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山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/楠木建氏 一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授
モリス・バーマンの著作を例に、山口氏はGDPやイノベーション指数だけを重視することの問題を提起する。楠木氏は、GDPはフローであり、ストックとしての国民の豊かさが実は大切なのではないかと応ずる。

「第1回:着陸する先は『高原社会』」はこちら>
「第2回:重要なのはフローよりもストック」
「第3回:高原社会のビジネスはウィリアム・モリスに学べ」はこちら>
「第4回:ビジネスの軸足をどこに置くのか」はこちら>
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ウェルスが豊かな日本

山口
最近おもしろかった一冊が、アメリカの歴史家、モリス・バーマンの書いた『神経症的な美しさ アウトサイダーが見た日本』です。バーマンは、アメリカ社会にはドラッグ、銃、犯罪、格差などの深刻な問題が多すぎて、どうしようもないところまで来ていると言っています。そして、国家の目的はGDPを伸ばすことやイノベーション指数を上げることなのかと問うている。本当に大切なのは健康長寿、教育の確保、格差解消といった国民のウェルビーイングに関わることで、それらの項目を日本とアメリカで比べると、ほとんどアメリカが負けると。

楠木
そうでしょうね。

山口
だから、これからの世界では日本がお手本になるんじゃないか、あれほど本質的にサステナビリティに長けた国民はいないと彼は言っています。

楠木
ある国や地域の経済的なパフォーマンスは多元的なものです。GDPやその変化率としての成長は、重要かもしれないけれど尺度の一つにすぎません。GDPはその年にどれくらい生産活動したかという、いわばフローであって、ストックとしての国民のウェルス(財産)や、格差の問題はまた別次元です。

GDPやイノベーション指数については、アメリカは常に上位で、近年の中国の伸びも突出しています。一方で格差に代表される社会的な指標は日本の方が高いでしょうし、何と言っても日本はウェルスが豊かですよね。

山口
個人金融資産が1600兆円くらいあると言われていますね。

楠木
何を重視するかは目的によって変わりますが、今はあまりにもGDPとその成長率とか、1人当たりGDPのランキングを気にしすぎているように思います。日常生活レベルの豊かさ、生活のゆとりは、GDPよりもむしろウェルスに表れるものです。日本は格差が相対的に少ない状態でウェルスの平均値が高い。これは「いい感じ」だと思うのですが、こっちの次元での評価はあまり言われませんよね。

山口
そうですね。悪いことばかり強調されて。

楠木
だからと言って日本に問題がないわけではもちろんありません。結局すべて裏表、トレードオフの関係にあるんです。日本人が貯蓄しがちで消費が少ないということは、経済成長に対してはマイナスです。企業の場合はキャッシュを貯め込みすぎていて、将来への投資がないと批判される。

とはいえGDPの成長率だけを見ていることの弊害は明らかです。僕が周さんの本を読んでメモしたことの一つが、2000年代のBRICsの経済成長率という話です。当時のロシアの成長率は5%近かったのに、2010年代に入ると1%以下になってしまった。ブラジルも同様に2010年代は成長が鈍化している。当時予測したような「BRICsの時代」は来なかった。

世界全体で見れば、20世紀の中盤からのものすごい成長は、もちろん技術革新の果実が実ったという要因もあるけれど、やはり戦争からの復興が大きかったということですよね。

山口
そうですね。本にも書きましたけれど、壊すから、つくる余地がある。

楠木
繰り返しになりますが、成長というのは最終的には需要の問題です。経済成長のために戦争をするというわけにはいきません。

画像: ウェルスが豊かな日本

残したいものだけを残す未来へ

山口
消費というのは使ってなくすこと、言い換えれば今あるものを破壊するということですから、消費拡大による経済成長とは破壊という営みを前提としていると言えますよね。それがいいことなのか、という問題があると思います。

イザベラ・バードやアーネスト・サトウなど、江戸時代の末期から明治時代の半ばにかけて日本にやってきた外国人は、当時の日本の美しさに感銘を受けたといいます。その後、東京をはじめとする大都市は焼け野原になって、高層ビルが立ち並び、物質的にも豊かになったけれど、それがよかったのか。

私は機会があるといろいろなところで、「もし将来、地球に住めなくなってスペースコロニーに移住しなければならなくなった場合、日本から何を持っていきたいですか」と聞いてみることにしています。すると、例えば伊勢神宮とか、桂離宮とか、和食とか仏像とか、答えはさまざまですが、共通しているのは20世紀以降にできたものはまず選ばれないということです。繁華街のビルや首都高、駅前商店街のごちゃごちゃした電線なんかを持っていきたいという意見はほぼ挙がらないですね。

楠木
イザベラ・バードやアーネスト・サトウが見た風景は、江戸時代というかなり特殊な状況、同時代の世界と比べると不思議なぐらい安定が継続した仕組みが生み出した美しさではないかと思います。それが日中戦争→太平洋戦争という大失敗によって大きく変わってしまった。もし戦争をせずに明治以降も安定したシステムが続いていたら、昭和・平成時代のものの中でも宇宙に持っていきたいと思えるものが多かったかもしれません。僕個人は「いすゞ117クーペ」など、20世紀以降の工業製品にも素晴らしいと思うものがありますけれどね。

山口
言われてみれば、確かにありますね。

楠木
結局、先の大失敗からまだ100年も経っていないわけです。このまま大規模な破壊がなく安定した社会が何百年も続いていけば、日本は確実にまた美しくなっていくと思います。残したいものが増えていく、というよりも美しいものしか残らないようになっていくんじゃないですか。僕はそんなふうにポジティブに未来を見ています。(第3回へつづく)

画像: 残したいものだけを残す未来へ

「第3回:高原社会のビジネスはウィリアム・モリスに学べ」はこちら>

画像1: ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す
【その2】重要なのはフローよりもストック

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像2: ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す
【その2】重要なのはフローよりもストック

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。

著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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