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一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/元プロ野球選手 高森勇旗氏
行動変容を促す言葉の力に魅せられ、ビジネスコーチとして企業の幹部にコーチングをしている高森勇旗氏。プロ野球引退後、全力で走り続け稀有なキャリアを築き上げた高森氏の仕事哲学の変遷とは。

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「第3回:野球よりも面白かったセカンドキャリア。」はこちら>
「第4回:『ストレス不足』と、行動変容。」はこちら>
「第5回:具体と抽象の振れ幅。」

※本記事は、2022年10月22日時点で書かれた内容となっています。

キャッチコピーの原理原則に共感

楠木
ここまでのお話を聞いて思うのは、高森君は具体と抽象の振り幅が非常に大きいことです。コピーライターの講座にかよって、「広告の世界をめざそう」となるのではなく、言語を扱うことで組織に行動変容を起こしたいと考える。コピーライターの講座は、ビジネスコーチの道に進む入り口の1つに過ぎなかった。

高森
講座では毎回名だたる広告のプロが講義してくださるわけですが、皆さんが口をそろえておっしゃっていたのは「コピーはアートじゃない、ビジネスだ」。たとえだれにでも考えられる言葉であっても、売れたら勝ち。めちゃくちゃいいことを言っていても、売れなかったら負け。結局のところ、人の行動に変化を起こせるかどうかが大事なんだと。この原理原則がすごく面白いなと思いました。

野球に限らずスポーツは、ややもするとアートな世界に陥りがちです。説明できないけど豪速球投げられます、説明できないけどホームラン打てます、みたいな選手が少なくない。わたしはその風潮に違和感があり、正直苦手でした。コピーライター養成講座を受けて、言葉を使って成果を出すための明確なロジックを知り、これなら自分にも再現できそうだなと感じたんです。

ビジネスコーチの価値

楠木
今はビジネスコーチとして、独立して6年。絶好調じゃないですか。

高森
そうですね。おかげさまで、これまで30社以上の企業変革に関わらせていただきました。

楠木
しかもまだ34歳。普通の人ができないようないろいろな経験をしたうえで今の仕事があるわけですが、僕にとっての絶対悲観主義のように、高森君には何か仕事哲学があるんですか。

高森
今は哲学と言えるようなものを持っていないのですが、2019年頃まで特に意識していたのは「当たり前のことを当たり前にやる」でした。

ある飲食店をサポートしていた頃、経営会議に出席させていただきました。わたしは普通に「こんにちは!」と部屋に入っていったんですが、ある幹部の方の反応は「ああ……おいっす」。たくさんの店舗をたばね、従業員に対して、お客さまにしっかり挨拶をしなさいというトレーニングを義務づけるお立場の方です。だから強い違和感を覚えました。

それで、会議が始まる前にこうお願いしました。「すいません、目を見て挨拶していただいてもいいですか」。すると、ムッとされている。「でも、普段は部下に対して同じことをおっしゃっているんじゃないですか。『お客さんの目を見てしっかり挨拶しなさい』と」。要するに、当たり前のことを当たり前にしましょう、と。最終的にはご納得いただけたようで、その後の経営会議ではしっかりと目を見て挨拶を返してくださるようになりました。

本来当たり前にすべきこと、実は社内のみんなが不思議に思っていることを、躊躇なく言えるのがわたしの立場ですし、それを伝えるのがビジネスコーチの価値だと信じています。

画像: ビジネスコーチの価値

想像を超える、3年後の自分

楠木
じゃあ、今は明確な仕事哲学はお持ちでない?

高森
むしろ持たないほうが自分にとってはいいのかなと。

楠木
ゆとりありますよね。僕なんか、自分のよりどころになる哲学がないとやってられないなと追い込まれていたんです。絶対悲観主義というスタンスを見つけて、非常にラクになった。

高森
つねにニュートラルでいることをめざしてはいます。でも、「ニュートラルでいなきゃいけない」と思った瞬間に、またおかしなことになるんです。

楠木
そうですよね。仏教で「考えるな」と言うのですが、そう言われるといかに考えないかということを考えてしまう。

高森
ニュートラルでいてもいいし、いなくてもいい。何かにフォーカスしようとするとそれ以外のことが見えなくなってしまうので、無理にフォーカスしなくてもいい。こういうフラットな立場でいたほうが、ほかの人が気づかない何かを物事から受け取れるんじゃないかと。あるいは、AとB、つねにどちらも選択できる立場に自分を置ける気がするんです。

楠木
でも、ビジネスコーチとしての評判が高まって、バンバン依頼が来て忙しくなると、よし、この仕事でガンガン稼いでいくぞ! となりそうな年頃じゃないですか。

高森
2019年頃まではまさにそうでしたが、今はかなりフラットです。2015年以前と2016年以降も別人でした。2016年に、収入が前年の数倍になったんです。

楠木
才能の爆発ですね。水を得た魚状態。

高森
ええ。だいたい3年くらいで仕事に対する構えが変わっています。

楠木
僕自身は中2から全然変わっていません。昔から日記をつけているのでたまに読み返すのですが、中学生の頃と今とで、楽しかったことや考えていることがほとんど変わっていません。高森君とは真逆です。また3年後、まったく別人になっているかもしれない?

高森
可能性はあると思います。いつも、3年前の自分には想像もつかないようなところにいるんです。

楠木
それは、想像もつかないくらい大成功したということですか。それとも、まったく思ってもいなかったフィールドに移っていた?

高森
どちらかと言うと前者です。

楠木
そうですか。もうこれ以上お金が要らないくらい、プロ野球の引退後に稼いだと思いますが、それでも稼ぎたい気持ちはあるんですか。

高森
もっともっと稼ぎたいという気持ちは今はもうありませんが、結構お金使うので。

楠木
乗っているのが高級車ですからね。車以外ではどんなことにお金を使うんですか。

高森
食事と旅行です。

楠木
ある意味、プロ野球選手のときより経済的にはだいぶ成功しましたか。

高森
大成功だと思います。

画像: 想像を超える、3年後の自分

プロ野球での挫折は、人生の宝物

楠木
でもそれは、「プロ野球選手のときにいいものが食べられなかったから」という、過去への復讐というわけでは全然ない。

高森
そういうのではないすね。単純に今経験したいことをしているという感じです。

今となってプロ野球選手時代を振り返ると、4年目、5年目こそ不遇をかこっていましたが、自分ほど結果が出ていないのにファンから愛された選手はそうそういないと思いますし、チームからは充分チャンスをもらいましたし、すごく大事にされた体験なんです。

楠木
じゃあ、苦しかった4年目、5年目の経験は高森君にとって本当に財産になっている。

高森
あれだけわかりやすく挫折できた貴重な体験ですから、宝物みたいな2年間でした。

楠木
高森君の仕事哲学をまとめると、絶対悲観主義ではもちろんないし、だからといってなんでもうまくいくとも思っていない。名づけるなら「絶対ニュートラル主義」でしょうか。

高森
「絶対」が付くと「ニュートラルでいなければ」となりそうなので……何て言いましょうか。

楠木
じゃあ「ニュートラル主義」。ものすごくフラットで、落ち着いている。

高森
それは楠木先生の影響もあるかもしれません。

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画像1: 新春対談 楠木建×高森勇旗 ニュートラル主義の仕事哲学―その5
具体と抽象の振れ幅。

高森勇旗(たかもり ゆうき)
1988年、富山県高岡市生まれ。2006年、岐阜県の中京高校から横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に高校生ドラフト4巡目で指名され入団。2012年、戦力外通告を受けて引退。データアナリストやライターなどを経て、2016年、企業のエグゼクティブにコーチングを行う株式会社HERO MAKERS.を立ち上げ代表取締役に就任。著書に『俺たちの「戦力外通告」』(ウェッジ、2018年)。

画像2: 新春対談 楠木建×高森勇旗 ニュートラル主義の仕事哲学―その5
具体と抽象の振れ幅。

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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