一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏
「資本主義と社会主義って本当に真逆なんでしょうか」。山口周氏の問題提起をきっかけに、これからの時代のあるべき「配分」についてお二人がディスカッションする。2022年3月16日にライブ配信した、楠木建氏と山口周氏による対談「資本主義のこれから」、その3。

「第1回:プロジェクトファイナンスと資本主義。」はこちら>
「第2回:イタリアに見る、資本主義の成熟。」はこちら>
「第3回:資本主義と社会主義は真逆なのか。」
「第4回:Q&Aライブ」はこちら>

もし世界がAmazonだけになったら

山口
あまり指摘されていないことですが、資本主義と社会主義って本当に真逆なんでしょうか。例えば、こんな思考実験をしてみます。

Amazonがこの先もどんどん大きくなって、ありとあらゆる企業を買収し、世の中にAmazonしかなくなってしまったとします。つまり、働いている人は全員Amazonの社員。Amazonは給料のほかに社食で料理を出す。家族も食べに来ていいよ、格安で美味しい食事ができますよ、と。家も社宅という形で提供する。病気になったらAmazon病院が手術してくれて、死んだらAmazon斎場で葬式まで挙げてくれて、Amazon墓地に納骨してくれるとする。要するにAmazonで働いている人にとっては、すべてがベーシックインカムとして入ってくる。そうなった場合、これは資本主義なんですか、社会主義なんですか、と。

画像: もし世界がAmazonだけになったら

資本主義の権化の最先端にいるAmazonの名を出しましたが、一般の企業でも、例えば会議室やコピー機を長時間独り占めすると怒られるわけじゃないですか。少しは周りの人のことも考えろ、とか言われて。なぜ怒られるかというと、企業が保有している資産は社員にとって共有財産、コモンズだからです。いろいろな道具や場所を共有してみんなで使うようになっているわけで、企業の内部は実はものすごく社会主義的だと思うんです。個人の成果に応じて給料を支払っている企業もありますが、多くの場合、なんとなく市民の階級みたいなものがある。部長市民は年収700万円、課長市民は600万円みたいな。そう考えると、資本主義と社会主義って、一般に考えられているような「真逆のもの」ではないと思うんです。

会社という「指令」メカニズム

楠木
今の話を聞いて僕はこう思います。つねづね言っていることですが、市場メカニズムが間違っているのは、最初と最後のところです。動機形成がお金、最終的な結果が「で、儲かりました」っていう。それで本当に幸せですか、という話になる。ところが市場メカニズムは、その中間の部分、効率的な資源配分がめちゃくちゃ得意なんです。

一方で社会主義はちょうどその裏腹で、最初と最後は正しい。つまり、人間の社会的な行動動機と、社会全体に幸福をもたらそうという最終目的。ところが中間の資源配分の性能が悪い。そこを克服するためには、人間がもっと上等上質になる必要がある。

山口
道徳を持って行動せよ、と。

楠木
行動を起こす際の判断に、社会全体に対するインパクトへの配慮が入り込んでいる状態です。ところがこれがなかなか難しい。社会主義は相当に強い人間、ヤル気がある人間の社会を前提にしています。ところが現実には弱者ほど社会主義を求め、ギラギラした人が資本主義を叫んでいる。本来、逆であるべきはずです。そこにねじれがある。人間がその水準に到達するまで、あと数百年かかると思います。今の段階で無理矢理に社会主義を導入しようとすると、1つしか手はない。それは、僕が3つしかないと申し上げた人間社会のガバナンスの原理の1つ、「指令」に戻ることです。

画像: 会社という「指令」メカニズム

要するに、リソースアロケーション(※)をだれかが中央集権的にやるしかない。ソ連が選んだ道がそれであり、現在強権主義国家と言われている国がやっていることです。今の周さんの思考実験のAmazonの比喩は、政治的野心はないのだけれど、会社という指令で動く傘のなかにみんなが入るということだと思います。

※ Resource allocation:経営資源を理想の状態で有効活用するための配分。

山口
ただ、配分を人の判断に頼ると、パフォーマンスにばらつきがあるし、年を取るとパフォーマンスが低下する。もし、社会主義を実現する3つめの方法論があるとすると、思想家の東浩紀(あずまひろき※)先生が提唱されている、Googleみたいなシステムが所得配分を決めるというのもありうるのかなと。

※ 哲学者、批評家。現代思想、表彰文化論、情報社会論を専門としている。株式会社ゲンロン取締役。

理想的な分配

山口
先日、政治哲学者のマイケル・サンデルさんとお話しする機会がありました。彼は昨年『実力も運のうち』という本を出されました。

彼いわく、アメリカではいわゆるメリトクラシー、つまり能力主義・実力主義の考え方が非常に強くて、能力が高いと高い報酬がもらえる。能力が低いと報酬が低くなるのは仕方がない、そしてそれはフェアで良いことだ、という考え方ですが、そもそも世の中で高く評価される才能の持ち主に生まれついたこと自体が、運だと。あるいは、「努力をすれば報われる」という信条が身についたのも教育のおかげなので、これも運。だとすると、「自分は貧乏な家に生まれたけど、世の中には金持ちの家に生まれた人もいる。そんなの不公平だ」ってみんな言うけれど、能力があったら儲けられるし、なければ儲けられないのと結局同じじゃないか、と彼は言うわけです。

そこでサンデルさんが提案しているのは、市場原理は残しておいていいし、稼げる人は思いっきり稼げばいい、と。けれども、人並外れて稼いだ分はちゃんと取り上げてみんなで分けるようにしないと、アメリカに明るい未来はないぞと。僕は、これからの資本主義はそれでいいと思うんです。

楠木
僕もまったくそう思います。スウェーデンはそれに近い。

山口
所得税率が8割近いですからね。稼ぎたい人は思いっきり稼げばいいけれども、そのほとんどは税金として取り上げられてみんなに分配される。このシステムだと、お金を稼ぐことを目的化するのを防ぐ効果があると思うんです。5千万円稼ごうが1億円稼ごうが、ほとんどが税金で取り上げられるとなったら、やっぱり本当にやりたいことをやって人生を送ろうとみんな考えるはずです。

楠木
僕が面白いと思うひとつの基準は、税申告の手続きの単純さです。申告の手続きが簡易であるほど、モラルセンチメント(道徳感情)が共有されているコミュニティと言えると思います。その点、スウェーデンにおける確定申告は非常に簡単です。領収書などの証明書なんて要らなくて、書類に書き込むだけでおしまい。一方でアメリカの確定申告の煩雑さは日本の比ではありません。だから、個人の会計の面倒を見る仕事が必要とされている。

スウェーデンの場合、GDPの半分以上が公共部門です。大企業で働く人たちの給料もそんなに高くない。稼ぎたい人は自分でベンチャーを起こすか、国外に出て働く。それでも、ちゃんと国籍を残して最後はスウェーデンに戻ってくる。

山口
ということは、それだけ暮らしやすいのでしょうね。

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画像1: 楠木建×山口周「資本主義のこれから」―その3
資本主義と社会主義は真逆なのか。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。

著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

画像2: 楠木建×山口周「資本主義のこれから」―その3
資本主義と社会主義は真逆なのか。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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