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慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 岡田正大氏
2011年にハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授らの論文「Creating Shared Value(共通価値の戦略)」が発表されてから10年。CSVの考え方がビジネス界に広まってきた2016年、Executive Foresight Online(EFO)において岡田正大教授に、「経営戦略としてのCSV」という観点からインタビューを実施し、詳細に解説いただいた。そして今再び、CSVが注目されている。その理由について岡田教授に伺った。

CSVを後押しするESGの普及

――EFOでは、2016年に「CSV(共有価値の創造)が実現する競争力と社会課題解決の両立」というテーマで、岡田先生にインタビューをさせていただきました。実はここ半年、この2016年の記事へのアクセス数が大きく伸びているのです。今、改めてCSVが注目されている理由はなぜだと思われますか? また、5年前の状況から何がどう変わったのかについて教えてください。

岡田
2016年から現在に至る5年間、CSVに関わる注目すべきトレンドは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の残高が継続的に増えてきていることです。2016年時点で24兆ドル(約2600兆円)だったものが、2020年時点で総額約35兆ドル(約3900兆円)に達しました(なお欧州では、ESG投資の法的分類基準が厳格化されたことで2020年は若干減少)。日本においても、ESG投資の残高は欧州に比べて5分の1以下とはいえ、2016年以降も右肩上がりで増えていて、投資家がESG投資を重視してきていることが窺えます。

2006年に国連が責任投資原則(ESG投資の重視・推奨)を発表して以来、この考え方が資本市場にも徐々に浸透し、市場と経営者の接点としてガバナンスメカニズムを担う取締役会を通じて、企業サイドにもESGの重要性が認識されてきました。実際にESGに対応するかどうかは別にしても、ESGが企業の存続や株価に大きな影響を与えるものだという認識は、今や経営者や執行役員の間に広く伝わっています。それが、この5年間の一番大きな変化と言えるでしょう。

この間、そうした認識の変化を象徴し、またそれ自体が認識を変化させたエポックメイキングな出来事が二つありました。一つは、2017年に金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)から、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)による最終報告書」が公表されたことです。TCFDとは、投資家や資金の貸し手(金融機関)などが重要な気候変動関連リスクを理解する上で有用となる、任意かつ一貫性のある情報開示の枠組みを作成することを目的として、FSBが2015年に設置した民間主導のタスクフォースです。

これを機に、投資家だけでなく、金融機関もESGの潮流に乗って貸し出しをするようになりました。つまり、企業に資金が貸し出される条件に、その企業のESGへの取り組みが反映されることになります。株式投資(直接金融)の世界で主に唱えられていたESGが、お金の貸し手(間接金融)の世界にも広がったと言えます。

画像: CSVを後押しするESGの普及

企業の目的は「価値創造」にあり

岡田
もう一つの象徴的な出来事は、2019年に全米主要企業200社が参加するロビー団体であるビジネスラウンドテーブル(BRT:Business Roundtable)が、「Statement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)」を公表し、「企業の目的は株主への奉仕だけでなく、あらゆる利害関係者のための価値創造である」と宣言したことです。

1970年代の発足以来、新自由主義を体現するBRTが、約50年の歳月を経て初めて、企業の存在目的を「株主のため」から「あらゆる利害関係者のため」へと書き換えたことは、経営者の意識の転換点を示す意味で象徴的でしょう。

新自由主義の中核にあるミルトン・フリードマンが、1969年に「企業の最大の社会的責任は利益の極大化である」と主張して以来、約半世紀にわたり、企業活動の社会性と経済性はトレードオフの関係にあると考えられてきました。しかし今回の声明により、企業経営の中心的論理は「株主唯一主義」から「多様な利害関係者への価値創出」へと転換することが明確に打ち出され、企業のあるべき姿が書き換えられたといっても過言ではありません。1984年に利害関係者理論としてFreemanが、(日本では1994年には金井らが「戦略的社会性」を、)そして2006年にはマイケル・ポーターらが、論文「Strategy and Society」のなかで企業戦略を社会のなかの存在として位置付けました。そうした考え方が経営者コミュニティに広まり、このように公に示されることになったわけです。

画像: 企業の目的は「価値創造」にあり

投資家も経営者もESGに本気で取り組み始めた

――日本の動きはいかがでしょうか?

岡田
日本でも同様の動きがあり、機関投資家の行動原則である「スチュワードシップ・コード」2020年3月改訂版において、重点項目としてESGが明示的に取り上げられました。また、東京証券取引所が策定している、上場企業の行動原則である「コーポレートガバナンス・コード」についても2021年6月の改訂版で、ESGをはじめとするサステナビリティに関する内容が大幅に補充されました。このように、日本の動きを見ても、投資家サイド、経営者サイド双方に向けて、公式見解としてESGが大きく打ち出されるようになっています。これらの事象は、その背景に世界的なESG重視のトレンドがあることを反映しています。

また、先に述べたように、日本のESG投資の残高も、この5年、右肩上がりで増えてきていて、投資家はESG投資を重視するようになっています。

いずれにせよ、企業の外部環境として、ESGへの気運が抗しがたいトレンドとして確実に高まっています。とりわけ、先述のBRT声明のインパクトは間違いなく大きい。これまで、投資家も企業が本気でESGに取り組むのか半信半疑で、経営者側も投資家が本当にESGを要求しているのか疑っていたわけですが、これでようやく(少なくとも表面上は)両者ともに本気モードになったことが明らかになりました。

最近になって再びCSVが注目されている背景には、こうしたESGをめぐる昨今の動きが大きく影響していると思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

画像: 経営戦略の本流としてのCSV
【第1回】ESGへの取り組みが本格化

岡田正大(おかだ・まさひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現職。専門は企業戦略論。

最近の著書・論文に、“Asahi Kasei: Building an Inclusive Value Chain in India”(Savita Shankar氏との共著、2018年)、“An emerging interpretation of CSR by Japanese corporations: An ecosystem approach to the simultaneous pursuit of social and economic values through core businesses”( “Japanese Management in Evolution: New Directions, Breaks, and Emerging Practices”所収、2017年)、「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・B・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』。

「第2回:パラダイムシフトを認識し、戦略的に動け」はこちら>

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