株式会社日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO 植田達郎/株式会社ZENTech取締役 石井遼介氏
『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏と、日立の金融ビジネスユニットCEO植田達郎との対談。第2回は、正解のある時代と正解のない時代について、ディスカッションが行われた。

「第1回:心理的安全性とは?」はこちら>
「第2回:正解のある時代と、正解のない時代」
「第3回:『挑戦の総量』を高める」はこちら>
「第4回:思考や言葉と距離をとる」はこちら>
「第5回:リモートだからできること」はこちら>

正解のない時代に入った金融の世界

石井
私たちが普通に暮らしていても、今の金融の世界というのは大きく変化しているように感じます。その変化について、教えていただけますか。

植田
皆さまご存じのとおり、今は低金利の世の中ということで金融の世界、特に銀行系の会社さまは、預金を集めてそれを貸し出して利益を出す、という従来のビジネスモデルが成り立たなくなってきている状況があります。そういった中で、われわれのお客さまである金融機関さまも、いろいろな業種業界とつながって新しいビジネスモデルをつくり出そうとされています。

特に今は環境問題、カーボンニュートラルという大きな流れがありますので、やはり環境や社会に寄与するESG投資のような仕組みを、お客さま自身が模索されていて、環境という社会問題の解決、それを促進するような金融に非常に力を入れていらっしゃいます。われわれはそのようなお客さまをサポートするような仕組み、仕掛け、プラットフォーム、これをつくっていきたいと思っています。

金融機関さまのシステム開発や構築をお手伝いさせていただく私たちも、お客さまと一緒にどのようにして他業種とのつながりを含めた新しいビジネスをつくっていくのかが問われています。これまでのミッションクリティカルの世界では、決められたミッションを要件どおりにつくって確実に動かすということが最重要課題でしたが、これからはまったく求められるものが変わってくる。私たちもイノベーティブなことを考え、実行する必要があるというのが現在の状況です。

これまでの組織を、クリエイティブに変革していく、そういう時期だからこそ、心理的安全性がより重要だと思っています。

画像: 正解のない時代に入った金融の世界

石井
変化が少ない時代や領域では、上司やベテランの人が、ある意味で何でも知っているわけですよね。何かトラブルが起きても、「それは5年前に経験したことがあるから、こうするといいよ」と指示してあげられる。それが過去の「正解がある時代」です。

ところがこれからの時代は、「正解のない時代」です。上司もベテランも、経験したことのないことにチャレンジしていかなくてはなりません。指示できる人はいないし、指示を待っている人は何をしていいのかわからない。植田さんのおっしゃった他社や他業種との新しいコラボレーションなんて、何について検討していいのかさえわからないところからスタートすることも多いわけですよね。

そのとき、チームのメンバーで「なんか、その会社さんとコラボレーションするなら、ちょっと僕は気になっていたことがあって」というようなディスカッションが気軽にできる。あるいはプロジェクトが進捗していく中で、「これってこのシステムの専門家が見たとき、そのうち問題になりそうな気がするんですけど」といったことを言ってもらえるかどうか。リーダーも完璧ではない、上司も答えを知らない、そういう立ち位置に立つという転換が重要だと思います。

私も大きな会社さまを何社か見てまいりましたが、やっぱり大企業では「上の人の言うことが正しい」、あるいは「上の人を間違わせてはならない」、といった頑張り方をメンバーの方々がしてしまうことがあります。それは実はこの時代にはマイナスで、これからはわからない中でみんなで話をして、おそらく筋がいいのはこっちだからと走りはじめる。そういった心理的安全性をベースに、間違い前提、軌道修正前提の進め方の方がうまくいく時代になってきているのだと思います。

問われているのはリーダーの心理的柔軟性

植田
まさにそうだと思います。私たちのミッションクリティカルな仕事というのは、過去のいろいろな経験の積み重ねでプロセスやナレッジが揃っているのです。むしろそのナレッジこそが財産だという意識でした。しかし、これからの時代の新しい事業では、ナレッジがないしこれからつくっていくべきものですから、今の石井さんの話はよく理解できます。

こういった大きな変革を迫られているのは、金融だけではないと思います。石井さんがさまざまな企業を見られたとき、どこも同様の悩みを抱えているという印象を持たれますか。

画像: 問われているのはリーダーの心理的柔軟性

石井
悩みは同じかもしれませんが、解決策は同じ組織でもチームごとに違います。もともと心理的安全性の高い組織・チームであれば、お互いにアイデアや意見を言い合うことや、挑戦を促進するところからスタートしやすいでしょう。

一方で、これまで徹底的に高圧的なマネジメントしかしてこなかったチームでは、「これからは心理的安全性が大事です」とリーダーが話そうとしても、メンバーからすれば「いや、まず問題なのは、私たちじゃなくてあなたの普段の高圧的な態度ですよね…」といった話になってしまいます。やっぱり組織ごと・チームごとに、どう導入していくか。リーダーシップとしての心のしなやかさ「心理的柔軟性」が問われることになります。

メンバーから寄せられる耳の痛い意見やミスやトラブルの報告に対して、「この人に言ってよかった」と思ってもらえるようなオープンな聴き方をしたり、たとえ上手くいかないことが続いても、しなやかに、また別のアプローチを試みる。そんなチームリーダーの心理的柔軟性が大切です。

私たちも、組織に心理的安全性を構築したいお客さまから「結局、何をどうすればいいんですか」と正解のティップス(ちょっとしたコツや小技)を求められたりもします。しかし「どうしたらいいか」は、他でもないそのお客さまの組織やチーム、そして目の前の相手があってのことなので「チームや、目の前の人の文脈を無視したティップス単体」では、なかなかうまく活用できません。もちろん参考になる事例やおすすめのティップスもあるにはありますが、「正しいやりかたそのもの」から逸れないよう粛々と正解を執行することではなく、なにより大事なのは、目の前のメンバーの反応を見ながら対話し、軌道修正し、一緒につくっていく、その柔軟さです。

『心理的安全性のつくりかた』も、だからこそ理論から積み上げていく形で体系を示すという方法でつくりました。「50のティップス」のような本より、応用は利くけれども読み解くのは難しいはず。ある意味、日本の読者を信じた書き方をした結果、読者に恵まれ骨太なこの本を多くの方に注目いただくことができました。日本には「自分からリーダーシップを発揮して、組織・チームをよりよくしていくぞ」という思いを持って、学びながら前に進もうとされる方が多いんだな、とうれしく思いました。(第3回へつづく)

「第3回:『挑戦の総量』を高める」はこちら>

画像1: 心理的安全性のつくりかた
【第2回】正解のある時代と、正解のない時代

石井遼介 Ryosuke Ishii
株式会社ZENTech 取締役 一般社団法人 日本認知科学研究所 理事 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員 東京大学工学部卒 シンガポール国立大経営学修士(MBA) 修了 研究者 / データサイエンティスト / プロジェクトマネジャー

組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017 年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。

画像2: 心理的安全性のつくりかた
【第2回】正解のある時代と、正解のない時代

植田達郎 Tatsuro Ueda
株式会社 日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO
1987年日立製作所入社。2012年 情報・通信システム社金融システム事業部メガバンク統合推進本部長。2019年金融ビジネスユニットCOOを経て、2021年4月から現職。

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