東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授 坂田一郎氏/株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
データ利活用によるビジネス展開を図る際に、ベンチャーやスタートアップとの連携が緒(いとぐち)になる。革新には人材の流動性や失敗を許容する風土が必要であり、既存の組織の枠にとらわれないような仕掛けが不可欠だからだ。ビジネスの進め方も同様で、従来のように日本での成功にこだわることなく、グローバルで同時に展開し、調整しながら進める機動力が求められるという。

「第1回:ネットワーク解析を戦略へ」はこちら>
「第2回:トラストの肝はローカルコモンズにあり」はこちら>
「第3回:説明とプライバシー・ガバナンス体制の構築を」はこちら>
「第4回:既存のやり方を壊すことから」
「第5回:社会実装のために必要なこと」はこちら>

ベンチャーやスタートアップとの連携がカギ

八尋
前回、企業間でデータ利活用を進めるためには、双方にとってのメリットをきちんと示し、ユースケースを増やしていくことが大事だというお話がありました。大企業がデータ駆動型のビジネスエコシステムを構築し、ユースケースを増やしていくためには、ベンチャーやスタートアップとの提携が一つの緒(いとぐち)になると思っています。

例えば、私どもが健康情報分析のベンチャー、株式会社レグラルとともに事業開発を進めた健康リスク予測サービス「マイリスク®」(※)はその一例です。レグラルの社長の山本直樹さんは東京大学工学部の出身で、学術的な研究にも重きを置いていて、シリコンバレー型のような急成長をめざしていない方だったので、マイリスクの計算システムを利用したサービスを日立製作所が提供することに同意してくださったんですね。ただ、それができた背景には、実は山本さんと弊社の鈴木取締役が大学時代にクラスメイトであったという縁がありました。トラストを構築できたのは、お互いを信頼に足る人物だとよく知っていたからなんですね。

画像: ベンチャーやスタートアップとの連携がカギ

坂田
それは日本的な良さですね。アメリカは同じ研究室内でも競争が非常に激しいのでそうした連携は起こりにくいのですが、日本の場合は、協調は良いものだという社会における共通の認識がありますし、これを日本の強みにしていくべきだと思っています。もちろん、お互いにとってどういうメリットがあるのかを明確にできなければ、協調は成り立たないわけですが。

いずれにせよ、データ利活用によるビジネスの創出については、ぜひ、アントレプレナーに担ってもらいたいと思っています。GAFAだってもとはスタートアップですからね。

ちなみに今、うちの研究室の連絡手段となっている「Slack」を提供しているスラックテクノロジーズは2013年の創業ですが、セールスフォースが同社を買収した総額は270億ドル(約3兆円)にも上りました(買収完了は2021年7月)。このように、現在、スタートアップが起業から大きな影響力を持つ存在になるまでのスピードが非常に加速しています。日本にもそうした存在感の大きな世界的ビジネスをめざすアントレプレナーが増えてほしいと願っています。

※ マイリスク® は株式会社レグラルの日本における商標。

革新に挑むアントレプレナーに期待

八尋
最近は、東大在学中、あるいは卒業後にすぐに起業する人が増えていますね。

坂田
この流れを加速するために、今年7月、東大大学院工学系研究科において、「アントレプレナーシップ教育デザイン寄付講座」を開設しました。私たちが把握しているだけでも、すでに東大からは約400社のスタートアップ企業が生まれています。次に、我々のスタートアップのエコシステムを一段高いレベルへと引き上げたいと考えています。

現状足りないのは、一つはグローバル市場に対する視座。最初からグローバルをめざせば、大きな市場が拡がり、グローバルな資金も流れ込みやすくなります。もう一つは、ディープテック系のスタートアップが非常に少ないことです。つまり、高度な科学・エンジニアリング技術に基づいて、社会課題を解決していくようなスタートアップが少ない。東大の場合、知的ストックは圧倒的にディープテックにありますから、この特色を活かせていないのは非常に残念です。

日本では素早い立ち上げが可能なAI系のスタートアップが多いわけですが、世界にはテスラのようなディープテック系のスタートアップが存在感を示しています。ぜひ、寄付講座での人材育成などを通じて、AI系とは違う起業のメカニズムをつくっていきたいですね。

画像: 革新に挑むアントレプレナーに期待

八尋
そのためには、前回、坂田教授がおっしゃったように大学がアジール(自由地帯)となって、データを安心して預けることができ、各企業から優秀な人が集まってくるような、人材流動のメカニズムもつくっていく必要がありそうです。そのなかには、技術だけでなく、渋沢栄一のような金融に通じた人も必要でしょう。

「雁行型」ではなく「並走型」でグローバル展開を

坂田
既存の企業組織には、すでに経営方針やリソースがあり、それを捨ててまで新しい取り組みをするのは難しい。情報の利活用というのはまさにその縮図であって、既存のモデルの延長線上に革新はありません。つまり、現在の取り組みとは一定程度距離を取って、新しい価値創出の方法論やデータの使い方を考えていかなければイノベーションは生まれないし、組織を超えた協調を促すこともできません。

まずは既存の会社の肩書を脇に置いて、新たなことにチャレンジする場として、ぜひ大学を活用してほしいと思っています。

八尋
そのためには、失敗を許す風土を育てていく必要もありますね。

坂田
1990年頃までによく語られた理論に雁行型経済発展論があります。ご承知のように、日本の経済発展に、韓国・台湾・香港・シンガポールなどが続き、それにさらにASEAN諸国が続いていくといった経済発展モデルです。日本ではグローバルに展開していても、いまだにそのイメージを持っている企業が多いと思います。つまり、日本で成功したら、順次、海外に展開していく。特に、東京に本社のある企業は、まず東京で意思決定をして、そこから広げていこうとするんですね。

ところが、すでに時代は「並走型」になっていて、あるサービスを生み出したときに、アジア全体、あるいは世界全体で同時に展開するモデルに変えていかなければならないと思います。もちろん、文化的・社会的条件の違いを調整する必要はありますが、それも同時にやっていく。極端に言えば、日本で売れなくてもいいわけです。

特に科学技術面では、並走型を志向すべきです。頭で理解するだけでなく、行動の伴ったビジネス展開、あるいは研究協力をしていかないと、変化の激しい現状に対応できないと思います。

八尋
一方で、中小企業、特に、東京に本社がない企業では当たり前のように、真っ先にアジアへ展開していますね。むしろ大企業のほうが日本発にとらわれているように思います。ソフトウェア企業やアニメ制作会社などはすでにアジアに向いていて、そこで収益を上げている企業がたくさんあります。

坂田
サンエックスのキャラクター「すみっコぐらし」や高橋書店の『ざんねんないきもの事典』、サンリオのキャラクター「アグレッシブ烈子」などのアニメ化を手がけている株式会社ファンワークスの方などと対話させていただいた際に聞いた話によれば、非言語で伝わるようなコンテンツはアジアでも人気があるそうです。そうした漫画やアニメ、キャラクター、絵文字、それらを使ったデジタルスタンプなどは日本の強みです。既存の方法にとらわれることなく、横目で並走する市場も見ながら、グローバルに横展開できそうなものがあればすぐに取り組んでいくことも、これからのビジネスには欠かせない態度だと思います。(第5回へつづく)

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

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画像1: データ駆動型社会への道筋を探る
【第4回】既存のやり方を壊すことから

坂田一郎
東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授(技術経営戦略学専攻)/未来社会協創推進本部ビジョン形成分科会長/未来ビジョン研究センター副センター長。
1989年東京大学経済学部卒。1989年通商産業省(現・経済産業省)入省。主に経済成長戦略、大学技術移転促進法(TLO法)、地域クラスター政策等の産業技術政策の企画立案に携わる。この間、ブランダイス大学より国際経済・金融学修士号、東京大学より博士(工学)取得。
2008年より東京大学教授。その後、2013年より同工学系研究科教授(技術経営)。同総長特任補佐、同政策ビジョン研究センター長、同副学長・経営企画室長などを歴任。
専門は、大規模データを用いた意思決定支援、知識の構造化、計算社会科学、地域クラスター論など。「テクノロジー・インフォマティックス」を提唱している。共著に『都市経済と産業再生』(岩波書店)、『クラスター戦略』(有斐閣選書)、『クラスター組織の経営学』(中央経済社)、『地域新生のデザイン』(東大総研)、『知の構造化の技法と応用』(俯瞰工学研究所)、『東北地方開発の系譜』(明石書店)など。

画像2: データ駆動型社会への道筋を探る
【第4回】既存のやり方を壊すことから

八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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