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泉谷閑示氏 精神科医・思想家・作曲家/山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
「頭」と「心=身体」がつながっていない人々に対抗するカギは、自分の感受性を守ることではないかと山口氏は指摘する。人間性を開放する第二のルネサンスへ向けて芸術本来のあり方を取り戻すために、泉谷氏の提言に期待を寄せる。

「第1回:物質的充足がもたらす実存的な問い」はこちら>
「第2回:生きづらさから救ってくれたもの」はこちら>
「第3回:『生きている音楽』とは何か」はこちら>
「第4回:『量』に負けず『質』を追求する」はこちら>
「第5回:経済システムから人間性を解放できるか」

自分の感受性ぐらい

山口
本日の対談の趣旨からは少し外れるかもしれませんが、現代の私たちの生活は、少なくとも表面上は西洋の生活様式に則ったものであり、議会制民主主義のような社会の仕組みも18世紀頃にヨーロッパで生まれたものを利用しています。音楽も同様で、今のポピュラー音楽は19世紀頃にヨーロッパで成立した近代の和声理論に基づいている、つまり西洋のシステムにのっとったものです。日本をはじめ世界各国で土着の音楽もあったのに、今やほとんどの国で音楽は西洋式システムに覆い尽くされています。これは、音階や和音に対して感じる心地よさや切なさといった感覚が、民族を問わず普遍性を持っているということなのでしょうか。

泉谷
そうでしょう。和声学などの西洋の音楽理論自体が、音と感情、感覚の関係というものを経験から抽出し、体系的にまとめて成立したものであろうと思います。われわれは西洋のシステムにただ染まったのではなく、地下水脈でつながっているということです。私は一昨年、CD(※)を出したのですが、その中で日本の歌を弦楽四重奏でアレンジすることを試みています。ちょっとお聴きになってみますか。

山口
……なるほど、音に対する感覚が民族や文化を超えて共有されているから、対立ではなく融合できるわけですね。

先生のCDを拝聴して、「頭」と「心=身体」がつながっていない人々の支配に抵抗するカギになるのは、やはり自分の求めているものにセンシティブになることではないかと思いました。茨木のり子さんの詩に、「自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ」という一節がありますね。自分の感受性を大切にすることは、ビジネスの世界でも必要であるはずです。

ビジネスとアートは別個のものであるように思われていますが、両者が分離したのは つい最近、20世紀に入ってからです。例えば運慶や快慶が属した慶派はある種の仏像工房でしたし、レオナルド・ダ・ヴィンチは貴族の結婚式の演出なども請け負うなど、今で言う広告代理店のような仕事をしていたそうです。絵を描くことも王侯貴族を顧客とするビジネスの一環として行っていました。このように自分の感受性をもって人を喜ばせる何かを提供すること、それは先生のおっしゃる「愛」を対象に向けることだと思いますが、それがビジネスというものの本来のあり方だったのではないかと思います。そのためにはアートが必要だったはずですが、いつしか分離してしまった。それがもう一度戻ってくる時代がやってくるのではないか、やってきてほしいと私は思ってきました。

※ 泉谷閑示(作曲・編曲・ピアノ)、米良美一(歌)、山本耕平(テノール)、ウェールズ弦楽四重奏団 『忘れられし歌 Ariettes Oubliées』(キングレコード)

画像: 自分の感受性ぐらい

内心にひそむ確信を語る

泉谷
ダ・ヴィンチの名が出ましたけれど、ルネサンス期には大学が教会との結びつきを強め空洞化してしまった一方で、経済的な繁栄を背景に市民文化が成長して芸術が発展していきました。現代も、経済的豊穣から先、どちらに向かって行くべきかという意味では、ルネサンス期に似通った面もあるかもしれません。ここから先、本当にルネサンス期のような文化芸術の復興があるかどうかは、権力や財力を持った人たちが「文化の質」に目覚めて、アクセサリー的な教養ではなく本物を知りたい、そのために生きた芸術にきちんとパトロネージ(援助)しなければならないと考えるようになれば、希望は持てると思います。

山口
そうなってほしいですね。

泉谷
先ほども言ったように、芸術が「感動」よりも「感心」を求めるものになってしまい、商業主義に走ってエンタテインメント化している面は否定できません。それにより、山口さんがそうであったように切実に救われる音楽を求めている人に本物が届かず、諦めてしまうという残念なことが多く起きているのではないかと心配しています。それは音楽だけに限った話ではないでしょう。

芸術が生き延びていくためには、多少の商業主義は仕方ない面もあります。けれど中心部の空洞化が起きている中で商業主義に走れば衰退するばかりです。これは社会全体で考えるべき問題であり、芸術に携わっている人たちも、単なる職業や生活の糧としてではない芸術本来のあり方を思い出すべきではないかと私は思っています。

山口
私はよく、25世紀の歴史の教科書で21世紀がどう書かれるかということを想像します。今の歴史の教科書では、12~13世記は宗教システムが主で人間が従の関係にあった暗黒時代だとされ、それが15世紀のルネサンスで解放されたと位置づけられています。それに対比させると、20世紀は経済システムに支配されて人間性がないがしろにされた時代と言えるでしょう。そこから人間を解放し、先生がおっしゃったように第二のルネサンスが到来したと、後の教科書に書かれるかどうかは、21世紀の100年間に文化・芸術をどう発展させるかにかかっています。

そのためには、教養人、知識人の方々が声を上げていかなければならないと思いますので、先生にはぜひこれからも積極的に苦言を呈していただき、また人間性をないがしろにされて心を痛めている人たちに救いの手を差し伸べていただきたいと願っています。

泉谷
そうですね。最近は私が投げかけた問題意識に共感してくださる方々がネット上などでも散見されるようになり、勇気づけられています。

山口
アメリカの思想家、ラルフ・ワルド・エマーソンが『自己信頼』というエッセイの中で「内心にひそむ確信を語れば、それは普遍に通ずる」という言葉を遺しています。私はこの言葉にすごく勇気をもらいました。私自身も自分の考えを、確信をもって語っていますし、先生がご著書で語られている、愛が大切な根幹であるという確信にも勇気を頂いています。

司馬遼太郎の著作に『洪庵のたいまつ』というエッセイがあって、緒方洪庵は恩師から受け継いだたいまつの火を、弟子たち一人ひとりに移し続け、その弟子たちのたいまつの火の群が日本の近代を照らす大きな明かりになったと書かれています。私も先生のたいまつの火を受け継いで、灯し続けていかなければと、改めて思いました。

泉谷
私の著作は毎回、「これで自分は世の中から抹殺されるんじゃないか」という怖さを感じつつ出しているのですが(笑)、そうならないのは希望が持てるということですね。この対談をお読みのビジネスリーダーの皆さんにも問題意識を共有いただくことで、社会が変わっていくことを期待しています。

画像1: 芸術に「質」を取り戻す 生きる力を支えるのは本物の感動
【その5】経済システムから人間性を解放できるか

泉谷 閑示(いずみや・かんじ)
東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経精神医学教室、財団法人神経研究所附属晴和病院等に勤務の後、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、精神療法を専門とする泉谷クリニック(東京/広尾)院長。大学・企業・学会・地方自治体・カルチャーセンター等で講義や講演を行うなど、精力的に活動中。TV、ラジオではニュース番組、教養番組に多数出演。舞台演出や作曲家としての活動も行なっており、CD『忘れられし歌 Ariettes Oubliées』(KING RECORDS)等の作品がある。
著書に、『「普通がいい」という病』(講談社現代新書)、『反教育論』(講談社現代新書)、『仕事なんか生きがいにするな』(幻冬舎新書)、『本物の思考力を磨くための音楽学』(yamaha music media)他多数。

画像2: 芸術に「質」を取り戻す 生きる力を支えるのは本物の感動
【その5】経済システムから人間性を解放できるか

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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