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※本記事は、2021年4月1日時点で書かれた内容となっています。

名言は、僕が仕事としている競争戦略についても多くのインスピレーションを与えてくれます。誰が言ったのかははっきりしないのですが、「時計を1つ持っている人は、何時だか分かる。時計を2つ持っている人は、正確な時間が分からない」――戦略のコンセプトはひとつでなければならないという真理をうまく表現しています。

戦略の本質の一つはフォーカスにあります。織田信長は「攻撃を一点に集約せよ。無駄なことはするな」という言葉を残していますし、最近では作詞家の秋元康さんの名言、「記憶に残る幕の内弁当はない」があります。さすがにうまいことを言う。

実際にお会いしたことはもちろんなく、評伝やご自身の本でしか存じ上げないのですが、故・本田宗一郎さん(1906年-1991年)と一緒にホンダの経営をされていた故・藤沢武夫さん(1910年-1988年)にずっと関心を持っています。

藤沢さんは本田宗一郎さんと二人三脚でホンダという世界的な企業をゼロからつくった方です。創業時は朝から晩まで本田さんと一緒に働いていた。ホンダの事業が成功を収めて軌道に乗り出してからは、本田さんが技術をリードして、藤沢さんが経営をリードしていくという分業体制が自然と出来上がった。このころになると本田さんと話をすることも少なくなっていったそうです。これは名言というより「イイ話」ですが、「何で本田さんともっとコミュニケーションを取らないんですか」と聞かれた時、「本田とはもう一生分話した」と答えたそうです。

ホンダの創業から25年経った1973年、もう次世代に経営を譲るべきだと考えた藤沢さんは経営から身を引く決意をします。本田宗一郎さんに対しても「あなたも社長を辞めなさい」という強いメッセージとなりました。結局本田さんは、「俺は藤沢武夫あっての社長だ。副社長が辞めるなら俺も辞める」と言って決断します。株主総会で退任が公式に決まった時、本田さんは藤沢さんに「まあまあだったな」。それに対し藤沢さんは、「うん。まあまあだった」。本田さんが「幸せだったな」というと、藤沢さんは「本当に幸せでした。心からお礼を言います」――。

これはこれでしびれるやりとりですが、この話がさらにグッとくるのは、この後2人は公式の席で会うことはなかったという事実です。1973年の出来事ですから、まだお2人とも十分に若い。本田さんは名物経営者、大変に魅力的な人ですから、その後もいつも周りにいっぱい人がいて、本田さんを慕う人々が頻繁にご自宅に出入りしてワイワイやっていたそうです。しかし藤沢さんは、そういう場所には一回も行かなかった。「何で藤沢さんは、本田さんの集まりに行かないんですか」と聞かれてひと言、「趣味じゃない」。これには唸りました。これぞスタイル、これぞ教養。結局人間は自分の価値基準で生きているということです。

藤沢武夫さんは僕にとってたまらなく魅力的な人なのですが、彼の名言に「私は経営学など勉強したことがない。何冊か手に取って読んだことはあるが、結局その逆をやればよいんだと思った」があるんです。もし藤沢さんに読んでもらったとしたら、「まあまあだったな」と言われる本を書きたい――藤沢さんの言葉に接した時から、このことが自分の仕事のモチベーションになっています。

藤沢さんは、「経営はアートであり、演出の基本は意外性にある」という言葉も残しています。経営と戦略の本質を凝縮した言葉だと受け止めています。『ストーリーとしての競争戦略』を読まれた方は、この藤沢さんの言葉から僕がどれだけ影響を受けているかおわかりいただけるはずです。

イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンの名言に、「愚行の原因は似ても似つかぬものを真似することにある」があります。競合他社との違いをつくることが戦略なのですが、なぜその違いが維持されるのか。なぜ競争優位は持続するのか。競争の中で誰かが成功していれば、遅かれ早かれみんなが真似をしてくる。そうなれば競争優位は失われる。この成り行きは競争に宿命的に組み込まれたダイナミクスです。それにもかかわらず「強いものは強い」という状態が続くのはなぜなのか。

これは今でもあれこれと考えているわけですが、そのひとつの本質がサミュエル・ジョンソンの「愚行の原因は似ても似つかぬものを真似することにある」にあるのではないか。つまり、真似をするという行為自体が、真似をする側に変なことを起こしてしまう。これが持続的競争優位の中核にあるロジックではないかと思っています。

画像: しびれる名言-その3
藤沢武夫のインパクト。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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