「第1回:顕示的消費から、内発的充足へ。」はこちら>
「第2回:消費を閉じる消費。」
「第3回:検索非連動型購買意思決定と、マニア消費。」はこちら>
「第4回:消費と時間。」はこちら>

※本記事は、2022年4月27日時点で書かれた内容となっています。

前回、国の経済には成長から成熟への不可逆的なトレンドがあるというお話をしました。僕自身の人生も、思春期や成長期を経て成熟期にいる。人生における消費の傾向、すなわち消費者としての自分の変化にも国の経済の変化と同じことが言えそうです。加齢に伴って消費に対する欲がどんどん低減していく。

まだインターネットがなかった時代、20代の自分自身を振り返ってみます。当時は消費を煽るような雑誌が世の中にたくさんありました。「この冬流行の赤と黒のネルシャツを、MIURA & SONS(※)が入荷」みたいな記事が『POPEYE』に載っていました。そういうのを読んで僕もしばしば買い物に出かけました。社会人になってからは、当時流行っていたARMANIのアンコンストラクテッドジャケットを、僕も普通に着ていました。海外に行くと有名な商店街に足を運んで「今日は買い物に半日使うぞ」なんて意気込んでいました。日本円がすごく高かった時代で、海外での買い物がすごく楽しかった。今になってみると、「あれって何だったんだろう?」と自分でも不思議です。

※ 株式会社シップスが運営する衣料品のセレクトショップ SHIPSの前身。

なぜ、消費に対する欲が低減していったのか。必要なものはすでにひととおり買いそろえたからというのも理由の1つですが、それ以上に、生きれば生きるほど自分の好みというものがわかってくるからです。しかもそれを意識し続けることで、「自分の欲しいもの、好きなものとはこういうものだ」と、好みがより固定化されてくる。若い頃あった「もっといいもの、もっと楽しいことがほかにあるんじゃないか」という探索の色気が全然なくなってくる。「そんなものはないんだ」と(笑)。

つまり、自分の基準で選んだ「イイもの」だけを買うようになる。しかも、ずっと同じものを使い続けるので新たな買い物をしなくなる。外食するときも同じで、自分が「イイな」と思うお店にずっと通い続ける。若い頃は新しくできたお店に入っていくこともありましたが、そういうことがだんだん減ってくる。

カバンや靴、時計、財布、帽子、服など、自分が身につけてきたものを振り返ってみても同じことが言えます。僕は25年間同じダッフルコートを着ています。スマートフォンにしても、新しい機種が出たからチェックするなんて必要もなく、同じものを壊れるまで使い続けます。車にしても、走行距離10万kmを超えてもなお同じものに乗り続けている。

これを「消費を閉じる消費」と僕は呼んでいます。自分の好きなものが「これだ」とわかると、少なくともそのカテゴリーについては興味を失う。インターネットの記事も読まないし、お店にも行かない。街を歩いていてもその方向には注意が向かないので、結局、消費を閉じてしまう。

これこそ成熟のいいところだと思うんです。無駄なことをせず、気持ちが落ち着いている状態。「それ、単にジジイになっただけじゃないか」って言われたらそれまでなんですけど。

近年注目されているESGやサステナビリティという観点でも、成熟というものが企業にとってプラスに作用すると思います。無印やユニクロといった日本発の消費財のブランドには、日本の成熟を感じさせる魅力があります。

僕の友人に、中川政七商店の代表取締役会長をしている中川政七さんという人がいます。中川政七商店が取り扱っているのは工芸品です。工芸と聞くと古めかしいイメージを持たれるかもしれませんが、実際には非常にモダンなデザインのものもある。民芸品ではありません。要は、大量生産ではなく手仕事で作られているものです。

工芸の世界では、後継ぎがいないために途絶えてしまうメーカーが多い。そこで中川さんは、自社が運営する店舗やECサイトを工芸品を消費者へ届けるためのチャネルとして整えつつ、製造は得意だけれども経営には疎い工芸メーカーにコンサルティングに入って、商売としてうまく回っていくように支える事業を始めました。「日本の工芸を元気にする!」という独自のビジョンを掲げ、それを小売とコンサルの両輪で実践している。

彼のビジョンに強く共感し、僕の家ではお茶碗や湯飲みといった耐久消費財を中川さんのお店で購入しているんですが、本当に長く使える。ここにも日本の成熟の良さが表れています。

年齢を重ねてからの消費は、プロダクトよりもサービス、いわば経験財のほうに対象がシフトします。よく言われる、「モノからコトへ」。読書を楽しむだとか、ジムで身体を動かすということに、若い頃よりも時間を使うようになる。これも成熟の一側面です。

松下幸之助の言葉に「水道哲学」があります。水道をひねれば水が出てくるように、安価で良質なものを大量に供給することが企業の社会的な使命である。世の中にモノが足りなかった時代は、確かにそのとおりでした。しかし、今となっては松下さんのおかげで、モノはふんだんにある。成熟とはモノを買わなくなることです。その分、食事に出たり温泉に行ったりといった支出が増えていく。

成熟消費におけるもう1つの特徴は、1つのモノをずっと使い続けた結果、補充や修理をするようになることです。先日、僕が愛用しているジャケットがちょっと緩かったので詰めてもらおうと思い、お直しをやっていているお店をインターネットで調べてみました。すると、家の近所だけでも小さなお店がいっぱいある。そのうちの1軒にジャケットを持っていったのですが、とても繁盛している。そういうのって、すごく「イイな」と思うんです。自然にサステナビリティの方に世の中が動いている。

最近僕が買ったものを列挙すると、ユニクロの靴下、ユニクロのジーンズ、ZIPPOのオイル、トンボのスティックのり、フリクションの芯、パソコンのキーボード(このところ原稿を書きすぎてIのキーが壊れた)、ベースの弦など、消耗品しか買っていません。買い物がことごとく消耗品の補充である点が、若い頃と比べて自分も変わったなと感じます。で、洋服は擦り切れるまで着続ける。修理したり補充したりしながら長く使っていくことが、成熟した消費生活だと思います。

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画像: 消費と成熟―その2
消費を閉じる消費。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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