「第1回:長期利益という社会貢献。」はこちら>
「第2回:『E』は規制ではなく実需。」はこちら>
「第3回:『S』が問う労働市場の評価。」はこちら>

※本記事は、2021年7月1日時点で書かれた内容となっています。

最後はESGのG、ガバナンスです。

2021年の株主総会の時期に、去年の株主総会においてもの言う株主、アクティビストを排除しようとした企業の事件が取り沙汰されました。上場した以上、きちんと株主と正面から向き合うのは当たり前のことです。経営の原則は自由意志です。アクティビストがイヤであれば上場をやめればいい。誰も上場してくださいなんて頼んでいないのです。自分たちの意志で上場しているのに株主と正面から向き合えないような会社は、資本市場からの規律が高まる中でいよいよ苦しいことになると思います。

上場企業である以上、高いROE(自己資本利益率)が求められる。ROEというのは分母がEquity(自己資本)で分子がReturn(利益)、自己資本の上に利益が乗っているという指標です。株主からすれば自分の投資したお金でいくら利益が出るのかが気になるのは当たり前です。「ROEなんて気にするな」というのは、「蛇にクネクネするな」というのと同じことです。

少しテクニカルな話ですが、デュポンという会社が、ROEを3つの要素に因数分解するという分析手法を思いつきました。すなわち、「デュポン分解」です。1つ目は「売上高純利益率」。どれくらい儲かっているのかという指標です。2つ目が「総資産の回転率」。会社の総資産がどれだけ効率的に売上高を生み出したかを示す指標です。3つ目が「財務レバレッジ」です。財務レバレッジは自己資本と他人資本を合わせた総資本を自己資本で割ったもので、つまり借金の比率を意味します。売上高純利益率×総資産回転率×財務レバレッジは自己資本利益率に等しくなります。

日経新聞の特集で、アメリカとヨーロッパと日本における上場企業のROE上位10社のランキングについての記事がありました。この記事が面白いのは、ROE順に並べるだけでなく、デュポン分解した3つの指標をあわせて比較しているところです。その記事によると、日本のROE第1位は川崎汽船でROEが68.1%。これはこのところの海運の需給のひっ迫と株式売却益で利益率が上昇したということで、追い風参考記録と考えたほうがいい。

第2位がソフトバンクグループ。ROEが61.9%ですが、分解すると純利益率が88.6%というとんでもない数字になっています。SBGは投資会社ですので、瞬間風速的に投資益が出たことが大きい。普通の事業会社にとってはあまり参考にはなりません。

4位はアドバンテスト、5位は東京エレクトロン、以下日本郵船、三井金属鉱業、ソニーグループ、中外製薬、エムスリーとなります。アドバンテストや東京エレクトロン、エムスリーあたりが商売として理想的な状況です。アドバンテスト、エムスリーは純利益率が22%以上。ただし、レバレッジはそんなにかかっていない。アドバンテストで1.5倍、エムスリーが1.4倍。つまり分母操作に頼らなくても、分子である儲けがしっかり出ているので、結果的にROEも上がり、株主もハッピーという成り行きです。

一方でアメリカの上場企業のROE第1位の会社はどこか。答えはコルゲート・パルモリ―ブです。僕たち世代にはおなじみの歯磨き粉とかオーラルケアが主力事業の会社です。コルゲートのROEは626%。驚きの数字なのですが、財務レバレッジが36倍になっています。強烈にレバレッジがかかっている。それはそれで一つの経営判断ですが、分母でやり過ぎだという感じがします。

これと比べると8位のアップルのROEは73.7%。これもすごい数字ですが、レバレッジは4.3倍にとどまっています。それでも純利益率が20.9%と極めて高いのでROEが上がる。ようするに、分子であるReturnを大きくするというのが経営の王道だということです。Gの視点から見ても結論は「長期利益」という経営の原理原則に行きつきます。

アップルとまではいかなくとも、営業利益率でいえば10%を長期的に維持できるかどうか、大雑把な話ですが、この辺が商売の基準になると思います。日本電産もファーストリテイリングも、しっかり利益率10%を持続しています。独自の価値を顧客に提供し、株主もハッピーだし、ちゃんと給料も払えているということです。

ESGのGを考えると、最初に触れた事件もそうなのですが、経営者側が投資家に対して食わず嫌いなところがある。もちろん理不尽で強欲な株主、投資家は存在します。それでも、全部の株主を同じように相手にする必要はない。経営者はターゲット株主を決めるべきだというのが僕の意見です。ターゲット株主は長期厳選投資家であるべきです。彼らは自分たちの存在意義を賭けて本気で長期視点に立つ人たちです。内部からのしがらみでできない改革を外から後押ししてくれるかもしれません。

男の中だけでどうやったら女にもてるかを話していても埒があかない。女性に「どういう男がもてるの?」と聞いたほうが早いに決まっています。投資家との対話には、こういう面があると思うんです。投資家の思考様式や行動パターンは投資家がいちばんよく分かっている。投資家に使われるのではなく、こちらから使う。投資家と対話し、彼らの知見を経営に取り込む。日本の多くの企業にとって、投資家との対話は大きな伸びしろのあるところです。

以上で申し上げてきたとおり、ESGは、結局は長期利益に向かっていく道筋の上に自然と乗ってくる要素だというのが僕の見解です。ということは、すべては経営者にかかっている。ESGやSDGsの担当者を置いて一生懸命PRしたり、「うちはこんなにやってます」「この数値を見てください」といった優等生の通信簿の生活態度欄のようなきれいな報告書を作ることにかまけてる会社もありますが、これでは本末転倒です。ESGを長期利益を実現するための機会だと考える。これが経営の王道だと僕は思います。

画像: 競争戦略の視点から見たESG-その4
「G」の本領は株主との対話。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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経営戦略としての「働き方改革」

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ニューリーダーが開拓する新しい未来

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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