「第1回:一人ひとりに100%尽くせば、チームは必ず強くなる」
「第2回:世界に挑む日本の強み」はこちら>
「第3回:これからのチーム力は、いかに早く失敗をするか」はこちら>
「第4回:野球が可視化したデジタル社会」はこちら>
「第5回:子どもたちが安心して野球ができる社会」はこちら>
判断基準は「その選手のためになるかならないか」
阿部
本日はよろしくお願いします。はじめに私のほうから自己紹介させていただきます。私は栗山さんと同じ1961年生まれで、日立製作所に入社したのは1984年です。ソフトウェアエンジニアとしてデータベースソフトウェアなどの開発に長く携わった後で、電力制御や鉄道運行管理などの制御システムの開発部門に異動しました。
その後は製造業や流通業のお客さまのフロントに立つ部門を経て、昨年4月からサービス&プラットフォームビジネスユニットという全社の横ぐしとなる部門を統括しています。
栗山
そうですか、同い年なのですね。僕のほうは本当に野球しかない子ども時代を過ごしました。当時は王さん・長嶋さんの「ON時代」の全盛期で、将来の夢は当然、野球選手です。でも実力がなかったので、教員になれば指導者として野球を続けられると思って大学に進学しました。けれどやっぱり、プロ野球選手の夢を諦めきれずに大学卒業のときにプロテストを受けたところ、たまたま引っかかって野球界に入れてもらえました。
現役時代は本当に大した選手ではなかったので、早めに引退して20年ほどメディアの世界で仕事をさせていただいていたときに、ファイターズからオファーをいただいて、監督を10年間やらせてもらいました。
そして来年、僭越ながらWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも監督として日本代表のユニフォームを着ることになりました。大好きな野球をこんなに長く続けさせてもらって、本当に感謝しかありません。
阿部
謙遜なさいますが、やはり栗山さんは私たちの世代のスターです。現役時代にはゴールデングラブ賞を受賞されるなど輝いておられたし、引退後の解説者やキャスター時代のコメントからは野球に対する愛情がひしひしと伝わってきました。そして監督時代にはファイターズを2度のリーグ優勝に導き、さらに日本シリーズも制覇されています。
ご著書もいくつか愛読していますが、特に印象に残るのは、渋沢栄一の「論語と算盤」の哲学を盛り込んだ組織・人材育成論の『育てる力』や、やはり「四書五経」(※)といった古典を下敷きに組織づくりについてまとめられた『栗山ノート』でしょうか。
※ 四書五経(ししょごきょう):儒教において特に重要とされる9つの経典の総称。
現在メジャーで大活躍中の大谷翔平選手をはじめファイターズ監督時代、栗山さんは日本を代表する数々の選手を育てられました。こうした人材の育成にあたって、栗山さんはどのようなことを大切にされてこられたのでしょうか。
栗山
ファイターズの球団フロントに心から信頼できる人がいて、人材育成に関して2人で決めたのは、シンプルに「その選手のためになるか、ならないか」を判断基準にすることでした。選手育成というのはもちろんチーム強化のためですが、チーム以前にまずは一人ひとりの選手を基準に考えるということです。
僕らが一人ひとりの選手に100%尽くせば、組織としても決して間違わないし、必ずチームのためになるという確信がありました。実際、その方針を進めていった結果、選手たちは成長してくれたし、だからこそチームとしてもよい方向に向かっていけたのだと思います。
阿部
中でも私には、昨年引退された斎藤佑樹選手との師弟関係が印象的でした。
栗山
(斎藤)佑樹との間には確かな信頼関係を感じていたので、僕自身が心の底から思ったことを最初から率直にぶつけていきました。「本人のためになる」と思えたら、かなり無茶な注文もしました。酷なシーンもありましたが、本人はただ黙々と一生懸命頑張ってくれました。
最後の方では、結果を出せずにもがいている彼に、「辞めるのは簡単だけど、ドロドロになってでも苦しみながら頑張り続ける姿を、応援してくれるみんなに見せる責任がお前にはある」と鼓舞したりもしました。そんな彼が引退してコマーシャルに出たりしている姿を見ると、なんかとてもいい顔をしているのですよ。やるべきことをやり切った、実にすっきりしたいい表情をしている。
それを見て僕自身、監督をやらせてもらってよかったなと改めて思えたのです。信じたことを貫けなければ、何も生まれないのだということを、僕は斎藤佑樹に教えてもらった気がします。
打者か投手かの選択以前に、大谷翔平を壊すのが怖かった
阿部
そもそもプロ野球は厳しい世界ですし、選手たちは野球界の逸材ばかりじゃないですか。そのうえそれぞれがさまざまな個性の持ち主です。そんな彼らとコミュニケーションを取る際にどんなことを意識されていたのでしょうか。
栗山
中には本当に扱いづらいと感じる選手もいました。でもあるとき、その「扱いづらさ」というのは、あくまでも自分の印象に過ぎないのだと気づいたのです。それからは、僕の型にはめるよりも、その選手らしさを尊重して、その人の良さを引き出すことに心を砕きました。すると、不思議なことに大事なときに力を発揮してくれることが増えていったのです。
周囲には「少し自由過ぎるのでは…」といった声もありましたが、僕としては、神様が応援してくれないようなことをしない限りは、その選手らしさを消してしまわないように気をつけていました。
阿部
確かに、本人に決めさせることは私も大事だと思います。ご著書の中に、栗山さんが恩師の野村克也監督から教えられたという「覚悟に勝る決断なし」という言葉がありましたね。
思えば若い頃、私はよく上司から「君が決めろ」「すぐに決めろ」と決断を迫られたものです。決断には責任が伴うし、だからこそ覚悟も決まる。やれと言われた仕事と自分でやると決めた仕事では、過程も結果も、そこから得られるものも自ずと違ってくるのではないでしょうか。
また、ご著書には、活躍する選手について「私が育てたのではない、私が育てられた」とも書かれていて、選手に尽くす、いかにも栗山さんらしい言葉だと思いました。
栗山
選手を育てられる指導者もいるのでしょうが、僕は本当に育てていないんです。例えば大谷翔平なんかは「育てる」というよりも、「壊すのが怖かった」というのが本心でした。誰が見てもすごいバッターだし、すごいピッチャーなのに、その二刀流に関してどちらかをやめさせようという意見もあった。「日本の4番バッター」と「日本のエース」のどちらかにやめろと言うわけです。そんなこと野球の神様以外、誰にもできませんよね。
阿部
大谷選手を早めにメジャーに送り出されたのも、「選手に尽くす」という一貫した姿勢の表れのように感じます。
栗山
大谷は本当に世界一の選手になれると信じて彼を前に進めました。とにかく早く世界に出さないと世界一の選手にはなれない。それはもう最後までブレない僕ら球団の現場とフロントの総意でした。「早く出せなかったら我々の負けなのだ」と。だから最近の彼の活躍には少しほっとしていますが、もっともっとビッグになって僕らを安心させてくれよと本人にもよく言っているのです。(第2回へつづく)
栗山 英樹(Hideki Kuriyama)
1961年、東京都生まれ。東京学芸大学を経て、1984年にヤクルトスワローズに入団。1989年ゴールデングラブ賞を獲得。1990年に現役を引退した後は解説者として活躍するかたわら少年野球の普及に努め、2002年には名字と同じ町名の北海道栗山町に同町の町民らと協力して少年野球場「栗の樹ファーム」を開設。2004年からは白鷗大学でスポーツメディア論などの講義を担当した後、2012年からは北海道日本ハムファイターズの監督としてチームを2度のリーグ優勝に導き、2016年には日本一に輝く。2021年、野球日本代表監督に就任。現在、北海道日本ハムファイターズプロフェッサー。
阿部 淳(Jun Abe)
1984年、株式会社 日立製作所入社、2001年ソフトウェア事業部DB設計部長、2007年日立データシステムズ社シニアバイスプレジデント、2011年ソフトウェア事業部長、2013年社会イノベーション・プロジェクト本部・ソリューション推進本部長、2016年制御プラットフォーム統括本部長(大みか事業所長)、2018年執行役常務、産業・流通ビジネスユニットCEO、2021年執行役専務、サービス&プラットフォームビジネスユニットCEO、日立ヴァンタラ社取締役会長に就任。
シリーズ紹介
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