「第1回:顕示的消費から、内発的充足へ。」はこちら>
「第2回:消費を閉じる消費。」はこちら>
「第3回:検索非連動型購買意思決定と、マニア消費。」
「第4回:消費と時間。」はこちら>

※本記事は、2022年4月27日時点で書かれた内容となっています。

商品を買うとき、僕はAmazonをはじめとするEコマースをよく利用します。ただ、「Amazonで買う」という購買と、そこに至る僕の意思決定は別物です。レコメンデーションやおすすめ記事、カスタマーレビューやスコアといった情報の影響をなるべく受けないようにしている。そもそも検索という行為はしないほうがいい、というのが僕のスタンスです。すなわち「検索非連動型購買意思決定」です。

その典型が書籍です。インターネット上の不特定多数によるレビューや星の数(評点)には意味がないと僕は考えています。前回お話しした、成熟してくると自分の好みがわかってくるからというのも理由の1つですが、検索して出てくる情報というものは玉石混交です。本を買うとき、僕が一番参考にしているのはプロの書評家が書いた書評です。なかでも好きなのが、鹿島茂さん。自分とツボが近いし、鹿島さんが書評を書かれた本を実際に読んでみると、確かに当たりが多い。

飲食店のレビューサイトも見ません。気に入っている特定少数のお店を繰り返し利用する。どうやってそのお店を知ったのかと言うと、自分と趣味の合う人が教えてくれたり、連れていってくれたりしたからです。そういうお店が僕にとっては一番イイ。

つまるところ、物選びよりも人選びなんです。人から偶然来たアナログの情報こそが、非常に大切です。そういう意味でのアナログ回帰が、成熟社会には起こりうる。なんでもかんでもスコアリングすることが盛り上がっている状態は、きっと成熟手前の、まだ発展途上の段階だと思うんです。

余談ですが、30代後半から40代半ばにかけて、僕はオーディオ装置に凝ってしまいました。アンプはどれにしようか、スピーカーはどれにしようか、CDプレーヤーは……といちいち念入りに選ぶんです。ありとあらゆる本や雑誌を読み込んで情報収集した末に、結構高額なものを買ってしまう。ちょっと古くなったら下取りに出して、代わりに新しいものを買う、その繰り返し。買っても買っても満足に至らない「マニア消費」です。

さらに症状が悪化すると、スピーカーとアンプをつないでるケーブルや、CDプレーヤーとアンプをつないでるケーブルにも凝り出すのでキリがない。10万円のスピーカーケーブルを買ったこともあります。これはまだマニアというほどでもない「軽症」です。

一度入り込むとどんどん入り込んでしまうのがオーディオの世界。その総元締が『ステレオサウンド』というオーディオマニア雑誌です。いろいろな装置に対する事細かな論評が載っていて、「このアンプは素晴らしい音がする」などと書かれている。値段を見ると1,000万円。「いい音が出るのは当たり前じゃないか」と思うんですが、重度のマニアになるとそんな高価なものにまで手を出してしまう。

さらに症状が進行すると、「いい音が出ないのは電気の波長が安定していないからじゃないか?」と言って、マイ電柱を建ててしまう人もいる。自分の家の敷地内に、もちろん電力会社と交渉したうえで電柱を建て、そこに配電盤などの装置を取り付ける。あるいは、ケーブルの素材や職人から自分で選び、わざわざ海外の職人さんに頼んで2mのスピーカーケーブルを500万円かけて作ってもらったなんて猛者もいる。

僕はそんな状態よりずっと手前にいたわけですが、あるときバカバカしくなって、今はごく一般的なシステムで音楽を聴いています。今思えば、なんであんなことをしたのか不思議で仕方ありません。こういったコレクションの趣味には車や時計、靴、茶器、絵画などがありますが、どうも男性のほうがマニア発生率が高いようです。一種の若気の至りなのかもしれませんが、その状態を脱して本当によかったなとしみじみ思う今日この頃です。

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画像: 消費と成熟―その3
検索非連動型購買意思決定と、マニア消費。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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ニューリーダーが開拓する新しい未来

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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