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2022年10月21日(金)、約2年ぶりとなるオンラインイベント『楠木建、一問一答』が開催された。経済から人材、組織、生き方、考え方まで多岐にわたる読者からの質問に、独自の観点と言葉で答えを示していく楠木氏。そのやりとりを4回にわたってお届けする。

「第1回:GDPに代わる指標、など。」
「第2回:人的資本経営、など。」はこちら>
「第3回:自由闊達に意見交換できる組織への改革、など。」はこちら>
「第4回:教養教育、日本人の英語力、など。」はこちら>

Q:産業革命以降、人類は進歩している?

――不動産会社で部長職を務めています。産業革命以降、人類は進歩しているのでしょうか。楠木先生はどうお考えですか。

楠木
進歩していると思います。以前この連載でもお話しましたが、僕が学生の頃の日本では、仕事の現場において殴る蹴るのコミュニケーションが日常的にありました。そんなたかだか30~40年前の近過去を振り返っても、人類は確実に進歩しています。社会的にコンセンサスがとれている価値基準に照らしても、良し悪しで言うところの“良い社会”になってきていると思います。

人類史において進歩が著しかったのが産業革命です。――すいません、ちょっと教養がほとばしってもよろしいでしょうか。

――よろしくお願いします。

楠木
「マルサスの罠」をご存じの人は多いと思います。イギリスの経済学者、マルサスが1700年代の終わりに書いた『人口論』という研究で、「どうして人類は一向に豊かにならないのか」という問題を提起しました。技術は明らかに一方向的に進化してきた。だったら人間がもっと豊かになってよさそうなものなのに、なぜそうならないのか。

マルサスが導き出した答えはこうです。技術の進歩が生産性の向上を達成した結果、必ず人口が増えてしまう。1人あたりに行き渡る豊かさ――食べ物や富は、結局、人口増で相殺されてずっとフラットのまま。これが「マルサスの罠」です。

産業革命の前までは、確かにそのとおりでした。ところが産業革命が起きた途端、人々の寿命がぐんぐん延び、1人あたりが摂取する栄養量もどんどん増えて身体が大きくなるという変化が生じました。

画像: Q:産業革命以降、人類は進歩している?

なぜ産業革命で「マルサスの罠」が崩れたのか。人間が資本として認知されるようになったからです。産業革命以前の人間は、労働の頭数に過ぎませんでした。子どもが10人いれば労働力10人分とみなされていたのです。

産業革命以後、機械装置を操作する、通信機器を操作する、帳簿をつけるといった知的で熟練を必要とする労働が生まれました。すると、子どもたちに投資して学校教育を受けさせることで人的な資本を形成したほうが、頭数を増やすよりも合理的であるという判断に人間社会のコンセンサスが傾いていきます。

つまり、子どもをたくさん生まなくなった。子どもがたくさんいると一人ひとりに投入できる人的資本投資が小さくなります。合理的な選択の結果として、子どもの数が減るのです。

少子化という現象は、人的資本投資にとって基本的にはポジティブです。イギリスで産業革命が起き、蒸気機関を動力とする工場が次々につくられました。そのイギリスで、世界に先駆けて児童労働が禁止されます。児童労働を禁止する法制定に賛成票を投じたのは、ほかでもない資本家たちでした。

昔の資本家と聞くと、子どもを引きずり出して働かせるというイメージを持たれる方が多いと思います。でも、実際はそうじゃなかった。資本家は自分たちの損得を合理的に考えた結果、子どもを労働に使うよりも、きちんと勉強してもらって人的な資本になってもらわないと、こっちが商売にならない――そう判断したわけです。産業革命による人的資本という概念の確立が、人類史の特異点だったんです。

――ありがとうございます。人的資本という角度から産業革命を捉える着眼点が新鮮でした。

楠木
人間そのものは実は大して変わっていませんが、人間社会は少しずつ進歩していると思います。(第2回へつづく)

「第2回:人的資本経営、など。」はこちら>

画像: 『楠木建、一問一答』第2弾―その1
GDPに代わる指標、など。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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