企業のビジョンづくりを通じ、デザイン思考を実践する
丸山
対談のナビゲーターを務めさせていただく、日立製作所 研究開発グループの丸山幸伸です。前回の対談では、企業の「パーパス」と社会イノベーション事業について、目的工学の観点からのお話をお送りしました。今回は、社会イノベーション事業の“駆動目標”たりうる「ビジョン」をどうつくり、どう実行していけばよいかという問いについて、対談を通じて考えていきたいと思います。ゲストは共創型戦略デザインファーム、BIOTOPE(ビオトープ)のCEO兼Chief Strategic Designer 佐宗邦威さんです。
佐宗
初めまして。わたしはデザイン思考を「ある課題に対して、だれもが自分なりに新しい解決策を立てて、実行する技術」ととらえています。それをアメリカの大学院で勉強した後、ソニーなどの企業で新規事業の創出やサービスコンセプトづくりに関わり、デザイン思考を実践してきました。その後独立し、現在は企業のビジョンづくりのお手伝いをはじめ、ビジョンを経営のフィロソフィーや企業の文化に落とし込むためのしくみづくりといった、企業経営が生み出す無形の新たな価値をデザインしています。その観点から、日立さんの「ビジョンデザイン(※)」という取り組みに以前から注目していました。
※ 社会を支えるシステムのあるべき姿や、その中での日立の役割を探っていくために、議論のたたき台としての将来像を示す日立のデザイン活動。
森
ホストを務めさせていただく日立製作所 研究開発グループの森正勝です。よろしくお願いします。今ふれていただいた「ビジョンデザイン」に、日立としては2つの関わり方をしています。1つは、社内にビジョンデザインプロジェクトというチームがあり、日立の各事業部が掲げるビジョンを社会に発信するという活動を通じて、社会イノベーションの実現に取り組んでいます。もう1つは、社会イノベーション協創統括本部という組織を運営しているわたし自身の問題でもあるのですが、各組織のリーダーがビジョンをつくって社員をまとめていくという関わり方です。今日はその両面からお話を伺えればと思います。
「計画」より「ビジョン」の時代
丸山
1つめの問いは、「中長期にわたる企業のビジョンをどうすればつくれるか?」。佐宗さん、いかがでしょうか。
佐宗
ビジョンの活用をめぐって、ビジネスの現場では近年変化が起きています。例えば新規事業プロジェクトで、最初に掲げたビジョンはよかったのに、形にしていったらだんだんつまらないものになっていったという話をよく聞きます。特に大きな企業ほど、ビジョンをビジネスの現場に落とし込む際に、同じような事態が必ず起こりえます。一方で、新しい価値を生み出し続けているスタートアップ企業では、ビジョンを上手く活用できています。そもそも、ビジョンというものがどんな役割を果たし、どのようにして価値を生み出していくのかという、前提の理解が非常に重要だと思います。
このチャートをご覧ください。大きな企業が未来のことを考えてつくるのが、3年や5年スパンの中期事業計画、中期経営計画といったものです。現時点の市場状況を見ながら、それが3年あるいは5年でどう変化していくかを予測し、それに応じて収益モデルのグラフを描く。これが一般的に行われている計画の立て方です。
これに対して近年重視されているのが、10年先あるいは20年先といった長期の未来を見据えた計画づくりです。10年も先となると、当然ですが市場環境の変化を正しく予測することなどできません。「おそらくこんな変化が起こりうるだろう」と先読みをしたうえで自分たちがつくりたい世界を描き、それを実現するために、市場で起こりうる変化にどうプロアクティブに立ち向かっていくべきかを考える。いわゆるバックキャスティングで計画を立てる企業が増えています。
つまり、企業が未来を見据えてつくるものが従来の「計画」から「ビジョン」に変わってきており、それを描けている企業が人々の共感を生み出しています。その代表格であるテスラのCEO、イーロン・マスクは、思い描く未来に向けて起こりうる一つひとつのイベントに物語性を付けて説明することで、実現したい未来の姿の解像度を高めています。ただでさえ先が読めない世の中において、こうした「ビジョン」を立てることが非常に効果的になってきている。このように、経営に対する考え方の変化が近年見られます。
「イシュー」を見つける前に、内から湧き出る「ビジョン」を描く
佐宗
近年、「イシュードリブン」に代表されるように、解決すべき「課題」を起点として新しい事業をつくっていくというアプローチが注目されています。それも確かに重要なのですが、実は「課題」以前に「ビジョン」が必要なのではないか、つまり「ビジョンドリブン」こそ経営に求められているのではないかというのがわたしの考えです。
今すでにあるビジネスをさらに効率化する「1→∞」の局面、つまり、市場が大きくなってきてある程度先読みができるタイミングにおいては、戦略的に設定したゴールに向かって資源の選択・集中、検証といったサイクルを繰り返すことでビジネスを改善する「戦略思考」と、PDCAを回すことでビジネスの効率化をめざす「改善思考」が合理的です。
これに対して、今ないものをつくっていく「0→1」の局面では、必ずしも市場が大きくなっていくとは限らない、もしくは市場そのものが見えません。ここで用いられるのが、世の中が暗黙的に抱えていることを課題に設定し、それに共感し、発想し、プロトタイプをつくるというサイクルを繰り返す「デザイン思考」です。
さらにその前提にあるのがビジョンです。つまり、自分たちの内面から湧き出る、信じたい未来を具体化していく。わたしはこれを、妄想、知覚、組替、表現というサイクルでビジネスを創造する方法論「ビジョン思考」として提唱しています。今、世の中にはない「自分たちが求める未来」「自分たちが欲しいもの」を提示することで、新しい価値を生み出していくという考え方です。
関連リンク Linking Society
■プログラム1
「ビジョンと駆動目標を達成するための“ビジョンデザイン”」
■プログラム2
「ビジョンと事業」
■プログラム3
「ビジョンを実現するソリューションの研究」
佐宗 邦威(さそう くにたけ)
株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにてファブリーズやレノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経てソニーに入社し、同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトを得意としている。著書に『世界のトップデザインスクールが教える デザイン思考の授業』(2020年,日経BP社)、『直感と論理をつなぐ思考法』(2019年,ダイヤモンド社)、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(2019年,日経BP社)など。
森 正勝(もり まさかつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長。1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめたのち、日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長を経て、2020年より現職。博士(情報工学)。
ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。
「第2回:どうすればビジョンをつくれるか?(後篇)」はこちら>
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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