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投資家も顧客も環境や社会への感受性が高まるなか、ビジネスのパラダイムも大きく変わろうとしている、と岡田教授は指摘する。外部環境の変化に受け身で応えるのか、それとも他社が真似できないような方法で独自に戦略的に動くのか――そのどちらの考え方でESGのトレンドに相対するのか。それは企業の競争優位にも大きなインパクトを与えることになるだろう。

「第1回:ESGへの取り組みが本格化」はこちら>

受け身で応えるのか、戦略的に動くのか

――前回のお話にあったように、2019年の米国のビジネスラウンドテーブル(BRT)の声明がきっかけとなり、投資家も経営者もESGに本気になり始めたということですが、日系企業には具体的にどのような対応が見られるのでしょうか。

岡田
対応は大きく二つに分かれます。一つは、「制度理論的な同型化行動」(※)をとるというもので、社会における正当性を獲得するために他に追随する態度です。例えば、かつてCSRがブームになったときに、各社一斉にCSR部を立ち上げましたよね。CSRが何なのかわからなくても、とにかく周りに遅れまいとして「制度化(世の中に制度として定着し規範化すること)」されたものに迎合しようとする。「みんながやっているから、うちもやらなきゃ」「やらないとまずいよね」という反応です。これは明らかにマイナスを生み出さないための行動であって、株主やメディア、社会から後ろ指をさされないためにも当然の反応と言えます。

もう一つは、外部環境の変化に対して自社独自の方法で、戦略的に行動するというものです。伝統的戦略の本旨は企業が自社の企業価値を高めることにありますから、その視点からはこちらの方が望ましいと考えています。つまり、他社が真似できない自社独自の方法で、環境(E)・社会(S)のニーズを満たして利益を上げていく。これこそがCSV戦略そのものです。

ESGがブームになる以前からCSV戦略自体はあったけれど、顧客も企業も株主も金融機関も、EやSに関わるニーズへの感受性が確実に高くなってきている今、企業がCSV戦略をとる必然性も高まっています。CSV戦略が再び注目される背景にはこうした追い風があると考えられます。

ここで重要なのは、まだ他社に気づかれていないEやSのニーズをいかに他社に先んじて洞察し、収益事業に育てていくのかが勝負になるということです。多くの企業が同様のEやSのニーズを満たそうとし始めると企業間で差異がつきにくくなり、競争が発生し、均衡に近づいていってしまうからです。

※ DiMaggio & Powell, “The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields”, American Sociological Review, 48 (2): 147-160 (1983).

画像: 受け身で応えるのか、戦略的に動くのか

すでにパラダイムは変わってきている

岡田
企業経営を巡る伝統的な考え方に「企業は利益を上げてこそ存在意義があり、株主資本価値の最大化が経営者の責務である」というものがあります(新自由主義)(※)。これを仮にパラダイムAとしましょう。一方ESG(責任投資原則)や新たなBRT声明の根っこには、「経営者の責務は、競争を通じて多様な利害関係者の持続可能な繁栄を実現することにある」という考え方(仮にパラダイムBとしましょう)があります。両者の違いの根本は、誰の効用を最大化するかに関して企業が利害関係者に与える優先順位です。

現実には、パラダイムBへと世の中が変わりつつあるわけです。しかし、パラダイムAに生きる企業の中には、世の中のニーズや意識、優先順位がEやSへの傾斜を強めていることへの適合ができないケースがあります。全く意に介していないのか、認識していて無視しているのか、気づいていても反応できないのか、その理由は企業によって異なるでしょう。例えばパラダイムAでは、伝統的に顧客が必要とするものを提供しさえすれば売れるはずだと思っているわけですが、すでに顧客が環境や社会に対して鋭敏なニーズを持ち始めている市場では、従来のままのニーズの認識に基づいて開発された製品やサービスが、今まで通りに売れなくなる可能性が十分あります。

この5年を振り返ってみた体験で言えば、パラダイムAの会社でCSVの講演をすると、「CSVが社会に良いことはわかるけど、お金にならないし時間もかかるよね」という反応が大変多いのです(苦笑)。パラダイムAの企業では、いまだCSVは特殊事例ということですね。ところが、パラダイムBの企業になると、もはやCSVという特殊語が消えて、それ自体が自社にとっての戦略そのものになっていると感じます(図1)。

今や社会(顧客、社会、資本市場)がEやSを欲しているわけで、自社独自の方法でそれに応え、他社に先んじてCSV戦略を実践していく企業こそが、競合企業が得られない利益を上げるようになるのです。ただし重要な点は、企業が世の中のパラダイムをAでなくBとして認識するか否かは義務でもなんでもなく、あくまで企業自身の裁量にゆだねられているということです。企業の選択の問題です。あとは資本市場や製品市場がその選択に対する判断を下すわけです。

(※)フリードマンの新自由主義が企業による社会への価値貢献をないがしろにしているとも言えない。なぜならば、利益の最大化は納税額の最大化を同時にもたらし、公的セクターの手による所得の再配分によって未達の社会ニーズが満たされるからである。

画像: すでにパラダイムは変わってきている

CSV戦略に必要なのは競争への気概

――パラダイムBの下では、どんな企業の取り組みがあるのでしょうか。

岡田
欧米ならユニリーバが有名ですね。日本なら、大企業で言えば、ASV(Ajinomoto Group Shared Value)というCSVに因んだ独自の経営戦略を打ち出している味の素や、2016年のインタビューでもご紹介したヤマハ発動機のアフリカ・サブサハラ地域におけるビジネス・エコシステムの構築などがあります。こうした企業は、CSVという言葉が喧伝される以前から、EやSへの取り組みが経営戦略そのものになっています。それ以外にも、CSV戦略を実行する日本企業はネットで検索するとたくさん出てきます(自らCSV戦略と標榜するものを含めて)。

ここで私が強調したい点は、企業自身が社会ニーズを満たす競争に果敢に取り組むことの重要性です。1970年に米国でマスキー法が制定されて自動車の排ガス規制が一気に厳しくなったとき、本田技研工業の創業者である本田宗一郎は、これを迷惑な規制強化(米国ビッグスリーはこぞって反対表明)としてではなく、千載一遇のチャンスととらえました。わが社独自の技術的ブレークスルーによって規制基準を満たすエンジンを作れば、大気汚染削減への貢献が、他社を圧倒する製品競争力につながると考えたのです。そして実際にCVCCエンジンの開発に成功しました。今、ESGの高まりを受けて求められているのは、まさにこうした気概ある競争意識だと私は思っています。

他社に先んじて、顧客の潜在的なニーズに気づけるか

岡田
しかしながらパラダイムAの企業は、今までのビジネスのやり方を変えず(なかなか変えられず)、世の中のトレンドに受け身で対処するため、統合報告書の中身の充実や炭素会計の導入、産業廃棄物の削減といった、一般的なメニューを導入することまでで、世のトレンドに適応できたと考える可能性が高い。もちろん、そうしたコンプライアンスをめぐる活動に先陣を切って取り組むことは非常に大切なことであることに疑いはなく、規範として取り組むべきです。一方、戦略的見地からは、本業そのものの中で能動的にEやSに取り組んでいくことが大切だと思います(図2)。

画像: 他社に先んじて、顧客の潜在的なニーズに気づけるか

「戦略的」という言葉は、他社にできない(模倣困難な)独自の方法で企業価値の増大(持続的競争優位の実現)をめざすことを意味します。ジェイ・B・バーニー教授によれば、組織が長期的に競争上の優位を保つためには、VRIO、すなわちV:Value(経済価値)、R:Rarity(稀少性)、I: Inimitability(模倣困難性)、O:Organization(組織)において他社に秀でることが不可欠であり、3番目の模倣困難性が競争優位の「持続性」を決します。

すでに、株主だけでなく、顧客もグリーンコンシューマリズムやエシカル消費のように、環境や社会に対応した製品やサービスにプラスアルファのプレミアムを払うという方向へシフトしてきています。戸建て住宅における太陽光パネルの設置にしても、再生エネルギーの固定価格買取制度(FIT)による買取価格が大幅に値下げされたにもかかわらず、いまだに新規加入が続いています。

これは氷山の一角でしょう。グリーンプレミアム、ソーシャルプレミアムを支払ってもいいというニーズは必ずあって、今後は、まだ誰も気づいていないこうしたニーズを発掘していけるか、その競争に勝てるかどうかによって企業間の差が大きく広がっていくと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

画像: 経営戦略の本流としてのCSV
【第2回】パラダイムシフトを認識し、戦略的に動け

岡田正大(おかだ・まさひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現職。専門は企業戦略論。

最近の著書・論文に、“Asahi Kasei: Building an Inclusive Value Chain in India”(Savita Shankar氏との共著、2018年)、“An emerging interpretation of CSR by Japanese corporations: An ecosystem approach to the simultaneous pursuit of social and economic values through core businesses”( “Japanese Management in Evolution: New Directions, Breaks, and Emerging Practices”所収、2017年)、「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・B・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』。

「第3回:インパクトを定量化して競争に勝つ」はこちら>

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