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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
「経営センスは育てられない」と喝破する楠木建氏。だが、ビジネスパーソンが経営センスを磨くための場は作れると言う。

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「第2回:アナリシスか、シンセシスか。」はこちら>
「第3回:他動詞か、自動詞か。」はこちら>
「第4回:戦略カラオケ。」

※本記事は、2023年3月1日時点で書かれた内容となっています。

経営センスを磨くためには、自分で経営してみるしかない。元も子もない話です。

経営センスを磨きたい人に対して、経営をしたことのない・できない僕に何ができるのか。過去にいろいろなサポートを試みたのですが、30代の頃は何をやってもうまくいきませんでした。唯一手応えを感じたのが、2013年から3年間主宰していた「成長戦略フォーラム」という試みです。現役の事業経営者や、近い将来事業経営者になる人を対象にした、私塾のような集まりです。

参加者の募集は一切ナシ。「その戦略のストーリー、面白いな」と僕が思う企業に、こちらから「商売のセンスがある社員の方を3人選んで、毎年1人ずつ送り込んでくださいませんか」とお誘いをかける。結果、20~30社が集まりました。

成長戦略フォーラムのメインプログラムは「戦略カラオケ」です。自分はこの事業をこうやって儲けていこうと思っている。今はその事業の担当者ではないけれど、もし担当したらこういうふうに稼いでやる――僕の言葉で言う『ストーリーとしての競争戦略』を、参加者に思い切り語ってもらうんです。

これを考えついたきっかけは、今から20年ほど前にある方が行った社会調査の結果からです。その調査では、「日本人が世界で一番歌が上手い」という結果が出たそうです。理由は、日本にはカラオケがあるから。センスそのものである歌唱の上手下手を果たして測れるのかどうかがそもそも疑問ですが、その方の考察によると、カラオケだと人前で歌う機会がたくさんあるから歌が上手くなるというわけです。

戦略のストーリーもまさに同じです。実際の経営者なら、仕事の中で日常的に「戦略カラオケ」をやっています。社長であれば、ステークホルダーに対して戦略のストーリーを説明する機会はしょっちゅうある。ところがその手前にいる業務担当者クラスの社員だと、「自分だったらこうやって稼いでいくのに……」というアイデアを持っていても、人前で「歌う」機会がありません。

戦略のストーリーやセンスというものは、人前で話すときに一番考えるし、一番出来てくるものです。「ゆっくり作って、出来上がったら人前で歌おう」ではなく、歌うから出来上がる。「芸の世界なんてものは結局、場数だから」という話と一緒です。

成長戦略フォーラムは月に一度、土曜日に開催していました。午前中は「優れた歌手の歌を間近で聴こう」という企画です。前回お話しした三枝匡さんや星野リゾートの星野佳路さんといった、僕が個人的に知っている経営者の方々をお招きして「自分はこう考えてこの戦略を着想し、こう実行した」というお話をしてもらう。車座形式で、参加者の皆さんとゲストが「なぜそのときそう考えたんですか?」「それはね……」みたいなやりとりをしてもらう。

優れた歌手の歌を聴いたあと、午後はいよいよ「戦略カラオケ」です。毎回、3~4人の参加者に「もしその商売を丸ごと自分が動かすとしたら、こうやって儲けていきます」という戦略を思いっ切り歌ってもらう。1人の歌を、さまざまな業界からやってきた20数名が聴く。歌い手に対して「なんでそうなるの?」「なんでこうしないの?」「自分だったらこうすると思うんだけど」と、どんどん質問を投げかける。バックグラウンドの違いや専門知識の有無にかかわらず、参加者みんなで歌い手と「ハモる」。これが戦略カラオケです。

これが一番、僕にとっては手応えがありました。経営人材がセンスを自分で磨くきっかけを外部から与えられるとしたら、このやり方だと。もちろん実務の中でセンスを磨けるのが一番いいのですが、社外にその場を設けるならこの成長戦略フォーラムしかないというのが僕の結論です。実施した3年間に出たアイデアの中には、実際に事業化したものもありますし、その後企業の経営者になった参加者も多くいらっしゃいます。

成長戦略フォーラムは予定の3年間で終了しましたが、近いうちにまた始めたいと思っています。これは僕にとっていちばん楽しく面白い仕事です。

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画像: 人を育てる―その4
戦略カラオケ。

楠木 建
一橋ビジネススクール特任教授(PDS寄付講座・競争戦略)。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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