山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/隈研吾氏 建築家 東京大学特別教授・名誉教授
感染症対策によって進んだ人々の行動変容は、公共空間に対する意識の変化をもたらし、暮らし方や働き方を問い直す動きを加速させている。コロナ禍の中で開催した展覧会を通じ、新しい公共性のあり方を示し、都市をネコの視点から見ることを提案した隈研吾氏。現代日本を代表する建築家は、その提案にどのような思いを込めたのか。「都市が大きな転換点を迎えている」と話す隈氏は、アフターコロナの都市のあり方をどのように展望するのか。山口周氏が隈研吾建築都市設計事務所を訪ね、都市と建築の過去と未来について語り合った。

都市の歴史は転換点に

山口
先日、東京国立近代美術館で「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」を拝見しました。企画されたのはコロナ禍の前だったそうですね。


そうなのです。まさかこんな状況になるとは思ってもいませんでした。

山口
コロナ禍によって人を集めることが制限され、いわゆる公共の場、あるいは公共空間としての都市のあり方に変化が求められている中で、「公共性」に関する新たな価値基準を提示されたことは運命的であると感じました。

ニューヨークでは、コロナ禍でマンハッタンから転出する人が増えたと言います。主に高所得者層が緑豊かで人口密度が低い郊外などに移住しているようです。それによって人口が減ったかというとそうではなく、マンションの価格や賃料が下落したことで、若年層や比較的所得の低い層の転入が増えるという変化が起きています。こうした状況についてはどのように思われますか。


やはり歴史の大転換点、折り返し点にあると感じます。都市や都市における建築の歴史を振り返ると、これまで多少の変化はあっても基本的な方向性は一つでした。それは集中へと向かう坂道をひたすら登ってきたことです。初めは狩猟採集社会から農耕社会への移行により定住が進み、小さな集落ができました。集落には次第に人が集まり都市へと成長します。都市の人口が増えると、今度は上に伸びてマンハッタンのような高層都市が出現しました。こうした集中への歩みは必然であると考えられてきましたが、集中の弊害も明らかになり、歴史上初めて「そろそろ折り返さないといけないのでは」と世界中の人々が感じた。そのきっかけとなったのがパンデミックです。

問題は、どのような折り返し方をするかということです。方向性を探る動きは、もう始まっていますね。おっしゃるようなニューヨークにおける変化もその一つでしょうし、日本でも実際に都市を離れてライフスタイルを転換する人、ノマド的な生活を始めた人、逆に巣ごもりで家から動かなくなった人など、選択肢が広がっています。そうしたことは健全な変化の兆しだと思います。

山口
人間が集まって暮らすのは、安全性や利便性、コミュニケーションなどにおいてメリットがあるからです。一方で都市は昔から疫病の温床であり、国によっては大気汚染などもあって人が住む環境としてはよくない面もあります。パンデミックという危機によってそれらのマイナス面が改めて意識されたわけですね。 

画像: 都市の歴史は転換点に

公共空間ではなくなった都市

山口
都市の建築物のほとんどはオフィスか個人住宅なわけですが、これらは両方とも「私的空間」であって「公共空間」ではありません。現在の東京の都心部ではほとんどすべての空間が私有物になってしまい、公共空間はごくごく狭い領域でしか成立できなくなってきているように思います。隈先生の展覧会のテーマは「新しい公共性」でしたが、このパンデミックは都市の公共性にどのような変化を与えると思いますか。


あの展覧会で僕は「人が集まる場所のための5原則」として、「孔」、「粒子」、「やわらかい」、「斜め」、「時間」の五つを挙げました。簡単に説明すると、「孔」はトンネル構造や中庭のような包まれる空間のこと、「粒子」は大きな建築物を小さな構成単位の集まりとしてとらえること、言い換えると「建築をひらく」ことです。「やわらかい」は、文字どおり素材や形を工夫することによって建築を物理的あるいは感覚的にやわらかくすること、「斜め」は直線で構成される人工的な空間を脱して自然に回帰することです。そして「時間」は、「ボロくする」と僕は表現していますが、古びた雰囲気を出すこと。この五つを意識することで、公共空間とその建築はもっと優しく親しみやすいものになると考えています。

さらにこの5原則は、日本の都市が抱える大きな問題を反映しています。それは、都市は公共空間であると思われていながら、実は公共空間がないということです。

山口
どういうことでしょうか。


近代の都市は「私有」という原理を発展のエンジンとしてきました。お金を払えば公共空間の中に私的空間を所有できる仕組みは、いわばパンドラの箱を開けたようなものです。経済を回す効果が高いために開発が加速し、公共空間を私有空間がどんどんむしばむ結果となりました。今や大都市の中心部はオフィスビルという私的空間に占有されています。街路は共有空間ですが、ほぼ自動車の移動に使われていますから、基本的に都市の公共空間というのはとても貧弱なのです。

ビルやマンションを建てる際、敷地の一部に一般開放されたオープンスペース「公開空地」を設けると建築制限が緩和される制度もありますが、オープンスペースと言っても実際は私有地ですから、すべての人が快適に使えるとは言い難いでしょう。

そうではなく、みんなが自然に私的空間から抜け出し、公共空間に人があふれる都市がつくれないかという思いから、あの展覧会を企画したのです。すると図らずもパンデミックが起き、密を避けて公園で遊ぶ人や近所を散歩する人が増え、意外なことに街の中に人が出てくるという現象が見られました。偶然とはいえ僕の思いとリンクする部分があり、この時期に新しい公共性を提案したことには必然性があったのではないかと思っています。

「第2回:次なるシステムへの期待」はこちら>

画像1: 自由になると見えてくる、新しい公共性
アフターコロナ社会の都市と建築のかたち
【第1回】パンデミックと「新しい公共性」

隈 研吾(くま・けんご)
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

画像2: 自由になると見えてくる、新しい公共性
アフターコロナ社会の都市と建築のかたち
【第1回】パンデミックと「新しい公共性」

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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