「第1回:心理的安全性とは?」
「第2回:正解のある時代と、正解のない時代」はこちら>
「第3回:『挑戦の総量』を高める」はこちら>
「第4回:思考や言葉と距離をとる」はこちら>
「第5回:リモートだからできること」はこちら>
『心理的安全性のつくりかた』との出会い
植田
本日はよろしくお願いします。まずはじめに、私の方から簡単に自己紹介をさせていただきます。私は、1987年に日立製作所に入社しました。それからずっと金融機関さま向けのシステムエンジニアとして仕事をしてきました。特に若い頃は、システムと全体の構造を設計する、いわゆるシステムアーキテクトを主に担当しておりまして、金融機関さまのミッションクリティカルといわれる信頼性の高い、かつ高度な処理能力が要求されるプロジェクトにたずさわってきました。
そういう経験を経まして、現在は金融機関さまのシステム設計を統括する立場で、われわれのSE事業のとりまとめをしております。
石井
ありがとうございます。私は石井遼介と申します。株式会社ZENTechの取締役をつとめておりまして、心理的安全性を世の中に広めていくこと、より働きやすく成果の出る組織を増やすために、講演・研修・サーベイ開発等、さまざまな活動を進めています。
元々は私も精密機械系の出身なんです。精密機械の中でもソフトウエア系でした。学生の頃からシステムを作っていました。その流れで、今もデータサイエンティストとして、心理的安全性の切り口で組織のデータを可視化、分析するといった研究を行っています。
植田
今日の対談は、私が石井さまのご著書『心理的安全性のつくりかた』を読ませていただいて、非常に感銘を受けまして、ぜひ一度お話しさせていただきたいと思い、お願いした次第です。
石井
ありがとうございます。できれば“石井さま”ではなく“さん”でお願いいたします。(笑)
植田
わかりました。私が『心理的安全性のつくりかた』に出会ったのは、コロナ禍という状況が関係しています。2020年より新型コロナウイルスの感染拡大状況になりまして、緊急事態宣言も発出され、われわれの会社も極力リモートワークへ移行となり、これまでのような対面でのコミュニケーションが前提の働き方が困難な状況になりました。
私自身も組織をマネジメントしていくうえで、組織のメンバーとのコミュニケーションを考え直さなくてはいけない。率直に言うと、これからのコミュニケーションに不安を感じていました。そのようなときに、ネットで『心理的安全性のつくりかた』というタイトルに興味をもちまして、すぐに購入して読ませていただきました。
読んでみると、当時の自分が置かれている状況の中で、これまでのやり方を反面教師のように指摘されたようで、身につまされる内容でした。そして心理的安全性という考え方が、本当に腹落ちしたんです。
まず石井さんにお聞きしたいのは、心理的安全性という概念を研究されるきっかけについてです。
心理的安全性の基礎知識
石井
元々は、組織やチームというより一人の個人が、どうしたら輝けるかということに興味がありました。自分ひとりでメンタルをトレーニングできるワークシートを精神科医の友人と開発し、共著で書籍も出版しました。ただ、ワークシートを実施した中には、その場で成果は出たものの、やはりメンタルの状態がもう一度落ち込んでしまう人たちがいました。
どういった人たちかというと、やはり状態のよくない会社や組織に所属している人だったんですね。つまり、一人ひとりの個人が輝くためにも、個人だけを見るのではなく組織やチームに目を向けることが重要だと思うようになったのが、組織やチームの状態、とくに「心理的安全性」に目を向けたきっかけです。
植田
そこからスタートした心理的安全性について、少しレクチャーしていただけますか。
石井
心理的安全性はひとことで言ってしまうと、地位や経験にかかわらず、誰もが率直な意見や素朴な疑問をお互いに言い合えるということです。恐れることなく言い合えるのが心理的安全性の高い組織やチームです。これだけを聞くと素朴で当たり前な概念だと思われるのではないでしょうか。
チームでやるような部活動をしている中学生、高校生に、「何でも言い合えるチームと、先輩の言うことは絶対で一切口答えしてはならないチーム、半年練習したらどっちがより成長していると思いますか」と聞いたら、子どもたちは「何でも言い合えるチーム」と答えると思います。そのぐらい当たり前に大切なことなんです。
ところが、組織が大きくなっていく、階層がたくさん増えていく、時に派閥が生まれると、なかなか組織の隅々まで浸透させることが難しくなってしまう。率直な意見が言い合えなくなる、それは心理的安全性が守られていない状態です。
チームの心理的安全性は、元々は病院のミスについて調べた研究から発展してきました。ミスの発生件数を記録したところ、治療成績のよいチームのほうがミスが多いということがわかりました。普通に考えれば逆の結果、つまり治療成績がよい方がミスが少なくなりそうです。そこでより詳しく調べたところ、治療成績のよいチームは、ミスがあったときにちゃんと報告を上げることができる。しかし、治療成績が悪いチームは、ミスがあっても隠して報告しないので、表面上ミスの数が少なく見えていた。
ミスをしたときには、誰しも「これは、上に言ったら怒られるから、黙って自分で処理しておこう」と、考えてしまうものです。そういうときにちゃんと報告ができれば、大惨事を未然に防げるかもしれません。あるいは、自分のミスをチームで話し合えれば、「それはヒューマンエラーで誰しも起こす可能性があるから、プロセスを見直そう」という手当ができるかもしれません。それが心理的安全性です。
植田
私が身につまされたのも、まさにそこなんです。ご著書の中ではもっと直接的に、“心理的非安全性”、心理的に安全ではない環境をつくりやすいマネージャーというのは、多分嫌なことを聞きたくないだけだという表現がありました。それは、過去の自分が部下から報告を受けるときの姿が映し出されているような気がしました。
ただ、そのあとに「変えられないものを、ありのままに受け止める」という表現がありました。聞きたくないことも、事実として変えられないことはありのままに受け止める。この2つの文章を読んだときに、いろいろなことが納得できて、すごく楽になったのです。
石井
ミッションクリティカルなシステムの世界では、「エラーがあってはならない」という話と、「エラーに関する“報告”はしてはならない」という話を混同しがちだと思うんです。もちろんエラーを減らしていくように最大限のことはする。ただし本当にエラーをなくすためには、小さなミスや予兆、懸念の報告をどんどんあげてもらった方が、結果として本当の意味でミッションクリティカルになるはずです。
植田
おっしゃるとおりです。(第2回へつづく)
石井遼介 Ryosuke Ishii
株式会社ZENTech 取締役 一般社団法人 日本認知科学研究所 理事 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員 東京大学工学部卒 シンガポール国立大経営学修士(MBA) 修了 研究者 / データサイエンティスト / プロジェクトマネジャー
組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017 年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
植田達郎 Tatsuro Ueda
株式会社 日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO
1987年日立製作所入社。2012年 情報・通信システム社金融システム事業部メガバンク統合推進本部長。2019年金融ビジネスユニットCOOを経て、2021年4月から現職。
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