山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/隈研吾氏 建築家 東京大学特別教授・名誉教授
ホワイトカラーの6~9割がリモートワーク可能であるとする予想を受け、山口氏は移住が進む可能性があるという。人だけでなく企業も都市にある必要性がなくなると、東京という都市のあり方が変化するかもしれないと隈氏は期待する。

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リモートワークの普及がもたらす変化

山口
これからの都市のあり方に関連して、最近、興味深い予測が出されました。アメリカのシンクタンク、マッキンゼー・グローバル・インスティテュートは、アフターコロナの働き方を予測したレポート「The future of work after COVID-19」の中で、世界の主要国における800以上の職業、2000の仕事内容を分析し、リモートワークが可能な割合を業界ごとに示しています。金融・保険が76~86%、マネジメントが68~78%、エンジニア・研究者は62~75%、ITでは58~69%などの数字が並び、いわゆるホワイトカラーの仕事の6~9割がリモートワーク可能だとしています。

あくまで予想ですから現実になるかどうかわかりませんが、思考実験の材料としてはおもしろいものです。仮にホワイトカラーの8割がリモートワークになると、丸の内のような街は人がほぼいなくなるかもしれません。国勢調査のデータでは東京都の昼間就業者は約800万人とされていますから、このうちの約3分の1がホワイトカラーで、その8割がリモートワークになると考えると、200万人ぐらいは東京に住む・通勤する必然性がなくなるわけです。もしそうなると、その分の空白が生じます。

ベルリンやニューヨーク、パリなどでは、都市の空白地帯や荒廃した地域にアーティストやクリエイターが移り住み、独特の文化を生み出しました。東京では近年、鉄道高架下空間の活用も始まっていますが、おっしゃったように私有地ばかりで空白地帯がありません。けれど、もしかすると将来、丸の内がゴーストタウンや空白地帯になり、そこで何か新しいカルチャーが生まれるかもしれない。想像すると期待も高まります。


もしホワイトカラーのほとんどがリモートワーカーになるという時代が到来すると、居住地だけでなく会社も都市にある必要性がなくなり、戦後ホワイトカラーの都市につくり替えられていった東京という都市のあり方が、再び変化する可能性がありますね。そのときにカギとなるのは、東京の公共交通システムをうまく生かすことだと思います。

東京の公共交通、特に鉄道は、環状線から私鉄が伸びて郊外の主要な地点を効率よく結ぶ、とてもよくできた構造をしています。この公共交通システムはフランス人から高く評価されていて、僕はパリ市に招かれて市の職員に講演を行ったこともあります。

山口
意外なところで評価されているのですね。


ええ。パリという街は、かつての城塞の内側にあたる地域に人口が集中して超過密状態となっていることに加え、外側への交通が不便なことが課題となってきました。そこでパリを郊外に拡張する再開発事業「グランパリ計画」が進められ、その一環として、山手線をモデルにした郊外の地区を結ぶ環状鉄道「グランエクスプレス」の建設を進めています。

そのように海外からも評価されるような優れた公共交通システムが東京にはあるのですから、それを生かすことによって、ホワイトカラーだけでなくさまざまな人が混在した街につくり替えていくことは、壮大な社会実験になり得ると思います。

山口
多様性を高めていくということですね。

画像: リモートワークの普及がもたらす変化

都市に集まる必要がなくなる


かつての江戸は、武士と町人が比較的近いところに暮らす街でした。その背景には武蔵野台地と谷が入り組んだ複雑な地形があります。低いところには商人や職人が住み、高台は武家屋敷というふうに町割が混在していました。地形そのものは現代になってもほぼ変わらないわけですから、江戸のような混在が東京に取り戻せるとおもしろい都市になるでしょう。

山口
街の成り立ちが地形に影響されるということは、中沢新一氏が『アースダイバー』のシリーズで書かれていますね。学術的には反論もあるようですが、縄文時代の地形から現在の街の姿やそこに住む人の精神性を読み解くというのは着眼点としては興味深いと思います。


ここ青山はちょうど台地と谷の端境にあたるので、縄文の遺跡もあり、墓地もあるというふうに、もともと多様性がある街でした。それが昨今はどんどんホワイトカラー的なものに攻め込まれ、画一化が進んでいます。それは喜ばしいことではないと感じます。

山口
ホワイトカラーの仕事を製造業にたとえると、情報という材料を加工して情報を出力する工場であると言うことができます。つまり脳が工場ということです。一般的な製造業では、土地が安く交通の便がよいところに工場を置き、材料や製品を移動させて生産活動を行います。一方でホワイトカラーの場合、脳が工場ということは、材料ではなく工場のほうを移動させて生産活動を行っていることになります。地価の高いところにつくったオフィスに工場を集めて、材料である情報のほうは動かさない。考えてみると不思議な仕組みですよね。インターネットが登場してもその仕組みは変わらないのはどういうことなのか、私はずっと疑問に感じていました。

しかしコロナ禍によって、工場を動かさずに情報を動かすリモートワークで仕事は回るということに気がついた人も多いのではないでしょうか。実はホワイトカラーほど都市に集まる意味がなくなっているのです。身体感覚や物理的な接触などの必要性がある場合は現実世界で集まればいいし、必要がなければ集まらなくてもいい。私の知人でも東京から地方に移住する人が出始めていますが、好きな場所に住んで働けるという社会になると、日本の景色も大きく変わっていく可能性があります。(第5回へつづく)

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画像1: 自由になると見えてくる、新しい公共性
アフターコロナ社会の都市と建築のかたち
【第4回】東京に多様性を取り戻す

隈 研吾(くま・けんご)
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

画像2: 自由になると見えてくる、新しい公共性
アフターコロナ社会の都市と建築のかたち
【第4回】東京に多様性を取り戻す

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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