山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/荒俣 宏氏 作家・翻訳家・博物学者
長引くコロナ禍の影響で、生活様式や価値観が大きく変化している今日の社会。生きづらさに直面する人や、人生の転機を迎えている人も多いかもしれない。現代日本の「知の巨人」と称される荒俣宏氏を迎えた今回の対談では、「好き」や「無駄」を究めることで唯一無二の存在となった同氏の知の技法や人生観を掘り下げ、生きづらい世の中をおもしろく生きる知恵に迫る。
対談の舞台となったのは、2020年11月にオープンした角川武蔵野ミュージアム。荒俣氏はアドバイザリーボードメンバーを務め、オープニングイベントの「荒俣宏の妖怪伏魔殿2020」や特別展「荒俣ワンダー秘宝館」をプロデュースしているほか、生涯をかけて集めてきた膨大な蔵書の一部が「荒俣ワンダー大書界」として配架されている。

未受精卵を食べて、受精卵を生む

山口
本日は角川武蔵野ミュージアムで荒俣先生とお目にかかれるということで、とても楽しみにしてまいりました。対談に先立って先生が企画された「荒俣ワンダー秘宝館」や、貴重な蔵書の一部を公開している「荒俣ワンダー大書界」をご案内いただきましたが、どちらもその名のとおりワンダーにあふれていて必見ですね。次は子どもたちも連れてゆっくり拝見したいです。

荒俣
ありがとうございます。稀覯(きこう)書もたくさんありますから、本好きの方は楽しいですよ。僕はこれまで本のために2部屋ほど借りていたぐらいなので、こちらに送り出してかなりすっきりしました。

山口
その膨大な本は、どのように整理されていたのですか。

荒俣
全体としては生物進化の系統樹のようにつながりをつくっていくイメージです。タネの段階ではなるべく手を加えずにたくさん蒔いておくと、だんだんつながって全体のマトリクスが形成される。ジグソーパズルのピースを埋めていくのに近い感覚かもしれません。

ただ、僕自身の考えでは、本を読んでつなげるだけでは足りないですね。人間の知的作業、もしかすると知に「やまいだれ(疒)」がつく可能性もあるけれど(笑)、そういう作業では、生命の基本原理が重要になる。それは「生命は生命からしか生まれない」ということです。生物の変化や進化は、基本的にDNA情報の交換によって起きますね。人間の知的作業でも同様に、ある情報とある情報が結びついて交換や組み換えが行われることで変化、進化が起こるのではないでしょうか。

そのような情報の組み換えは、ただ本を読んだだけでは発生しません。本の中にある情報は無生物ですから、それを人間の知識や教養や趣味を成り立たせる材料にしたり、情報交換による進化に使ったりするには、いったん「生き物化」する必要があるんです。

山口
自分の中で本を生き物にする。

荒俣
そうです。社会にあふれている情報や流行をただ取り入れるということは、われわれが普段食べている鶏の卵と同じ未受精卵をひたすら食べているようなものです。未受精卵をいくら食べても、そのままではやはり未受精卵にしかなりません。何か新しいものを生んだり、進化を起こしたりするには、やはり受精卵を生みたいわけですよ。そのためにはどうすればいいのか。簡単です。生きているものと合致させればいいんです。

山口
どういうことでしょうか。

荒俣
これね、博物学者・生物学者の南方熊楠(みなかた・くまぐす)が典型だと思いますけれど、彼は膨大な数の書物を読み、イギリスでは大英博物館に通いつめて、まさに未受精卵を次々と飲み込んでいくようにあらゆることを学びました。そして帰国後に自然観察を行う中で、培った知識を研究に結びつけて次々と論文を生み出したんです。特に、粘菌という動物と植物のあいだに位置する不思議な生き物に強い興味を抱いて、新種を発見しただけでなく、生と死は連続しているという生命観、世界観を得るに至り、「南方曼荼羅」というかたちで表現した。

これが、未受精卵が受精卵になったということではないかと僕は思います。現実の世界にあるものと知識が結びつくことで、一気に自分の中での理解やネットワークの形成が進んだということです。

このような、世界の成り立ちと自分自身の探求との合致、いわば大宇宙と小宇宙の合体というものを知的活動の最終目的とすることが、18~19世紀の知のあり方だったのではないかと思います。宮沢賢治もそうですし、地質学つながりで言えばダーウィンもそうでしょう。

山口
前々回に対談した福岡伸一先生も、宮沢賢治の『春と修羅』には、ご自身の到達された「自他不分離」という生命観と同じことが表現されているとおっしゃっていました。

荒俣
福岡さんも大宇宙と小宇宙が合体する瞬間を探して研究されてきたのでしょう。だからフェルメールなども取り込むことができるのですね。

画像: 未受精卵を食べて、受精卵を生む

死は幸福なことである

山口
先ほどおっしゃっていた18~19世紀の知のあり方には、博物学の隆盛が関係していると思います。そのことがバックグラウンドとなり、ダーウィンの進化論をはじめ自然科学の発展につながりました。ところがだんだんと学問分野の細分化が進み、今では博物学というものの地位も曖昧になっています。そうした今の知のあり方について、先生はどうご覧になっていますか。

荒俣
僕は基本的に何でもまず疑ってみることを大切にしていて、今の知のあり方も永遠に続くのかどうか疑わしく思っています。生物と同様に変化していくもので、スパンを大きく広げて考えればいいんです。

ミジンコという生き物は、普通の環境下ではメスがメスの仔を産んで増えていく単為生殖を行います。そして餌不足や過密などで環境が悪化するとオスが生まれ、有性生殖により耐久卵を産む、つまり受精卵を産んで生き残るという生殖戦略をとっています。

人間の社会も、平常時であれば同質なものだけを増やして回していくのが効率的なのですが、危機的な局面ではオス的な存在が必要になるかもしれない。だから普段からそういう余計なものがキープされていないと社会全体として脆弱化するのではないかと思います。

学問もそうですね。現在のパンデミックのような危機や行きづまりが生じたときに、過去の埋もれた知恵や、役に立たないと思われていたことが意外なところで有精卵を生み、解決策につながるかもしれない。博物学なんかは埋もれた学問の最たるものですが、そういうところから発見があるような知のあり方が重要だと思います。

山口
そのときは無駄だと思われていても、あとになって生きてくるかもしれない。

荒俣
そうですね。チャールズ・ダーウィンのお祖父さんはエラズマス・ダーウィンといって、生物の「進化」という概念を打ち出した先駆者ですが、彼は生命の幸福についてすごいことを言っていました。生命の幸福は子孫を残すことと、そのために自分が死ぬことであると。

個体の死によって選別と種全体の進化が起きるという生き物の戦略からすれば、死は幸福なことと言えますね。そう考えると、知の探求、知の戦略でも、死を幸福と考えて大切にすることが必要かもしれない。ある時点では役に立たずに死ぬ学問があっても、生物が受け継ぐ遺伝子のように自分の中のどこかで必ず生きていて、あとで何かにつながる可能性があるわけです。だから、人から無駄と言われるようなことでも、自分がやりたければ一生懸命やる、死んでいく知を惜しまないということが重要じゃないかな。

画像: 死は幸福なことである

(取材・撮影協力:角川武蔵野ミュージアム)

画像1: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第1回】知的作業に必要な、情報の「生き物化」

荒俣 宏(あらまた・ひろし)

1947年東京都生まれ。博物学者、小説家、翻訳家、妖怪研究家、タレント。慶應義塾大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。コンピュータ・プログラマーとして働きながら英米の怪奇幻想文学の翻訳・評論活動を始める。1987年『帝都物語』で日本SF大賞を受賞。1989年『世界大博物図鑑第2巻・魚類』でサントリー学芸賞受賞。テレビのコメンテーターとしても活躍中。神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊以上。稀覯書のコレクターとしても有名である。

画像2: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第1回】知的作業に必要な、情報の「生き物化」

山口 周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

「第2回:好きでもないことも好きにしてしまう」はこちら>

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