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株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手直行氏
2023年3月、株式会社ヤッホーブルーイングは19年連続の増収と過去最高益を記録したと発表した。多くの企業が苦しんだコロナ禍を、同社はどう乗り越えたのか。一方で、2020年には一橋ビジネスクール主催のポーター賞に応募し、見事受賞している。応募の背景についても伺った。

「第1回:『100人中の1人』に愛されるビールづくり」はこちら>
「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」はこちら>
「第3回:螺旋状に成長し続ける組織」はこちら>
「第4回:コロナ禍の成長と挑戦」
「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」はこちら>

逆風と追い風のコロナ禍

――ヤッホーブルーイングはコロナ禍にもかかわらず19年連続増収を達成されています。コロナ禍をどう乗り越えたのでしょうか。

井手
コロナ禍の3年間は、実は我々にとっては結果的に追い風でした。ただ、事業によって明暗が分かれました。

我々の公式ビアレストラン「YONA YONA BEER WORKS」は都内に8店舗あるのですが、飲食業界がそうであったように、営業できない期間、営業しても肝腎のビールを出せない期間があり、かなりの大打撃を受けました。お店がつぶれないようになんとか持ちこたえたというのが実態です。

また、全国流通している製品のほかに、もともとの本拠地だった日本有数の観光地、軽井沢限定のクラフトビールを販売しているのですが、さすがにコロナ禍は観光客がめっきり減ってしまい、売上が激減しました。

画像: 株式会社ヤッホーブルーイング井手直行氏

株式会社ヤッホーブルーイング井手直行氏

追い風になったのは巣ごもり需要の発生です。結果的に消費者の皆さんから選ばれたビールが、我々の製品でした。

飲食店に行けない、旅行にも行けない閉塞した事態だからこそ、普段飲んでいたラガービールとは違う、ちょっと高いけれどもおいしいクラフトビールを飲んで有意義な時間を過ごしたい――そんな需要がスーパーやコンビニを中心に広がっていきました。地域に根差したクラフトビールメーカーは地元の需要になら応えられますが、全国一律に販売網があるクラフトビールメーカーというと本当に我々くらいなので、一番コロナ禍の恩恵を受けたのかなと思います。

もともと得意としていたインターネット通販の売上は、店頭販売以上に伸びました。公式ビアレストランと観光地需要は下がりましたが、店頭販売とネット通販のボリュームがもともと多かったために、コロナ前に比べて約30%の増収を達成することができました。

画像: (ヤッホーブルーイング提供)

(ヤッホーブルーイング提供)

20年ぶりに足を踏み入れたログハウス

――コロナ禍における働き方という点では、どう対応されましたか。

井手
最初の緊急事態宣言が出た2020年3月に、すぐ在宅勤務に切り替えました。地方の製造業の中ではだいぶ早かったと思います。それまでは可能な限りリアルでのコミュニケーションにこだわっていたので、在宅勤務を導入する準備はしていませんでした。コロナ禍を機にパッと方針を変えて、試行錯誤を重ねている間にオンライン中心のコミュニケーションが数年続いたという感じです。

今は在宅勤務か出社するかを本人の判断に委ねていますが、約100名のスタッフが所属しているここ御代田オフィスの場合、8~9割のスタッフは自主的に出社して働いています。やはり、対面のほうがより深いコミュニケーションを取れると感じているスタッフが多いようです。

画像: ヤッホーブルーイング御代田オフィス

ヤッホーブルーイング御代田オフィス

ここ御代田オフィスに移ったのはコロナ禍の真っただ中、2020年9月です。車で10分弱のところにある佐久醸造所を中心拠点としていたのですが、年々スタッフが増えたことで手狭になりつつありました。なるべくその近くで、スタッフみんながワンフロアで働ける物件を探していたら、このログハウス風の建物が空いたのです。

ここ、もともとはパチンコ屋さんだったんです。実はわたし、ヤッホーブルーイングに入社する前は一時期フリーターをやっていまして、このパチンコ屋さんで生計を立てていました。朝の10時に入店して、昼になると隣の離れにあった食堂――現在は小規模の醸造設備になっています――でラーメンやしょうが焼き定食を食べ、夜10時にお店を出るという生活を送っていました。その後たまたまヤッホーブルーイングに拾ってもらって、20年後にパチンコ屋さんが閉店して、今この場所で働いている。縁を感じます。

「ポーター賞」受賞が社員にもたらした価値

――ヤッホーブルーイングは、一橋ビジネススクールが主催するポーター賞(※)を2020年に受賞しています。なぜ応募しようと思われたのですか。

※ 製品、プロセス、経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、その結果として業界において高い収益性を達成・維持している企業を表彰している。2001年7月創設。

井手
ヤッホーブルーイングはもともと、ポーター賞の由来であるマイケル・ポーター氏が提唱する競争戦略論(※)をベースに経営を行ってきました。賞の存在を知ったきっかけは、2014年に親会社の星野リゾートが受賞したことです。もともと自社の経営戦略には自信があったのですが、ポーター賞を受賞できれば、それがさらに確かなものになりますし、社外的にも信頼につながる。そう考え、応募を決めました。

※ 競合他社よりも低コストを実現する「コスト・リーダーシップ戦略」、自社製品を差別化し、業界の中でもユニークと見られる何かを創造する「差別化戦略」、特定の顧客層や地域市場、流通チャネルなどに集中する「集中戦略」の3つを基本戦略に、競争優位を築くための戦略論。

画像: 御代田オフィスに併設された醸造設備。ここで、製品開発のための試験的な醸造が行われている

御代田オフィスに併設された醸造設備。ここで、製品開発のための試験的な醸造が行われている

応募に際し、専門プロジェクトを立ち上げスタッフが書類作成に当たりました。書類をまとめていく中で、自社の強みを他者に伝えられるようヤッホーブルーイングの戦略をあらためて整理したところ、「独自の組織文化」「模倣困難なブランディング」「ファンとのコミュニケーション」「強みへの集中」「エリア・チャネル集中」という5つの活動が相互に絡み合い、独自性を生み出しているという全体像が見えてきました。

ポーター賞への応募に向け準備を進める中で、スタッフがヤッホーブルーイングという組織を客観的に捉えることができましたし、経営やマーケティングなどの専門家の方々ともディスカッションさせていただく中でさまざまな示唆を得ました。結果にかかわらず、トライした価値は非常に高かったと思います。(第5回へつづく)

「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」はこちら>

画像: 日本のビールに、バラエティを。
【第4回】コロナ禍の成長と挑戦

井手 直行(いで なおゆき)/ニックネーム:「てんちょ」
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長/よなよなエール愛の伝道師
1967年生まれ。福岡県出身。国立久留米工業高等専門学校卒業。大手電機機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続く中、インターネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。2008年、社長に就任。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社,2016年)。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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