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CSV戦略に取り組む企業への示唆(方法論)
――前々回、CSV戦略を実践していくためには、業界ごとに注力すべきE・S課題を認識して、他社には模倣困難な方法で製品・サービスを提供していくことが肝要である、というお話がありました。ハードルが高いですね。
岡田
高いです(笑)。だからこそチャレンジする意義がある。かつて外国製モーターに席巻されている日本の状況に直面した小平浪平翁や、マスキー法に直面した本田宗一郎のように――。もしも各社がたやすく実現できることであれば、戦略上取り組む意義は逆に薄れ、実現できても競争優位にはつながりません。
実践にあたり企業への示唆を述べるとしたら、一つ目は、顧客のニーズをゼロから徹底的に見つめ直すということでしょう。個人・法人を問わず、環境や社会への感受性は高まっていますから、それを前提とした見直しが必要です。例えば乗用車を購入する生活者は、このコロナ禍や地球環境重視の世の中で、いかなる機能や価値を獲得するために車を買っているのでしょう。馬力や乗り心地、操縦安定性だけではないですよね。モビリティだけでもない。また乗用車を買うペルソナ(顧客セグメント)は他分野の製品サービスの何に課題を抱えているのか。すなわち、顧客が生息している生態系全域を詳細に見つめなおすということです。これはB2Cだけでなく、B2B(産業財)の世界でも同様です。
二つ目は、業界固有のE(環境)・S(社会)課題を知ること。これには以前にお話ししたSASBが作成した業界ごとの課題リストが参考になります。さらに、“そこにまだ記されていない、またはその課題をさらに詳細に分析した結果得られる、顧客も競合も気づいていない潜在ニーズを洞察すること”が必要です。その上で実現の方法論の稀少性および模倣困難性を追求していくべきでしょう。
なお、業界固有のE・S課題というのは、自社の業界だけでなく、顧客が属する業界についても考察することが大事でしょう。これは即、商売に直結します。
三つ目は、いま注目されている「企業としての目的意識、存在目的(パーパス)」を明確にすること。ここで言うパーパスとは、企業のミッションであり、組織の目的意識であり、経営理念や創業理念に体現されているその企業が大切にする価値です。ことさらに新規性のある概念ではありません。再度強調すべきということです。これが組織全体に浸透していることが肝要です。
ただし、昨今はやりのこのパーパスという言葉は、英語のpurposeが持つ名詞としての意味に、さらに特別な意味が付加されています。それは企業の目的が金銭的な利益だけではない、ある種の公益性というか、世の中の役に立つかどうかという意味です。それが込められている言葉だと思います。
CSV戦略の原点は「企業の目的意識(sense of purpose)」にある
――従来からある企業理念というよりも、ESGの文脈のなかで語られるものが現代的な意味における「パーパス」ということでしょうか。
岡田
はい、ESGに矛盾しない文脈で目的意識(センス・オブ・パーパス)を持つことがCSV戦略の原点になります。そして、CSV戦略に取り組む企業の共通の前提条件として、この目的意識の浸透度が組織のなかで臨界点に達していることが重要だと思います。小さな企業であればそれもたやすいでしょうが、大規模組織では難易度は高いですね。
サイモン・シネックが2009年にTEDカンファレンスで行った講義「How Great Leaders Inspire Aciton」(YouTubeで視聴可能。お勧めです)で述べているように、人間は脳の構造から、即物的な「What(製品の機能)」の優秀さよりも、「Why(存在や行動の根源的理由)」という判断基準が刺激されるときに、最も行動が変わるそうです。なぜ、それを我々はやるのかという目的意識に訴えかける組織であれば従業員も動くし、そういう製品であれば市場(顧客の心)も動かせる、ということでしょう。
これはまさにグリーンプレミアムやソーシャルプレミアムが注目される理由ともピッタリ一致します。消費者はWhatだけにお金を払っているわけではなく、Whyにお金を払うわけです。Whyに働きかけて利益を生み、次のESGのニーズに再投資する企業が増えれば、競争を通じて社会を持続的に発展させていくことができるのではないでしょうか。
――組織のなかで目的意識(パーパス)の浸透度を臨界点にまで高めるには、どうしたらいいでしょうか。
岡田
経営幹部の大多数がセンス・オブ・パーパスを携えて、短期的に収益が見込める事業と、短期では下がるかもしれないけれど中長期では企業価値を増やす事業を組み合わせる(事業ポートフォリオ)ことが肝要と考えます。やはり、まず経営者が中長期の戦略の構図を変えると決断し、短期的には下方リスクが顕在化する可能性があるということを理解して、事業ポートフォリオを構築していくこと。一番手っ取り早いのは、ユニリーバのように企業トップ自らがセンス・オブ・パーパスを持ちながら牽引していくことです。
もっとも、グローバル化が進んでいる企業は今まさに世界のESGの荒波に揉まれていますから、経営トップはそのことを十分に理解していると思います。トップが明確な方針を組織内に発信し、それが事業評価制度や人事評価制度に反映されていけば(まずここがハードル)、前回お伝えしたミドル層の意識変革も進むでしょう。
もう一つ気になるのは、実務の世界で時折遭遇するCSV戦略とCSRの「対抗関係」です。詳しくは述べませんが、考えてみれば、CSR(規範として企業が順守すべき社会への責任)もCSV戦略も、結果としては社会や環境に良い影響を与えるものなので、同時に存在していい。けっして否定し合ったりするものではなく、それぞれの特徴を生かしながら、企業の社会的価値を高めるという意識が広がっていけばよいなと思います。
プラットフォームを制して競争に勝つ
岡田
それから、CSV戦略に取り組む企業へのさらなるヒントとして、4番目にプラットフォーム型戦略の活用を付け加えたいと思います。ここで言うプラットフォーム型の意味するところは、ゲーム機とゲームソフトの関係に観察されるような間接ネットワーク効果のことです。ゲーム機がより多く売れれば(=ユーザー数の増加)、ゲームをたくさん売りたいゲーム開発者がさらに参入し、それによって面白いゲームを欲しているユーザー数がさらに増える(間接ネットワーク効果)。この場合、ゲーム機メーカーがプラットフォーマーであり、「ゲーム機の売り上げ」と「ゲーム開発会社からのロイヤルティ収入」の2つの収益を得られます。これは、ゲーム開発会社とユーザーという2種類の顧客(収益源)を持つ2-sided platformと言われるビジネスモデルです。この場合、ゲーム開発会社はゲーム機メーカーにとっては『顧客であると同時に補完者(complementor)である』と言います(補完者とは自社の製品サービスの価値を共に上げてくれる協力者であり、サプライヤーではない)。
これを拡張した、2種類以上(マルチサイド)の顧客を持つプラットフォーマーの中でも特に成功して巨大化しているのが俗にGAFAなどと呼ばれる一群の企業です。多様なプレーヤーをプラットフォーム上で連結し、それぞれの間に間接ネットワーク効果が存在していると、ことさらに広告宣伝をしなくても間接ネットワーク効果によってプラットフォームの規模が自己拡張し、莫大な利益が得られる仕組みが構築されていきます。
このプラットフォーム型ビジネスモデルは、自社単独の垂直型バリューチェーン(上流から下流へものが流れ、お金が逆方向に流れるシンプルな構造。一つの製品事業の中では、顧客は自社の下流に1種類存在するのみ)から脱却し、多種多様なプレーヤーを包含する自己拡張型の系(システム)です。これは営利企業がCSV戦略を構築実行する上で重要になる「クロスセクターアライアンス」(営利、非営利、公的、私的セクターの垣根を超えた関係性)を構築する際にうってつけのビジネスロジックだと個人的には思っています。
例えば伝統的なハードウェアメーカーなどが、そうしたプラットフォーム型にスイッチすることは、一つの戦略転換の方向性です。プラットフォーム型ビジネスそのものは、特に社会性を前提としておらず、純粋に経済的ビジネスモデルです。そこからさらにCSV型の戦略を追求しようとすれば、非営利や公的セクターなど「非伝統的なプレーヤー」との関係構築が成功のカギを握ると考えられます。その際にこのプラットフォーム性が発揮できれば、CSV戦略にとって有効なエコシステムを自己増殖的に構築できると思われます(典型例はヤマハ発動機の途上国沿岸漁業におけるビジネス生態系構築)。
日立には技術的ITプラットフォームとしてすでにLumadaがありますから、あとはそれをどのような目的意識の下でどう活用するのか、期待しています。
CSV戦略は競争戦略である
岡田
いずれにせよ、戦略の世界では、全員が成功することをめざすわけではなく、いかに少数の成功企業になれるかという競争優位の実現が根本にあります。私自身は、競争というのは人間が努力する上で必要で自然な行為であって、企業の競争によって持続的なより豊かな社会が構築されていくと考えています。
繰り返しになりますが、CSV戦略とは、あくまでも競争戦略であり、利益の創出のための方法でもあるんですね。そこで大きく成功する企業がさまざまな業界から出てくると、これからの資本主義経済は社会と地球環境にとって望ましい方向に進むと信じております。
(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)
岡田正大(おかだ・まさひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現職。専門は企業戦略論。
最近の著書・論文に、“Asahi Kasei: Building an Inclusive Value Chain in India”(Savita Shankar氏との共著、2018年)、“An emerging interpretation of CSR by Japanese corporations: An ecosystem approach to the simultaneous pursuit of social and economic values through core businesses”( “Japanese Management in Evolution: New Directions, Breaks, and Emerging Practices”所収、2017年)、「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・B・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』。
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