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『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日本経済新聞出版)の著者で慶應義塾大学総合政策学部教授の國領二郎氏と、日立 研究開発グループでサイバーシステム社会実装プロジェクトをリードする佐藤暁子による対談。その2では、サイバーシステムの社会実装を進める際に立ちはだかる障壁と、それを乗り越えるシナリオについて語られた。

「その1:なぜ今、サイバーシステムが必要か」はこちら>
「その2:パーソナライズとプライバシーのジレンマ」
「その3:コミュニティにシステムを根付かせる」はこちら>

政府か、企業か、個人か

高田
経済がOne to Oneマーケットにシフトしていくなかで、生活者個人の属性や行動履歴、趣味志向などに基づいて、企業がサービスや情報をパーソナライズして提供するという動きが加速しています。そのためのデータを提供し合う際に、生活者の視点から見逃せない点がプライバシーの問題です。いかにプライバシーを確保するのかを、データを活用する側が生活者に丁寧に説明していくことが、サイバーシステムを社会に根付かせていくうえで大切になるかと思います。

画像: ナビゲーターの日立製作所 高田将吾

ナビゲーターの日立製作所 高田将吾

國領
企業や個人を超えてデータを共有することで価値が生まれる。一方で、プライバシーは守りたい――このジレンマをどう解くかが大きなポイントです。

3つのシナリオが考えられます。1つ目は、いわゆるビッグブラザーに頼る。中国の取り組みが好例です。「政府を信頼できる」という前提を置いた瞬間に、政府がさまざまな企業からデータを集めてアノニマイズ(匿名化)し、どんな企業でも使えるような形式にデータを整えたうえで、社会に戻していく。一見強引に見えるかもしれませんが、参考になる点も多くあります。なぜなら、中国においてはこの政策のおかげでさまざまなシステムの開発が急速に進んでいるからです。

2つ目のシナリオは、プラットフォーマーが中心となってデータ共有を推進するというものです。

3つ目は、EUを中心に急速に広まりつつある「自己主権型のID」という考え方です。個人が自らのIDをコントロールできる能力をテクノロジーの面から最大限確保したうえで、アルトルーイズム(altruism)――つまり利他主義的にデータを社会で共有しようという取り組みです。

画像: 慶應義塾大学教授 國領二郎氏

慶應義塾大学教授 國領二郎氏

「信頼の獲得」というハードル

國領
わたしは毎年、自分の健康診断データを同じ慶應義塾大学の医学部に提供し、医療研究に協力しています。「自分のデータが守られている」いう安心感が前提にあるからです。

生活者からデータを提供してもらうにあたっては、例えば「ポイントを付与する」などのインセンティブによって背中を押すという手法もあり、そういったやり方が上手くいくかどうかにも注目しています。

佐藤
國領先生が1つ目のシナリオに挙げられた、政府を中心としたサイバーシステムの社会実装の例としては、スウェーデンの「バンクID」も上手く行っていると言われています。そこではやはり、「信頼」がキーワードになってくるのかなと思います。

先日、中国に行ってきました。そこで改めて感じたのですが、アリババやテンセントが展開している決済系のシステムは「スーパーアプリ(※)」として人々の生活に根付いています。また、日立の研究開発グループで働く若手の中国人メンバーに話を聞いたところ、データを預けることに対する不信感よりも、自分の生活の利便性を高めてくれる期待感のほうが強いという意見が多く挙がりました。デジタル経済圏における「データ活用による価値創出」と「信頼の獲得」は、切っても切り離せない関係にあります。

※日常生活のあらゆる場面で活用できる統合的なアプリ。1つのスーパーアプリからさまざまなアプリにアクセスできる。

画像: 日立製作所 佐藤暁子

日立製作所 佐藤暁子

一方で、2つ目に挙げられた企業中心のシナリオについては、我々日立としても考えるべき点が多いと感じました。日立の場合、顧客企業とともにデータを活用しながら協創を進めるという立場になります。その際に注意しなくてはならない点は、データ共有から生み出されるサービスの機能的な特徴をどんなに一生懸命説明しても、利用者からの信頼を獲得できるとは限らないことです。データ共有から生み出される価値は、生活者一人ひとりが受容しやすいものか。データを活用することの価値が真に発揮されるか――これが大切です。生活者全員に同じようなサービスを提供するようなビジネスモデルでは、いずれ全員に選ばれないサービスになってしまうのではないかと思います。いかに生活者視点に立ち、対話を繰り返すことでサービスに対して信頼を寄せてもらえるかがポイントになります。

プライバシーとユーザビリティのバランス

高田
日本国内でサイバーシステムの社会実装を進めている事例があればご紹介いただけますか。

國領
まさに今取り組み始めている事例が、群馬県前橋市が推進している「デジタルグリーンシティ前橋」です。実はわたしがアーキテクトを務め、サイバーシステムの設計に携わっています。先ほど申し上げた自己主権型のID――この場合のIDとは、各個人の属性データも含んだものです――これを地域社会に実装しようという取り組みです。

画像: 前橋市ホームページより転載 www.city.maebashi.gunma.jp

前橋市ホームページより転載

www.city.maebashi.gunma.jp

國領
この取り組みの核は、「ダイナミックオプトイン」という考え方です。「この企業とあの企業がデータを連携してよい」とユーザーが事前に指定できる。そこに電子証明書を使用することで、もしユーザーが事後的に「もう連携してほしくないな」と思ったら、証明書を無効化できる。ユーザーがデータ連携をコントロールできる仕組みです。

そのうえで、「デジタルグリーンシティ前橋」では地域通貨の発行や公共の利益のためのデータ活用を進めようとしています。少子化が進むなかで地域社会を守っていくためには、地方自治体が住民にサービスを提供するという従来型のモデルでは維持が難しくなりつつあります。いかに地域社会のなかでの共助――助け合いを活性化させるかが、大きなポイントになってきます。

そのためにはやはり、データの共有がどうしても必要です。「この企業なら信用できる。だからわたしのデータを提供してもいい」――そう、各ユーザーが判断し、自ら指定できるようにすることで、データ活用への信頼を確保しています。

画像: プライバシーとユーザビリティのバランス

高田
前橋の事例を進めるなかで、特に気をつけられていることはありますか。

國領
プライバシーの保護は当然大切なのですが、あまり厳重に作り込みすぎるとユーザーに負担がかかり、サイバーシステムを使わなくなってしまうと思います。プライバシーの確保とユーザビリティのバランスをどうとっていくかが大事です。「デジタルグリーンシティ前橋」では、ITに精通した技術者だけでなく、サイバーシステム上でサービスを提供したい事業者、そしてわたしのような学識経験者といった、専門領域の異なるメンバーが参画し、丁寧に議論を重ねています。(第3回へつづく

「その3:コミュニティにシステムを根付かせる」はこちら>

画像1: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その2】パーソナライズとプライバシーのジレンマ

國領二郎(こくりょう じろう)

慶應義塾大学総合政策学部教授
1982年、東京大学経済学部卒、日本電信電話公社(現・NTTグループ)入社。1992年、ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授、同大学環境情報学部教授、同大学総合政策学部長、慶應義塾常任理事などを歴任。2006年より現職。主な著書に『オープン・ネットワーク経営』(日本経済新聞社,1995年)『オープン・アーキテクチャ戦略』(ダイヤモンド社,1999年)『オープン・ソリューション社会の構想』(日本経済新聞社,2004年)『ソーシャルな資本主義』(日本経済新聞出版社,2013年)、『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日本経済新聞出版,2022年)など。

画像2: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その2】パーソナライズとプライバシーのジレンマ

佐藤暁子(さとう あきこ)

株式会社日立製作所 研究開発グループ サイバーシステム社会実装プロジェクト プロジェクトリーダ
兼 サービスシステムイノベーションセンタ 副センタ長
1998年、日立製作所に入社。中央研究所にてICカード管理システム、地図情報システムなどの研究開発に従事。2015年から日立アジアシンガポール社にて、タイのスマートシティ、ベトナムのコールドチェーンに関するプロジェクトに参画。2018年より顧客協創活動に従事。2020年、戦略企画本部 経営企画室 部長を経て、2023年より現職。情報処理学会、研究・イノベーション学会所属。

画像3: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その2】パーソナライズとプライバシーのジレンマ

高田将吾(たかだ しょうご)

株式会社日立製作所 研究開発グループ サイバーシステム社会実装プロジェクト デザイナー
2018年、日立製作所に入社。鉄道事業を中心としたモビリティ分野をはじめ、都市・交通領域におけるパートナー企業との協創をサービスデザイナーとして推進。2023年よりサイバーシステム社会実装プロジェクトに参加。人に寄り添ったサイバーシステムのあり方やその実装について検討を行う。

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