC)の評価では、「Googleの組織で特に素晴らしいのは人事部だ」と言われています。外部から採り入れた人材や技術をGoogleにアダプトさせていく能力が非常に高いというわけです。

冨山
わたしが日本に紹介してベストセラーになった『両利きの経営』には、既存事業の継続的な改善=知の深化と、新規事業創出に向けた実験と行動=知の探索の両方が必要だと書かれています。日本の大企業が知の探索をしようというときに一番注力してきたのが、やはり内部開発。しかし、現実に成功しているケースのほとんどが、スタートアップの買収による成長なのです。

画像1: 大企業が取り組む「知の探索」の実態

近年の日本で最も顕著な成功例は、リクルートのIndeed買収です。リクルート自体がもともとスタートアップの集合体的な経営をしてきたので、Indeedとも非常にスムーズに接合できた。このように、破壊的イノベーションの時代において知の探索をするために最上位に来る選択肢は、やはり買収なのです。

中村
ただ、大企業なりのジレンマもあります。かつて、AlphaGo をつくったDeepMind Technologiesという会社がありました。ここを、Googleが2014年に買収しました。その中のジェネレーティブAI(※)を開発するチーム曰く、「買収されてよかった。豊富なリソースが与えられて、DeepMindだけでは実現できないスピードで成長できた」と。

※ コンテンツやモノについてデータから学習し、創造的かつ現実的でまったく新しいアウトプットを生み出す機械学習手法。

ところが、DeepMind がGoogleの傘下に加わってから1年後、風向きが変わってきます。「コンシューマー分野の大企業の一員になったから、冒険ができなくなった」という理由で、最終的に一部の人たちはGoogleを辞め、その後OpenAIを起業しました。

冨山
大企業とスタートアップ、双方のエコシステム間の流動化が、今の日本には求められています。人材も事業も企業間で頻繁に入れ替わるくらいのスピード感が必要です。

画像2: 大企業が取り組む「知の探索」の実態

ベンチャー・エコシステムのプレーヤーとしての、士業の可能性

日本の中小企業診断士や弁護士といった士業の人たちが、VCに関する専門知識を習得することはできるでしょうか。

冨山
士業をされている方なら充分理解できる内容です。また、(社)日本取締役協会では、中村さんのSozo Venturesと提携してVCのトレーニングセッションを提供するという構想も持っているので、ぜひご期待ください。

楠木
これまでの根性論、精神論的なVCの世界にいた人たちよりも、士業の方のほうが柔軟に知識を吸収できるかもしれないですね。変な先入観がないから。スタートアップと言っても商売は商売、普通のビジネスです。ガバナンスにしてもファイナンスにしても、ごく当たり前のプロフェッショナリズムが求められる。日本取締役協会では、見本になるような契約フォーマットも公開しているので、ぜひホームページをご覧ください。

今日の鼎談のメッセージを一言で言うと、日本のスタートアップにとっては大きな伸び代があるということ。明るい話です。何も3回転宙返りをしろ、という無理難題ではない。標準的なやり方に乗っていきましょう、という話です。北欧の事例にもあるように、はっきりとした成功例が出てくれば、変化は速い。冨山さん、中村さん、本日はどうもありがとうございました。

一般社団法人日本取締役協会による提言書
「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」

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「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」

画像1: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第5回】アートで発想し、サイエンスで起業する

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。 著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像2: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第5回】アートで発想し、サイエンスで起業する

冨山 和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年 産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年 経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。同年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長に就任。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長、日本取締役協会会長。内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員ほか、政府関連委員多数。主著に『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』(ともに文藝春秋)、『「不連続な変化の時代」を生き抜く リーダーの「挫折力」』『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(ともにPHP研究所)ほか。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

画像3: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第5回】アートで発想し、サイエンスで起業する

中村 幸一郎(なかむら こういちろう)
Sozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。その後、三菱商事で通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年(63位)、2023年(55位)と3年連続で順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)、東京工業大学 経営協議会委員。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書に『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』(ダイヤモンド社)。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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