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株式会社日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO 植田達郎/株式会社ZENTech取締役 石井遼介氏
『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏と、日立の金融ビジネスユニットCEO植田達郎との対談。第3回は、グローバルのリーダー、そしてイノベーティブな組織づくりについて、ディスカッションが行われた。

「第1回:心理的安全性とは?」はこちら>
「第2回:正解のある時代と、正解のない時代」はこちら>
「第3回:『挑戦の総量』を高める」
「第4回:思考や言葉と距離をとる」はこちら>
「第5回:リモートだからできること」はこちら>

グローバルでも日本でも、重要なのは目の前の人

植田
今、日立では、グローバルでのビジネス展開が急速に広がっています。例えば国や文化の違う人たちの中に入って、リーダーシップを発揮していかなければならないケースも増えているのですが、そのような場面で心理的安全性をつくるために意識しておくべきことはありますか。

石井
「海外だから」とひとくくりにするのではなく、目の前の人に目を向けることが大切だと考えています。日本でも、上と下、世代間のギャップ、価値観の差はかなりありますよね。何十年か前の日本には、職場というのはこういうところだという共通認識が存在していたと思います。けれども、今は価値観も人材も多様化してきているので、例えば自分が理解できない新卒の人たちをどう理解するか、という話と、海外で違う背景、文化で育ってきた人たちをどう理解していくかというのは、基本的な向き合い方はそれほど変わらないと思っています。もちろん、言語の壁はあるとは思いますが。

画像: グローバルでも日本でも、重要なのは目の前の人

つまり、海外だから何か特別なことをするというよりは、目の前の人に合わせたコミュニケーションを大切にするという原理原則は変わらないはずです。自社の新卒であれ同僚であれ、上司であれ、その意見の背景にはどういうことがあるのか、どうしてそう考えたのかという裏側の思考のプロセスを理解しようと質問し聞いてみる。そのうえで確かにその視点を取り込むと、もっと良くなりそうだなとか、いろんな視点をテーブルの上に並べた上で、それならこの方針で進めてみよう、そういう柔軟性が大事なのです。

ある意味、自社のメンバーと向き合うときも、「日本人同士だからわかるでしょう」という感覚を捨て、グローバルに対応する感覚でやっていただいたほうが、むしろ同じ方向を向きやすいんだと思います。

植田
私もグローバルで仕事をした経験がありますが、やはり今の石井さんの言われたとおり重要なのはその人と自分との関係だと感じました。目の前の相手を理解しよう、そして相手にも理解してもらおう。そんな1対1の関係性を積み上げていくことからしか、リーダーシップは発揮できないですからね。

石井
アメリカ人だからどうとか、インド人だからこうでしょ、みたいな既成概念はかなり粗い感覚ですよね。仮説や予断を持つことは役に立つこともありますが、そこに固執すると現実を捉えそこねる。重要なのは、一人ひとりを理解しようと、よく見てよく聴くことなんです。

社会イノベーションのための横断的な組織

植田
日立は、社会課題を解決するための社会イノベーションという方向性で事業を進めています。社会課題という大きな問題を解決していくためには、日立だけの力では難しいので、さまざまな企業や団体、有識者の方々と協力しながら取り組む「協創」という考え方で事業を展開することによって、いかに社会に貢献できるかということが大きなテーマとなっています。

組織にとらわれることなくイノベーションを追求していくために、私たち金融ビジネスユニットでは2020年の10月に、「スケール・バイ・デジタル推進室」という部署を立ち上げました。スケール・バイ・デジタルというのは日立のコンセプトワードで、これからのビジネスではIoTをはじめすべての基盤はデータです。膨大なデータを収集し、解析するというデータドリブン、これをデジタルと定義して、その力をITだけではなく鉄道やエネルギーなどのインフラにも広げていくということがスケール・バイ・デジタルという言葉には込められています。

われわれは金融機関さまに向けた仕事をしていますが、先ほどもお話しした通り、これからはさまざまな業種や企業さまとのつながりの中で新しいビジネスをつくっていかなければなりません。この他業種連携を推進するためにつくられたのが、「スケール・バイ・デジタル推進室」です。

石井
1年間では、まだまだ具体的な成果はこれからだと思いますが、その新組織の状況はいかがですか。

植田
これが、「難しい」という話が出てきています。でもそれは、まずはいいことかなと思っています。

石井
私もそれはいいことだと思います。本当は難しい状況なのに、「大丈夫です」と言って、最後になってみたら大丈夫ではなかった、というのが一番怖いですよね。

画像: 社会イノベーションのための横断的な組織

植田
おっしゃるとおりです。彼らの話を聞くと、その難しさというものがいろいろな事例で、かなり具体的に「ここまではうまくいったけど、やっぱりここを乗り越えるのが難しいんです」ということが見えてくるようになりました。これは、いい傾向だと思っています。もちろん成果が出ている部分もあります。

石井
私たちもSAFETY ZONE®という組織診断サーベイで、クライアント組織・チームの心理的安全性を計測しています。実際に調査してみると、「新規事業室」や「イノベーション推進室」といった、心理的安全性の「挑戦」という因子が高くあるべき組織で、逆に低かったりするんです。7割くらいのイノベーション系の組織で低いですね。それぞれのチームに話を聞いてみると、「新しいことに挑戦をするように」と掛け声はかけられるのに、その評価は「素晴らしい成果が出たら、はじめて褒めてあげよう」というモデルになっています。

挑戦を加速するには、その挑戦が成功か失敗か結果が出る以前に、挑戦していることや、新しいことを試そうとしていること「そのもの」を歓迎できるかが重要だと考えています。なぜかというと、挑戦してうまくいく確率は低いからこそ挑戦なわけですよね。さらに、植田さんからもお話いただいたように「ここまではうまくいったけれど、今ちょっとつまずいています」と、未知への挑戦には途中でいろいろなトラブルも起きます。なにより、うまく進められたとしても挑戦から成果が出るまではやっぱり時間がかかります。

つまり、放っておくと通常は「挑戦なんて、するだけ損」なのです。多くの人は損なことはしたくないですよね。だから多くの企業・組織で行われる「挑戦せよ」と掛け声はかけられるものの、最終的に成果がでて初めて評価がされるというスタイルでは、組織やユニット全体の「挑戦の総量」は減る一方です。何か新しいことを試したこと自体が素晴らしいという感覚を、その組織で持てるか。たとえ失敗におわり、あるいは軌道修正を余儀なくされたとしても、挑戦したメンバーが「挑戦してよかった!」と思えるかどうか。それが、「組織の挑戦の総量を増やす」第1の注力ポイントなのです。

植田さんからみて、「スケール・バイ・デジタル推進室」は、そういった感覚はいかがでしょうか?

植田
持っていると信じています。石井さんが言われたことは本当にそのとおりで、先ほど「難しいです」という報告があがってくるといいましたが、彼らが報告にくるとき、楽しそうとまではいきませんがポジティブな顔つきをしているんです。

石井
それは素晴らしいですね。

植田
それがまさに、いい感じかなと思っています。これからはそれを私が評価して、ポジティブな人が増えるような状況にしていきたいです。

石井
やっぱり本当の意味で成果を出すためには、高圧的に詰めるような方法では難しいですよね。ポジティブな顔をして「難しいです」と言ってくる部下を評価できる植田さんご自身が、おそらくこれまでもいろいろ取り組まれる中で、自分を変えることで成果が上がってきた、といった体験を積まれてきた方なのかなと、お話を伺いながら思いました。

植田
それはあるかもしれません。いろいろな状況の中で、自分のやり方とか、なぜそういうふうに物事を受け止めるのかといった自分のくせみたいなものはすごく意識していて、だからこそ別の受け止め方なり、別の見方を尊重するということはあると思います。そういった漠然と頭の中にあったものが、『心理的安全性のつくりかた』にはまとまった形で書かれていて、それが私に響いた要因なのかもしれません。

石井
植田さんが取り組まれてきたことが言語化されたものを見れた、あるいは「自分が言いたかったのはこういうことだ」という感覚があったからこそなのでしょうね。ありがとうございます。(第4回へつづく)

「第4回:思考や言葉と距離をとる」はこちら>

画像1: 心理的安全性のつくりかた
【第3回】「挑戦の総量」を高める

石井遼介 Ryosuke Ishii
株式会社ZENTech 取締役 一般社団法人 日本認知科学研究所 理事 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員 東京大学工学部卒 シンガポール国立大経営学修士(MBA) 修了 研究者 / データサイエンティスト / プロジェクトマネジャー

組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017 年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。

画像2: 心理的安全性のつくりかた
【第3回】「挑戦の総量」を高める

植田達郎 Tatsuro Ueda
株式会社 日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO
1987年日立製作所入社。2012年 情報・通信システム社金融システム事業部メガバンク統合推進本部長。2019年金融ビジネスユニットCOOを経て、2021年4月から現職。

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