株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英/東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授 坂田一郎氏
DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む時代においては、データの利活用の巧拙が、企業や国の将来を左右する――。そのような問題意識のもと、データサイエンスを専門とする東京大学の坂田一郎教授をゲストに迎えて、八尋社長との対話を行った。坂田教授は、大規模なデータセットをもとに人間の意思決定や行動の分析を行い、その結果として表れる、経済活動や社会現象のダイナミクスに迫ろうとしている。その際に、データ解析の結果だけに頼ることなく、社会的・文化的な文脈も重視して、人間ならではの洞察を大事にしながら研究を進めているという。

「第1回:ネットワーク解析を戦略へ」
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「第3回:説明とプライバシー・ガバナンス体制の構築を」はこちら>
「第4回:既存のやり方を壊すことから」はこちら>
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研究対象は意思決定や行動の大規模データ

八尋
坂田教授は大学時代のクラスメイトであり、経済産業省でもご一緒しましたが、現在は東京大学総長特別参与、工学系研究科教授として、大変活躍されています。データサイエンスの専門家として、故・中西宏明日立製作所元会長も参画していた内閣官房国家戦略会議の専門家委員など、さまざまな要職を務められるなかで、分析結果に基づいて、震災復興や成長戦略に寄与する政策提言を行ってこられました。本日は、坂田教授とともに、データ駆動型社会の課題とビジネスエコシステムについて議論したいと思います。

最初に、今どのような研究をされているのか教えてください。

坂田
主に人間の判断や行動に関する大規模データを用いて、データオリエンテッドなアプローチで研究をしています。これを我々は「テクノロジー・インフォマティクス」と呼んでいますが、人や組織の判断や意思決定に関するボトムアップのデータを大量に集め、意思決定の集合体から新しい知見を取り出し、その知見を次なる意思決定に役立てたいと考えています。

例えば学術論文や特許の場合、それらの内容はもちろんですが、タイトルや、キーワード、要旨、引用なども著者の重要な意思決定の表れです。企業の取引情報なども、取引するという意思に基づいた情報になります。SNSの場合は、投稿の内容、他人の投稿へのレスポンス、対話の相手の選定なども人による意思決定によるものとして扱います。

また、関西の私鉄と地下鉄の匿名化した乗降者情報を預かっていて、人々の移動経路をトレースしてさまざまな分析を行っています。例えば、移動履歴と性別や年齢といった属性から、友人・知人・家族などを特定することも可能です。そうすると、我々お父さん世代の人は、奥さん以外には一緒に電車に乗って移動してもらえることが少ない、なんてこともわかってしまいます(笑)。

画像: 研究対象は意思決定や行動の大規模データ

八尋
データだけがあっても意味はありませんが、分析次第で現代の複雑で多様な世界を理解する助けになるわけですね。

データと社会的・文化的な文脈の両方が必要

坂田
このとき我々は、できるだけ大きなデータセットを使うようにしています。つまり、なるべくサンプリングをせず、悉皆(しっかい)的にデータを集めて分析します。例えば、論文であれば、エルゼビア社が提供する世界最大の論文データベース「Scopus」の7,000万の論文を対象にします。そうすることで、データに恣意的に境界を引く必要がなくなり、サンプリングバイアスがかかることもありません。乗降者情報もある期間のすべてを対象にします。ソーシャルメディアの場合は10%サンプリングですが、日本人でSNSを使っている人は約四千数百万人に上りますから、うち10%というのは膨大な数になります。いまや計算パワーの制約を気にすることなく、大規模データを扱えるようになって、より真実に近づけるようになってきたと感じています。

分析の手法は、機械学習と複雑系ネットワーク解析、自然言語処理、データマイニングの組み合わせです。私自身は、非常に美しく、知的にそそられるネットワーク解析に一番関心を持っているのですが、研究室全体として世界のトップジャーナルやカンファレンスに最も採択されている分野は、自然言語処理です。AIでは画像解析や音声認識の実用化が進みましたが、次のフロンティアは自然言語処理だと考えていて、積極的に取り組んでいるところです。

画像: 坂田研究室のメンバーが投稿した最近の論文。グローバルなトップジャーナルに多数採択されている。

坂田研究室のメンバーが投稿した最近の論文。グローバルなトップジャーナルに多数採択されている。

もっとも、データオリエンテッドとは言うものの、経済や社会現象を対象としているので、それらに対する本質的な理解が欠かせません。戦略コンサルティング会社ReDアソシエーツの創業者であるクリスチャン・マスビアウが著書『センスメイキング』で言っているように、世の中を捉えるのには数字やモデルだけでなく、人文科学系の知見が不可欠であり、社会的・文化的な文脈を大事にしながら、データと文脈の両側から答え合わせをするような学問をめざしています。

八尋
データだけを切り取っていてもダメで、人文科学の知見が非常に重要なわけですね。シリコンバレーを中心に、一時は、もはや人文科学の知など必要ないかのような風潮がありましたが、コロナ禍を経て、コモンセンスや常識、倫理といった人文知が見直されてきていると感じます。

画像: データと社会的・文化的な文脈の両方が必要

坂田
もともとデータが使えない時代の社会分析には、市場調査やアンケートなど、人文社会科学的な方法が使われていました。第3次AIブームによるデータ爆発の時代が到来したことでデータが圧倒的な影響力を持つことになりましたが、最近は極端にデータ側へ振れすぎてしまった気がします。人間の認知の限界をデータで補いながら、人が持っている優れた力である、社会や文化に対する総合的な洞察力を組み合わせていくことが肝要だと思っています。

スリーピングビューティとプリンスの研究

八尋
論文のネットワーク解析からはどんなことがわかるのですか?

坂田
直近の研究は、「スリーピングビューティ(眠れる森の美女)」と「プリンス(王子)」の研究です。例えば、下村脩先生が発見された緑色蛍光タンパク質は、発見してから長い間、学界で大きな注目を浴びるまでには至らなかったため、スリーピングビューティです。次に、この研究が社会から注目されるきっかけをつくった研究者やその論文がプリンス。下村先生の場合も二人のプリンスがいて、3人で2008年にノーベル化学賞を受賞しています。さらに、その成果を社会的に大きな波にして、新しい領域を創出するのに貢献した人を「ストーリーテラー」と呼んでいます。

後に大きなイノベーションにつながる学術研究が、世の中から脚光を浴びることなく眠っている期間の平均は約30年です。それがどのように見出され、拡がって、イノベーションにつながるのかを知りたい。先ほどの7,000万論文で調べると、スリーピングビューティとプリンスの組み合わせが3万件以上抽出できました。今、それを精査しているところです。これによって、世界がどんな原理でできているのか解明したい、というのが私たちの研究の大きなモチベーションになっています。

八尋
非常に興味深いですね。スリーピングビューティ、プリンス、そしてストーリーテラーの分析は、企業活動にも応用できそうです。また次回以降に詳しく聞かせてください。(第2回へつづく)

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

「第2回:トラストの肝はローカルコモンズにあり」はこちら>

画像1: データ駆動型社会への道筋を探る
【第1回】ネットワーク解析を戦略へ

坂田一郎
東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授(技術経営戦略学専攻)/未来社会協創推進本部ビジョン形成分科会長/未来ビジョン研究センター副センター長。
1989年東京大学経済学部卒。1989年通商産業省(現・経済産業省)入省。主に経済成長戦略、大学技術移転促進法(TLO法)、地域クラスター政策等の産業技術政策の企画立案に携わる。この間、ブランダイス大学より国際経済・金融学修士号、東京大学より博士(工学)取得。
2008年より東京大学教授。その後、2013年より同工学系研究科教授(技術経営)。同総長特任補佐、同政策ビジョン研究センター長、同副学長・経営企画室長などを歴任。
専門は、大規模データを用いた意思決定支援、知識の構造化、計算社会科学、地域クラスター論など。「テクノロジー・インフォマティックス」を提唱している。共著に『都市経済と産業再生』(岩波書店)、『クラスター戦略』(有斐閣選書)、『クラスター組織の経営学』(中央経済社)、『地域新生のデザイン』(東大総研)、『知の構造化の技法と応用』(俯瞰工学研究所)、『東北地方開発の系譜』(明石書店)など。

画像2: データ駆動型社会への道筋を探る
【第1回】ネットワーク解析を戦略へ

八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。

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[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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