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原 研哉氏 デザイナー・日本デザインセンター代表取締役社長・武蔵野美術大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
デザインは「欲望のエデュケーション」であると説く原氏。欲望が洗練されると社会のステップが上がるのだという。これを受けて、社会のさまざまな要素が反映されるデザインの営みには、社会のケイパビリティが表れると山口氏は指摘する。

「第1回:デザインとは物事の本質を見極め、価値を生み出すこと」はこちら>
「第2回:都市や暮らしは自律的に『なる』もの」
「第3回:日本の特殊性は自然観、宇宙観にある」はこちら>
「第4回:ローカルに潜在する大きな可能性」はこちら>
「第5回:デザインの力で地域から日本が変わる」はこちら>

ニーズはルーズな方向へ

山口
人々の欲望と試行錯誤、主体性や意思のようなものが反映されながら外界環境が形成されていくというのはとても精妙で複雑な営みである一方、レベルの低い欲望に合わせたモノやコトがどんどん積み上げられると、総体としての価値が低下することにもなりかねません。人間の欲望と価値の関係について、原さんはどのようにお考えですか。


「オートポイエーシス」という言葉があります。生物システムが自分で自分をつくり出し、自律的にかたちを形成していくという概念です。同じように、都市や暮らしも誰かがつくるのではなく自律的に「なる」ものです。そのエネルギーは人々の「こうなりたい」という願いや思いでしょう。だからデザインとは、別の言い方をすると「欲望のエデュケーション」であると僕は考えています。「教育」だと上から教え授けるような印象ですが、「エデュケーション」は潜在する能力を芽吹かせ開花させるというニュアンスを含みます。「欲望」は「希望」に置き換えてもいいのですが、少しきれいすぎてしまうので、生々しい希求の力が感じられる「欲望」という言葉を選びました。例えば、昔は道端に唾を吐く人をよく見かけたけれど、今はほとんど見なくなりましたよね。

山口
とんでもない、という目で見られます。


ええ。そうなったのは都市のフェーズが変化したということです。唾を吐くことは快適ではないとみんなが思うようになると、都市がきれいになる。欲望が洗練された瞬間、ステップが上がるということです。そうしたことが過去にあらゆる領域で起き、社会が洗練されてきました。インターネットがこれだけ広まった時代では、その変化もドラスティックになっているように感じます。ただ欲望は洗練の方向ではなく、ルーズな方向へ行ってしまう傾向も強くあります。

デザイナーはスーパーやコンビニで売られる食品のデザインも手がけますが、いかにも美味しそうな、食欲をダイレクトに刺激するようなパッケージは、ニーズをルーズにしてしまうと僕は思います。いったんルーズになると、ルーズになった欲望に合わせてルーズなデザインが出現し、これが繰り返されて社会、文化の洗練度が下がることにもなりかねない。

近年、日本の魅力を発信するためのさまざまな試みがなされています。グローバル化が進む世界の中で存在感を増すためには、いかに影響力を持つ文化を育んでいくかが重要になるのですが……。

山口
欲望がルーズになると、総体としての文化が魅力を失っていく可能性もあるということですね。


欲望を全開にして「より美味しそうに見せたほうが勝ち」という考え方もあるでしょう。どちらが今後の世界に影響力を持つのかは一概には言えないけれど、欲望の洗練度が商品パッケージに表れるのだとすると、僕自身は、日本のコンビニエンスストアの商品棚を見たとき、「ちょっとどうかな」という感じはしています。

画像: ニーズはルーズな方向へ

デザインは社会のケイパビリティを表す

山口
商品を売るためのパッケージデザインというのは、そもそもマーケティングの概念から生まれたものですね。フィリップ・コトラーが『マーケティング・マネジメント』の初版を出したのは1967年のことで、1970年代にはビジネススクールの科目にマーケティングが組み入れられるようになり、当初は大きな効果を上げました。ところが現在では弊害が大きくなっているようにも感じます。


マーケティングというサイエンスが商品流通の仕組みを革新したのは事実ですが、デザインという観点から見ると大きなミステイクにつながったとも言えます。同じくアメリカで生み出されたコーポレートアイデンティフィケーションという考え方もそうですね。それまで「ブランド」というものは、ある営みを積み上げて生まれた信頼の証しです。正直に良質なものをつくり続けた結果としてある商標が有するようになった信頼、あるいは価値です。「ブランディング」という考え方は、それを意図的につくり出すものです。つまりセールスのため、ブランドを能動的につくり出すためにサイエンスやデザインの力が使われたわけです。

ウィリアム・モリスに端を発する近代デザインという概念の根底には、理想の社会をつくりたいという大きな願いがあったはずです。それがマーケットの拡大だけをめざす動きに組み込まれてしまったことが、デザインにとっての大きな躓きだったのかもしれません。

山口
哲学者の國分功一郎さんによると、かつてインド=ヨーロッパ語圏では「中動態」という態が広く使われていたそうです。「中動態(~になる)」は「能動態(~する)」の対立概念として中世ぐらいまで使われ、やがてそこから派生した「受動態(~される)」に取って代わられました。そうなったきっかけは法律です。罪を犯した人を裁かなければいけないときに、意思の主体性というものを厳密に問う必要が出てきたからです。

それは個人の主体的意思という存在を前提とする近代社会が成立するためには必要なことだったとも言えます。例えば、日本語の「魔がさす」という表現は中動態的ですが、そんな責任の所在がはっきりしないことでは困ると言われるのが近代以降の社会です。ただ、その意思や責任というものは、ほんとうにその人だけのものなのか、と國分さんは問いかけています。

デザインも同じで、デザイナー個人の意思だけで能動的に生み出すものというよりは、中動態として「なる」ものではないかと思うのです。欲望をエデュケーションするのがデザインであるなら、デザインは社会のケイパビリティ(素質)を表すとも言えます。その社会における教育、個人を取り巻く環境、企業活動、組織における意思決定の仕組み等々が渾然一体となって、あるデザインが生成される。そう考えると、いいデザインを生み出すにはデザインやクリエイティブに関わる人の能力を上げることだけではなく、最終的に意思決定する側のデザインリテラシーも含めたソーシャルケイパビリティを向上していく必要がありますね。(第3回へつづく)

画像: デザインは社会のケイパビリティを表す

「第3回:日本の特殊性は自然観、宇宙観にある」はこちら>

画像1: デザインの視点から見る日本の「未来資源」 新しいこの国のかたちをつくる
【その2】都市や暮らしは自律的に「なる」もの

原 研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。1983年に武蔵野美術大学大学院を修了し、同年日本デザインセンターに入社。日本グラフィックデザイナー協会副会長。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」、「SENSEWARE」、「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。
著書に『デザインのデザイン』(岩波書店)、『DESIGNING DESIGN』(Lars Müller Publishers)、『白』(中央公論新社)、『日本のデザイン』(岩波新書)、『白百』(中央公論新社)他多数。最新著は『低空飛行 この国のかたちへ』(岩波書店)。

画像2: デザインの視点から見る日本の「未来資源」 新しいこの国のかたちをつくる
【その2】都市や暮らしは自律的に「なる」もの

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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