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松岡正剛氏 編集工学研究所所長、イシス編集学校校長、角川武蔵野ミュージアム館長/山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
日本の近代化の中で失われた大きなものの一つとして、松岡氏は「家」を挙げる。家というものは日本人の内と外の意識、ひいては国の成り立ちにも関わるという。さらに、今日の国家論には生命論やデジタル的な思考方法など、多様な視点が必要になると指摘する。

「第1回:『負から成る』ことの大切さ」はこちら>
「第2回:『家』で成り立ってきた日本」
「第3回:『仮』への確信を持つべき」はこちら>
「第4回:情報の複合性、複雑性に目を向ける」はこちら>
「第5回:世界の『別様』としての日本」はこちら>

失われた「イエ」と「家」

山口
失われたものに対する思想という意味では、江戸時代に本居宣長が取り組んだ国学もそうだったのではないかと思うのですが。

松岡
国学も気が付いていましたね。山口さんは、何が失われていたと思われますか。

山口
「もののあはれ」と理解しています。「あはれ」と「あっぱれ」には同時性があったのに、いつからか「あっぱれ」のほうが大切にされる社会になった。だから情趣というものを取り戻そうとした営みだったのだと思います。ただ、明治になって今度は福沢諭吉のような人が出てきて、「和魂洋才」ということを言いました。この考え方は、毀誉褒貶相半ばしつつ、今でもあちらこちらで聞かれますけれど、私はそんな簡単にいくことではないだろうと思っています。

そう考えると高度成長期もそうなのですが、それ以前に明治維新が喪失の大きな契機になったのではないでしょうか。明治維新のボタンの掛け違えが太平洋戦争につながったことも含めると、日本を組み立て直すには、戦後約80年だけでなく、それ以前の約80年、明治維新以降の総括というものが必要になると思います。

松岡
そうですね。とりあえずそのくらいまでは戻る必要がありますね。ただ、神仏分離とか廃仏毀釈に象徴されるように、明治という時代はそれ以前の徳川時代を全否定して生まれたわけですから、明治維新の再考には徳川時代も含めた思考実験が必要になります。たとえば、廃藩置県は何を生み出し、何を失わせたか、それを踏まえてこれからの地方創生はどうあるべきか。江戸や明治時代の貧困対策はどうだったのか、それを踏まえて日本型セーフティネットはどうあるべきか、といったことです。

失った大きなものの一つは、先ほど言ったように「家」です。武家や公家というだけでなく農民も含めて家というものがあって、それが日本の社会制度だけでなく思想的な基盤となってきた。国家も家です。ところが、今は家ということを持ち出すのを避けますよね。会社だって一つの家なのですが。

山口
前近代的という印象があるのでしょうか。

松岡
封建的だと思われたくない、ということかもしれない。

山口
でも松岡さんのおっしゃる家は、封建制と結びついたいわゆるムラ・イエ論の「イエ」とは違うものですよね。

松岡
違います。田中優子さんとの共著『日本問答』(岩波新書)の中で話したのは、日本人は「内」と「外」を強く意識していて、「うちの会社」だとか、「うちのかみさん」という言い方を今でもします。内と外には何らかの境界があって、家のことを「うち」とも読むように、家というのは自分の内側と認識している領域のことです。

明治期の徳川幕府の否定、封建制の否定によってイエは格好悪いものにされてしまい、家についてもあまり考えられてこなかったけれど、家について考えることは、日本人が内と外をどう捉え、どう向き合ってきたのかを考えることであり、日本の社会や文化の成り立ちや外交について語るうえでも欠かせないことです。

画像: 失われた「イエ」と「家」

「日本とは何か」を総括する努力を

山口
丸山眞男も日本社会の原型はイエ社会であるとし、それを否定したわけですよね。

松岡
福沢諭吉もね。

山口
そうですね。日本人は、イエの功罪を整理しないままに、外から来るもののほうが進んでいる、あるいはヘーゲル的な進歩主義の歴史観から古い制度は更新されて然るべきだと考えて、半ば無自覚で「イエ/家」を捨ててしまった。松岡さんがおっしゃるように、やっぱりそこは歴史を遡って総括をしないと、日本の将来は描けないと言えそうです。

松岡
丸山眞男をはじめ、加藤周一から吉本隆明まで、戦後の言論界には、近代化の歩みの中で「日本とは何か」を総括する努力をした知識人が多くいましたが、全日本史あるいは全アジア史という俯瞰的な視点がないところが、僕にとってなかなかピンときませんでした。アジアの家はヨーロッパの家とはだいぶん違っています。あらためてタブーも含めて「イエ・家・うち」ということについて、きっちり思索しないといけないでしょう。

さらに言うと、現在では性の多様性、民族の多様性、生物の多様性ということが言われる一方、混沌とした国際情勢の中で「国家」の概念や境界というものも非常に分かりにくくなっています。とくに民族(Ethnie)と主権国家(State)の二つをいったん生物・環境のレベルで捉えなければ、議論できなくなっている。

山口
どういうことでしょうか。

松岡
多様性には、遺伝子、環境適応性、人種、言語など、諸々のことが関わります。類人猿から進化した人類が言語を持ち、国家を形成してきた結果として、今日のように多様性や包摂という観点から国家を考える段階まできています。そのためには、生命論から世界を編集し直さなければならないと思います。

また、現実世界の中にSNSやメタバースのようなネット空間が形成されていることも無視できません。それはいったい、国家なのか、家なのか、共同体なのか、個人なのかを明確に捉えなければならない。人類の記憶がビッグデータ化されて編集可能な状態になった今日、過去の失われたものを検証するには、生命論とデジタルという両面を踏まえた思考方法が必要になるでしょう。(第3回へつづく)

画像: 「日本とは何か」を総括する努力を

「第3回:『仮』への確信を持つべき」はこちら>

画像1: 「日本という方法」の可能性 「ボーダーランド・ステイト」というあり方
【その2】「家」で成り立ってきた日本

松岡 正剛(まつおか せいごう)
1944年京都市生まれ。早稲田大学仏文科出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を経て、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。1971年に伝説の雑誌『遊』を創刊。日本文化、経済文化、デザイン、文字文化、生命科学など多方面の研究成果を情報文化技術に応用する「編集工学」を確立。日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱し、私塾「連塾」を中心に独自の日本論を展開。一方、2000年にはウェブ上で「イシス編集学校」と壮大なブックナビゲーション「千夜千冊」をスタート。

著書に『知の編集術』(講談社現代新書)、『花鳥風月の科学』(中公文庫)、『日本流』(ちくま学芸文庫)、『日本という方法』(NHKブックス)、『多読術』(ちくまプリマー新書)、シリーズ「千夜千冊エディション」(角川ソフィア文庫)、共著に『日本問答』(田中優子、岩波新書)、『読む力』(佐藤優、中公新書ラクレ)ほか多数。

画像2: 「日本という方法」の可能性 「ボーダーランド・ステイト」というあり方
【その2】「家」で成り立ってきた日本

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。

著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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