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「第4回:ビジネスの軸足をどこに置くのか」
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イノベーションでは経済成長できない
山口
『ビジネスの未来』の中で、ほかに先生がメモされたところがあればぜひ教えていただけますか。
楠木
いろいろあるんです。例えば、技術革新によって経済成長の限界が打破できるというのはナンセンスである、とか。特に、「インターネットの出現によって新たな成長が始まったという証拠は一切存在しない」というのは重要な論点ですよね。GAFAMのような特定企業の局所的な成長はあったにせよ、全体のパイは増えていないわけですから。
山口
そうですね。あれは、2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジーとエステル・デュフロ夫妻の論文からの引用です。日本でも、テクノロジーイノベーションだ、人工知能だ、日本版シリコンバレーをつくって経済成長だなどとよく言われますが、「それは本当ですか」と問いたいと思いまして。
楠木
基本的な商売の構図は、誰が何にお金を払うのかということですよね。じゃあインターネットによって商売がどうなったかといえば、ネット広告はものすごく拡大したけども、その分だけ従来の広告は減っている。
山口
お金の流れが変化したということですが、従来は1000人でやっていた仕事が10人でできるところに流れてしまうのですから、格差は当然拡がってしまいますよね。
楠木
ただ、やっぱり市場メカニズムがよくできていると思うのは、昔だったらラッダイト運動のようなことが起きたりするところが、余った労働力を別のセクターで吸収できて、しかも少子化が進んで全体としては人手不足だなんて言っている。なんてバランスがとれているんだろう、と思ってしまいます。
経済力というものをどう見るかは、人によって着眼点が異なるので一概には言えませんが、例えば、僕がおもしろいと思うエコノミストで投資家のイェスパー・コールさんは、日本経済のパフォーマンスは世界でも最高だと言っています。僕はちょっと極論だとは思うのですが、ポイントはかつてのような成長は望めない中で、どこに軸足を置くのかということです。そのコンセンサスは次第にとれていくのではないかと思いますけれど。
堤清二と小林一三が残したもの
山口
どこに軸足を置くのかという話で言うと、この連載シリーズの前々回、糸井重里さんと対談させていただいたんです。糸井さんというと、われわれ世代が思い浮かべるのはやはりセゾングループの一連の広告ですよね。当時のセゾングループは、ファッションだけでなく美術館や劇場といった文化事業を手がけるなど、本当に存在感がありましたが、改めて当時の財務諸表を見てみると営業利益率は平均1%ちょっと、ほとんど利益を出していませんでした。
これは結局、ビジネスの目的を何に置くかという問題です。人間はいつか必ず死にますし、企業もいつかはなくなる。そのときに何が残るのかと言えば、プロセスしかありませんよね。
それがまさにコンサマトリーということで、セゾングループも結果的には消滅したけれど、あの全盛期に商業活動に加えて商業と文化の汽水域のさまざまな活動があって、それらがいわば揺籃となって糸井さんをはじめ多くの才能を育てた。そうしたことを考えると、堤清二さんは最初から、会社や人はなくなってもプロセス、文化は社会に残るのだから、その残したいものをいかに残すかということを軸足としていたのではないでしょうか。
楠木
僕は堤清二(辻井喬)マニアなので著作もほとんど読んでいますけれど、彼は経営者としての基本部分が壊れた人だという印象です。アーティストですね。だからもしかすると、おっしゃるようなことを確信していたのかもしれません。
いずれにしても、彼のセンスはとてつもないものがあった。1984年に開業したホテル西洋銀座にしても、あのタイミングでラグジュアリーホテルをつくったというのは、日本の消費文化の成熟に対する責任めいたものを感じていたからじゃないかと思います。その後のセゾングループがあんなふうになってしまったのは残念ですし、だからこそ彼のセンスを生かす経営者が別にいればよかったのに、と思ってしまいます。
堤清二が同時代の人、例えば三島由紀夫とか、年の離れた先輩の小林一三をどう見ていたかといった話を読むと、やっぱり抜群にセンスがいいんですよ。だから彼が書き残したものを読むことは、世の中のおもしろい見方を知るという意味でもおすすめです。
山口
小林一三という人は逆に経営者としては超一流ですね。
楠木
そうですね。彼が考え出した、鉄道と一体化した都市開発は日本発のソーシャルイノベーションと言えるでしょうね。また創作もしておられた。
山口
文学者になりたかったそうですね。堤清二と似ているところがあります。
楠木
似ています。ただ、堤さんは文筆家として超一流でしたけど、小林さんはそうでもない。一方で、二人は年齢も離れていますから直接の交流はなかったか、あったとしてもごくわずかだったと思うのですが、小林一三の下で長年勤めていた番頭格の人と堤清二は親しく話をしていたようで、彼らの会話から浮かび上がってくる小林一三という人物は、本当にすごく立派な人です。
山口
論語と算盤が一体化していますよね。
楠木
ええ、「商売で欲を持って大成功しようとするなら、道徳的でいることが最も優れた方法である」という渋沢栄一の思想を地でいった人です。それだけに自分にも厳しく、とにかく「変なことをやって儲けようとするな」ということを常に言っていたそうです。小林一三の評伝はいい本がたくさんあるので、皆さんにも是非読んでいただきたい。
山口
鹿島茂さんが書かれた『小林一三 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』が決定版ですね。堤清二と小林一三が残したものを振り返ると、ソーシャルイノベーションの重要性が分かると思います。(第5回へつづく)
楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。