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競輪選手のルポルタージュを書いたことがきっかけでノンフィクションライターの道を歩み始めたという最相氏。もの書きになりたいと思ったことはなく、自分が興味を持ったことを人に知ってもらうための方法が書くことだったのだと話す。

「第1回:一人ひとりの『証し』を通じて宗教のリアルを書く」はこちら>
「第2回:『人生案内』名回答の秘訣とは」はこちら>
「第3回:優れたコンサルタントと共通するモチベーション」
「第4回:『自分は何者でもない』から始まる仕事論」はこちら>
「第5回:多くの人生に触れることで養われる美意識」はこちら>

聞いた話をまとめるだけでは足りない

山口
最相さんは、もともとは広告のお仕事をされていたのですよね。

最相
そうです。大学を卒業して1986年に新卒で入ったのがADKの前身、旭通信社の大阪支社でした。業務は、「局担」ってご存知ですよね、テレビ広告の営業で担当テレビ局を回って歩く。

山口
それはまた意外と言いますか、今の最相さんからは想像しがたいですね。

最相
巨大な力をもつ電通や博報堂と、夜討ち朝駆けで闘う。すごく勉強になりました。

山口
『絶対音感』がその10年後ぐらいでしょうか。

最相
書き始めたのが1995年からです。そのときはもうフリーランスで東京に住んでいました。

山口
その後さまざまな作品を書かれていますけれど、私は最相さんのご著書を読んでいると、これは本当に同じ人が書いているのか、と感じることがあるんです。作品ごとに、いい意味で「最相さん像」を飛び越えておられる。テーマも一様ではありませんよね。「自分はこのジャンルでいく」みたいに自己規定をしてしまうと可能性も小さくなりますから、私は最相さんの姿勢はすばらしいと思うのですが、過去の延長線上にあるものを書いてほしいという依頼はないのでしょうか。

最相
よくあります。でも、あまり書きたくない(笑)。
実は『絶対音感』の前に出した最初の本があって、それは高度成長期に競輪王といわれた人を追いかけて全国の競輪場を取材して回ったルポでした。特にあてがあったわけでもなく300枚ぐらい原稿を書いたら、たまたま競輪場で出会ったスポニチの記者さんとのご縁で本になったんですけど。

山口
企画ありきではなく、好奇心駆動で書かれたわけですね。

最相
そう、だから領域は関係ないわけです。その姿勢を貫いてきたのは、私自身が編集の仕事をしていたことも大きいと思います。最初のルポを書いた当時は、建築評論家の中原洋さんが立ち上げた中原編集室というPR誌の編集事務所におりました。そこで4年ほど勤めて、建築やデザインの専門家、アーティストのインタビューを行ったり対談を設定したりする中で、建築というもののおもしろさを知ったこと、取材依頼の方法から何からいろいろ学べたことは大きな収穫でした。

フリーになったきっかけは阪神淡路大震災です。震災のショックで人生に迷いを感じていたときに、中原編集室におられたこともある先輩編集者が福武書店教育研究所(現 ベネッセ教育研究開発センター)の『季刊 子ども学』という雑誌の編集の仕事に誘ってくださったんです。その雑誌は、子どもについて学際的に解き明かすという趣旨で創刊されたもので、毎号のテーマに沿って、関連するさまざまな分野の専門家のインタビューや寄稿で構成していました。だから自然と、学問分野の壁を超えていろいろな人に関わっていくという経験を積むことができました。

そこで学んだのは、書きたいテーマの大切なポイントや真実に近づくためには、最新のあらゆる知見と、これまで蓄積されてきた知識を総動員しなければならないということです。単に自分が聞いた話をまとめるだけでは足りないわけです。私のノンフィクション作品は、編集者としての学びがあったからこそ書けているのだと思っています。

山口
このところ話題の生成AIは単なる情報処理、つまり人の話を要約するといったことは非常にうまくできますが、そこから何らかの知を立ち上げることはできませんよね。だからこれからは、情報処理はAIに任せて、人間は情報に何かを加えて知的なコンテンツを生み出す編集の力を磨かなければならない。それは簡単なことではないのかもしれませんが、最相さんの今のお話が大きなヒントになると思います。

画像: 聞いた話をまとめるだけでは足りない

「書くこと」は方法

山口
では、もの書きになろうと思われたのは、最初のルポを書かれたときでしょうか。

最相
もの書きになりたいと思ったことはないんです。

山口
え、そうなんですか。

最相
学生時代からずっと思ったことはないですね。「この人を知ってほしい」「この事実を知ってほしい」と思って書いたら、それがライターという仕事だった。おっしゃったように、自分がおもしろいと思うことを人に知ってもらいたいという気持ちが最初にあって、そのための方法が、私にとっては「書くこと」だったわけです。『絶対音感』も、これはおもしろいと思ったことを伝えたかっただけなのですが…。

山口
高く評価されて小学館ノンフィクション大賞を受賞された。

最相
それで新聞にコラムを書くときに肩書きをどうするか聞かれて、仕方ないので「ノンフィクションライター」としたのが実のところです。私は、肩書きというのは人や社会が規定するもので、自分が名乗るものではないと思っているんです。だからわかりませんよ、これからも続けているかどうか(笑)。

山口
将来のことを聞かれて「何になりたい」という人はすごく多いけれど、「何をしたい」という人は少ないですよね。

最相
ああ、そうそう。それはすごく思います。

山口
よく子供に「将来なりたいもの」を書かせますけど、あれ、よくないと思います。「なりたいもの」で考えると、既存の枠組みに絡め取られてしまう。本当に考えさせるべきなのは、「何をしているときに自分は楽しいのか」ですよね。そのことを軸に考えると、職業横断的にいろいろな可能性が広がる。最相さんのモチベーションは「気になったことがわかると楽しい、わかったことを人に話して驚いてくれると楽しい」ということだと思いますが、実は私が知る優れたコンサルタントも、同じモチベーションで動いているんです。

最相
そうなんですか。じゃあ私もコンサルタントになれるかな(笑)。

山口
なれると思います(笑)。その方はコンサルタント時代の先輩なのですが、「いい謎」が好きなんです。お客様の困りごとに対して、自分も心の底から興味をもって取り組んで、解決法を見つけると本当に嬉しそうでした。純粋にコンサルティングという仕事を楽しんでいて、その意味では彼にとっての天職なのだろうと思いますね。(第4回へつづく)

「第4回:『自分は何者でもない』から始まる仕事論」はこちら>

画像1: ノンフィクションの原点は「知ってほしい」という思い
人の話を真摯に聴き、伝えることで磨かれるコモンセンス
【その3】優れたコンサルタントと共通するモチベーション

最相 葉月(さいしょう はづき)
1963年東京都生まれ、神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。大手広告会社、PR誌編集事務所などを経てノンフィクションライターとして科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(新潮文庫)(小学館ノンフィクション大賞)、『青いバラ』(岩波現代文庫)、『東京大学応援部物語』(新潮文庫)、『ビヨンド・エジソン』(ポプラ文庫)、『最相葉月 仕事の手帳』(日本経済新聞出版)、『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』(岩波新書)、『辛口サイショーの人生案内DX』(ミシマ社)など多数。『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)にて第34回大佛次郎賞、第29回講談社ノンフィクション賞、第28回日本SF大賞、第61回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、第39回星雲賞(ノンフィクション部門)を受賞。近著に『証し 日本のキリスト者』(KADOKAWA)。

画像2: ノンフィクションの原点は「知ってほしい」という思い
人の話を真摯に聴き、伝えることで磨かれるコモンセンス
【その3】優れたコンサルタントと共通するモチベーション

山口 周(やまがち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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