「第1回:パンデミックと『新しい公共性』」はこちら>
「第2回:次なるシステムへの期待」
「第3回:ネコの視点から都市を見る」はこちら>
「第4回:東京に多様性を取り戻す」はこちら>
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「私有」に代わる発展システムを
山口
公共空間と私有空間は所有形態という軸ですが、これに時間軸が加わるとまた違う様相も見えてきますね。例えばパリと東京を比較すると、パリの住宅は賃貸が主流で築200年、300年というような建物に住む人も多く、自分の家と行っても時限的に占有しているという感覚に近いと思います。したがって先人から預かったものを設え、直しながら後世に譲り渡していくという形で維持していくので都市の景観に一貫性があるし継続性も生まれやすいのではないでしょうか。
隈
東京をはじめとする日本の都市で私有空間が増えていったのは、基本的には戦後の流れです。復興を進めるため、私有化によってお金を回し、スクラップアンドビルドで建設業が潤い、それが他の産業にも波及するという日本型の経済循環構造が形成されました。それが戦後日本の経済発展とともに政治的な安定も支えてきたわけです。今から考えれば、ヨーロッパのように私有エンジンに頼らず、例えば観光などの建設以外の産業で経済を回していく方法もあったでしょう。建設業に対しての依存が強すぎた戦後の潮流が、短期間に東京のような都市をつくり上げてしまったと言えます。
山口
50年足らずでほぼ今のような姿となったわけですものね。
隈
そのために弊害も起きているものの、それに代わる発展システムがまだ見いだせないことに問題があると思います。ただ最近では、リノベーションへの関心が高まっていますね。古い建物に手を加えながら受け継いでいくことに憧れを持つ若い人たちが増え始め、新しい潮流が生まれつつあることには希望を感じます。
山口
リノベーションというと、かつて黒川紀章を中心とした建築家のグループが提唱した「メタボリズム」という建築思想が想起されます。
隈
黒川さんのメタボリズムという考え方には共感しています。スクラップアンドビルドではなく、時代に合わせて少しずつ中身を変えていけばよいという、まさに今日の新しい潮流とも一致する考え方です。けれども黒川さんはその思想をカプセル建築という形で表現したことから齟齬が生じました。代表作の中銀カプセルタワービルは、実際のところカプセルを一つずつ交換することが困難な構造だったため、一度もカプセルが交換されることなく、残念ながら解体される予定となってしまいました。
山口
思想は優れていても工学的な限界というものもあり、現実と分けて考えなければいけないということですね。
隈
確かに当時の、戦後日本を支えたエンジニアリングは、細やかな新陳代謝には向いていなかったと思います。
デジタルが可能にする新しい建築
山口
西洋建築史学者の加藤耕一さんは、『時がつくる建築』に次のようなことを書かれていました。西洋建築には「再開発」、「再利用」、「修復・保存」という三つの考え方があり、古代から16世紀までのヨーロッパでは再利用が当たり前だった。古代ローマのコロセウムが中世に軍事要塞に転用されるなど、長い時間軸で見ると建物の用途は時代とともに変わり、それに従って手入れや改修を行うものだった。再開発が行われるようになったのは16世紀以降、修復・保存されて文化財として利用されるようになるのは19世紀以降だということです。つまり建築の歴史では、最初からきっちり設計するというよりも、手を加えながら再利用していくような、完成形のない建築の時代が長く続いてきたということですね。
近代では建築家という存在が登場し、その設計通りにつくったものが完成形であると位置づけられています。近代建築の三大巨匠、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトのような建築家の設計した建物は作品と呼ばれ、できるだけ最初の状態を維持するための修復や保存が行われています。でも、歴史的に見てみるとこのような時代は短く、今後また建築のあり方が変化していく可能性もあると思うのですが。
隈
それは十分に考えられます。ただ建築家という存在が図面を書いて、それを人が複製したり現実化したりすることが行われるようになったのは、おっしゃるよりも古く、ルネサンス期までさかのぼります。その代表がレオン・バティスタ・アルベルティで、建築に関する理論をまとめた『建築論』なども著しています。建築だけでなく工業全般において、職人の経験や伝統に頼っていた中世的なものづくりに、数学や工学の視点が取り入れられるようになったのがルネサンス期であり、それによって建築家という特権的な存在が現れたのです。
以降そのシステムが連綿と続いてきましたが、19世紀から20世紀にかけて工業化が進展し生産システムの高度化が進んだとき、変わる可能性はあったと思います。実際、近代建築の三大巨匠たちはヨーロッパの古い様式に従った建築、特権的な建築家といったものを否定して世に出たのです。ところが彼らが新たな権威となってしまい、変革のチャンスを逃してしまった。
コンピューターの登場によって工学が根本的に変化したことで、近年、建築の世界ではアルベルティ以来のシステムが変わる可能性が指摘されています。絶対的な図面がなく、絶えず設計を修正し続けていく、無限修正システムのようなものが可能になるのではないか、と。
山口
アントニ・ガウディのサグラダ・ファミリアのような感じでしょうか。
隈
そうですね。現在ではデジタル技術によって図面から生産に至るプロセスもシームレスにつながるようになり、修正も難しいことではなくなりました。僕は「足し算的なシステム」と呼んでいますけれど、これまでのような引き算による抽象化ではなく、新しいものをどんどん加えて修正していくという建築システムが実現しつつあります。そのことが建築のあり方を変えていくかもしれません。(第3回へつづく)
隈 研吾(くま・けんご)
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。
山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。